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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
16.メッセージ
131/196

16-07 こちらにあるのがベガ、いわゆる織姫星、もう一方が、アルタイル――

 榛名が潜伏していたと思われる居住区画、五〇五号室で、榛名のことを知る居住者と遭遇する。だが一足遅く、榛名は首都高速を移動していると連絡が入り、

「おばあちゃん、わたしたちのことを信じてください」

はるちゃんはねえ、わたしたちにとって大切な子なんだ。あんたらなんかに捕まえさせてたまるかい!」


 俺たちをにらみつけながら言うおばあさんの杖は小刻こきざみに震えていた。

俺たち二人を前にして勝てる見込みなど到底とうてい無いだろうに、目の前の老婦人のその覚悟と、隠しきれないその恐怖を目の当たりにして、胸が痛んだ。


 この人はおなじなんだ。俺とおなじように霧島榛名を大切に思い、守ろうとしている。けれど誤解が、俺たちとのあいだにこんな無意味な状況を作り出してしまっている。


 なに呑気のんきなことを!

 おばあさんのためにも、一刻も早く霧島榛名を保護しなければ、ここにいる全員が望まない結末を迎えてしまうじゃないか!


 俺は腰から拳銃を引き抜き、おばあさんへと向けた。


「磯野さん!」


 目の前の相手は、目を見開いて俺を見た。


「おばあさん、すまない。俺たちとあなたの望んでいることはいっしょなんだ。霧島榛名を守る。ただそれだけだ。けれど、誤解が解けないのなら――」


 おどすだけでいい。

 さっさとこの場から出て、霧島榛名のあとを追うんだ。だから、早く、


「……あんた、磯野って言うのかい?」

「え?」


 俺とハルは、顔を見合わせた。


「榛ちゃんは、あんたを助けるためにここを出ていったんだよ!」

「それは、どういうことです? いや、そのまえに彼女はどこに向かったんですか?」


 うろたえるおばあさんは、声を震わせながら、


「……あんたが、あんたがいるっていう北海道を目指して、新東京駅にいまじいさんが送って、」

「おばあさん、落ち着いて!」

「磯野さん、たしかに乗用車の進路は新東京駅に向いています。いまCIAの作戦チームが動き出しました。それに合わせてローラー作戦中の日本警察も、新東京駅へ増員を指示しました」

「ってことは、ゴーディアン・ノット……KGBも」


 ハルはうなずいた。


「おばあさん、榛名はかならず俺たちが守ります。いま彼女と旦那さんは危険な状態にあります。俺たちを行かせてくれませんか?」

「……あんたに、渡したいものがある」


 おばあさんは、廊下横にある部屋のふすまを開けて中に入り電気をつけた。


 畳部屋だった。この部屋もカーテンが閉じられている。六畳ほどに文机ふづくえ箪笥たんすだけの質素しっそな空間だったが、榛名が借りていたのだろう、ほかの部屋とちがって、かしこまったように片付けられていた。


「もしも、あんたが来るようなことがあったら渡してほしいって、あの子が」


 老婦人は、文机の引き出しから小さなものを取り出した。


「SDカード?」

「それがなんなのか知らないが、あの子に強く言われてね」


 俺はSDカードを受け取って上着のポケットに入れた。


 おばあさんは、やっと安心したように表情をわずかに緩ませた。

 部屋を出ようと電気を消したとき、天井に無数の小さな光があらわれた。


 その光は、星空のように天井に散りばめられていた。


「シール……蛍光けいこう塗料とりょうの光ですね。これは――」

あまがわ?」

「あの子がなごむからってねえ、このまえいっしょに作ったんだよ。七夕たなばたからもう一ヶ月もつってのに」

「磯野さん、天の川を挟んで二つの星が強調されて描かれています。こちらにあるのがベガ、いわゆる織姫星おりひめぼし、もう一方が、アルタイル――」

「――彦星ひこぼしか」

「HAL、イソノさん、緊急事態だ」

「ライナス?」

「いまその場所へ一台の車両が向かっている。人数はおそらく二名。ゴーディアン・ノットだ」


 左耳のイヤフォンから出力されたその単語たんごにゾッとした。

 あのときの連中がまた来るっていうのか。


「あと五分後には到着してしまう。すぐにその場から離れるんだ」

「……早すぎる、ハル!」

「あんたも榛ちゃんっていうのかい?」


 ハルは、おばあさんと同じ目線の高さまで屈んで、ひと息おいてから言った。


「おばあちゃん、わたしたちといっしょに来てください。ここは危険です」

「まだ危ないことが起こるってのかい」

「ごめんなさい。詳しく話している時間がありません。けれど、わたしたちを信じていただけますか?」


 老婦人は、うなずいた。




 俺たち三人は、マンションの廊下へと出た。

 ハルは拳銃にサイレンサーをつけた。


「さきほどのドローン六機を起動させ、この建物を監視させています。階段から二名、ゴーディアン・ノットです」


 五階まで上がるにはさっきの階段しかない。ってことは、


「このままいけば鉢合はちわせるってことか」


 拳銃を構えながら、ハル、俺、おばあさんの順に進んでいく。


「磯野さん、彼らの目的は襲撃ではありません。数が少なすぎます。おそらく榛名さんに関する情報を集めるためでしょう。ご主人の乗用車からここの住所を割り出したのだと思います。すくなくとも、わたしたちがいることを敵は知りません。こちらが有利です」


 俺はうなずいた。


 廊下の端の階段までたどり着いたハルは、そのまま階段を下りはじめた。踊り場に銃口を向けながら、ゆっくり、足音を立てずに。


 もしここで鉢合わせになったら、おばあさんを巻き込まないことを最優先にすべきだ。俺は、おばあさんの手を引きながら、ハルから二歩あけてそのあとを進んだ。


 ハルは踊り場から四階へ銃を向けた。


「すこし急ぎます。磯野さん、おばあちゃん、いいですか?」


 俺とおばあちゃんはうなずいた。


 ハルは、銃を構えながら階段を駆け下り、二階に下りる手前で足音を消した。彼女は、俺たち二人に止まるよう手で合図し、人差し指で口もとを当てて見せた。拳銃を両手で構え直し、階段を下り切ったところで、突然、廊下に半身を晒し、ハルは二発発砲した。


「磯野さん、先に」


 おもわず両手で顔を覆うおばあさんをなだめつつ手を引いて、俺は一階の階段へと足をかけた。階段から二階の廊下を一瞬振り返ると、男が二人、脚を撃たれて倒れ込んでいた。


 俺とおばあさんはそのまま一気に一階まで下り、外をうかがった。

 見た限り、誰もいない。


 と、待っていたかのように、俺たちの乗っていた乗用車が玄関の前へと回されてきた。


「ZOEか」

「二人とも急ぎましょう」


 うしろからハルが声をかけた。

 俺たち三人は乗用車に乗り込み、その場を離れた。

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