17-01 新東京駅上空には、NSAによるドローンが作戦範囲を監視しています
新東京駅へと向かう榛名を磯野達は追う。監視カメラによってKGB・CIA・警視庁に彼女の所在が露見する中、ZOEは最短ルートを導く。
八月一七日一五時二一分。
俺たち三人を乗せた車は、首都高速湾岸線から国道へと降りた。
「あと数分で到着する新東京駅南口は、八月七日にイソノさんが襲撃された場所だ。したがって、警視庁は現在進行中の事態に、とても神経質になっている。しかもだ――いや、ZOE、あとは任せる」
左耳のイヤフォンから聴こえてくる周囲の騒々《そうぞう》しさの混ざったライナスの声から、クリアなZOEの音声へと切り替わった。
「――引き継ぎます。ですので、八月七日とは異なり、警視庁は、CIAおよびNSAからの情報提供を受けたうえでの連携体制にあります。ただし、霧島榛名さんの確保に関しては、現在、CIAと警視庁のあいだで摩擦があります。現在、合衆国外務省からの要請により、CIA側が主導権を握る状況へと至っています」
要請……圧力をかけたってことか。
「ZOE、ライナスはなぜ途中で会話から離れたんだ?」
「ライナス博士は、現在、駅近くに設置された本作戦司令部に同席しております。CIA作戦副部長ウォルター・ナッシュ氏に呼ばれ、打ち合わせに入っています」
あの周囲の騒音はCIAの作戦司令部の音だったのか。
「霧島榛名さんと松田英二さんは、すでに駅近くの駐車スペースに車を置き、新東京駅へと向かっています。新東京駅上空には、NSAによるドローンが作戦範囲を監視しています。いまのところ、ゴーディアン・ノットらしき人物はまだ特定出来ていません」
「ちょっとまってくれ。なぜCIAはすぐに榛名を確保しないんだ?」
「ゴーディアン・ノットが動き出した場合、屋外では混乱のなかで霧島榛名さんを見失う恐れがある、というCIAの判断です。すでに作戦チームが配置されている駅構内で確保する確実性を、彼らは優先させています」
「……それって、榛名を囮に使うってことじゃないか!」
「榛名さんはいま現在、通信端末が使えない状態にあります。つまり、私の誘導も困難な状態です」
「通信端末が使えない状態?」
「磯野さん、榛名さんは七日の時点で海に転落しています。そのときに、おそらくスマートフォンも水没によって破損していたようです」
運転席のハルが言い添えた。
……そういえば。ZOEが榛名と連絡出来れば、わざわざ城南島海浜公園まで行って探し出すなんてことをしなくて済んだんだ。
「ってことは、ZOEも直接、榛名をサポート出来ない?」
ハルは拳銃のマガジンを確認しながらうなずいた。
榛名も七日にゴーディアン・ノットによる襲撃を受けている。
だから、人目や監視カメラを避けて、いままでを過ごしてきた。それが今日、新東京駅に向かう途中で監視カメラに捕捉されてしまった。
彼女もすでに気づいているだろうに、なぜ?
もし、さっきハルが言ったとおり、八月七日の時点で誘導にしたがうくらいに、榛名がZOEのことを信頼しているんだとしたら、
「ZOEに捕捉されようとした?」
「おそらく榛名さんには、姿を晒しても良いと判断するなにかしらの準備があったのかもしれません。もしくは……ですが、現在孤立無援の彼女にとって、ZOEとの接触は、状況を変える機会ととらえたのかもしれません。つまり、」
賭けに出たのかもしれません、と、ハルは付け加えた。
「おじいさんがいるんだ。簡単にはやられはしないよ」
後部座席のおばあさんが言った。
「イソノさん、その方、マツダ・サチコさんの言うことは正しいようだ。ご主人のマツダ・エイジさんは、現在は警備員をしているが、もともと公安警察に所属していたらしい」
「ライナス、話は終わったんですか?」
「ああ、ZOEとHAL03の情報および、その運用に関する権限について釘を刺された。マツダ・エイジさんは、現在、拳銃を所持している可能性がある。現在彼は、城南島工業地域の警備員をしているが、そこで扱われている製品に機密の関わるものがあるらしい。あの住宅区画も含めて、どうも特殊な権限を与えられているようだ」
俺とハルは顔を見合わせてからうしろを振り向くと、おばあさんは自慢げにしきりにうなずいていた。
乗用車は国道から新東京駅南口前に入った。
重なり合う高架の下を抜けたことで、目の前に鎮座する巨大なオブジェクトが現れた。
八月七日に、はじめてあの「色の薄い世界」で見たような『インディペンデンス・デイ』思わせるドーム型とはちがっていた。しかし、幾何学的なガラス張りと、透過されることで見える吹き抜けられた内部が、未来都市のような印象を俺に与えた。
駅前空間は、時期的に夏休みというのもあってか、まるでテレビで観る渋谷の交差点のような人ごみで埋められていた。日本人のほかに、欧米からアジア系までさまざまな人びとが、終わりのない往来を作り上げている。その要所要所に警官の姿を見とめた。
ローラー作戦からの増員ってやつか。
にしたって、こんな短時間にこの駅に合流するには数に限界があるだろう。そんな状況で、しかもこのひしめき合う雑踏のなかから、ゴーディアン・ノットの連中を見つけ出せるのだろうか。





