16-06 この世界と磯野さんの世界の時間進度は、おそらく同じなのだろうと思います
ドローンの内部記録に榛名らしき人影が写り込んでいた。その場所は城南島海浜公園。たどり着いた磯野はその場所が色の薄い世界で見た海岸だと気づく。
「磯野さん?」
「この世界に来るまえの一二日の夜、八月七日以降に消失したはずの霧島榛名と接触した際に飛ばされたのが、色の薄い世界の、この砂浜だったんだ」
「バルク空間の砂浜ですか?」
「ああ」
ハルはすこし考え込んで、言う。
「八月十二日。今日が十七日ですから五日前の夜ですよね。この世界と磯野さんの世界の時間進度は、おそらく同じなのだろうと思います。たしかそのとき、霧島榛名さんも磯野さんのことを気づいたんですよね?」
「ああ。色の薄い世界での榛名は、俺を認識したうえで言葉を交わした」
「一二日から今日まで五日が経過しています。ドローンの映像が二日前の一五日。この付近のどこかに彼女がいる可能性がありますね」
ハルはスマートフォンを取り出し、俺に映像を見せる。
画面は、不鮮明ながらも、海を背にした夜の公園の砂浜が映し出されていた。その奥の木張りの遊歩道に榛名らしき人影が映りこむのが見えた。その人影は、すこしのあいだ海のほうを眺めたあと、駐車場の方向へ歩き出した。
「……霧島榛名」
「ええ。ボードウォークにいるこの人影は、ZOEの解析から、以前監視カメラから入手した霧島榛名さんの情報と一致しています。彼女が向かった先、第一駐車場の向こうには工業地帯があります。行ってみましょう」
ハルは、駐車場まで戻ると、乗用車のトランクをあけて拳銃のものとはべつのアタッシュケースを取り出した。なかには、手のひらサイズの小型ドローンが六機納められていた。
ハルはまぶたを閉じると、ドローンはそれぞれ浮上し、工業地帯にむかって飛び去った。
「ZOEから送られてくる監視カメラの映像と連動しながら、リアルタイムで霧島榛名さんを探します」
六機のドローンを操作し、その映像が彼女の脳に送られてくるだろうことを俺は悟った。ZOEと連携しているのだろうが、やはり彼女はバイオロイドという存在なのだろうと、あらためて実感した。
考えが顔に出ていたのか、彼女はすこし寂しそうな笑顔を浮かべ「わたしたちは、車で移動しながら居住出来そうな場所を探してみましょう」と言って、運転席に乗り込んだ。
二〇分後、工業地帯の端に、いまだ機能している住居地域を発見した。
ハルによると、国土交通省のデータベース上ではすでに工業地域に書き換えられていたが、実際の更新が進まないまま、いまだに居住者がいる地域らしい。
五階建てのその建物が並ぶその区画は、ここに来る途中でも見た未来的な建築とは程遠い、昭和の雰囲気が漂っていた。
「この区画の建物は一九八〇年代から更新されていないため、監視カメラが設置されていないようです」
「なるほど。隠れるには絶好の場所ってわけか」
「ドローンに各部屋のベランダをチェックさせて、この建物に居住している形跡のある部屋を見つけだしました。ある一室を除いて、ほかはどこも空き部屋状態でした。ここです」
ハルは、車を降りたさきのB棟と書かれたマンションを見上げた。
「この建物の五〇五号室です。なにもないとは思いますが、磯野さんも用心を」
ハルはそう言うと、ホルスターから拳銃を引き抜いた。
俺もうなずき、腰から拳銃を取り出して、あとにつづいた。
さすがに目当ての階まで上りきるころには、緊張よりも息切れのほうがまさっていた。俺は壁に手をつけながら肩で息をしてしまう。
なんとも情けない。
ハルを見ると呼吸の乱れすらなかった。
ハルは、廊下の左右を注意深く確認して、進行方向へと歩き出した。俺は、後方を警戒しながら後を追った。
「ここです。用心してください」
ハルは五〇五号室と書かれたドアのまえで立ち止まり、俺にささやいた。
中から物音は聴こえない。
ハルは片手で銃を構えたままドアノブを捻った。
ガチャリと音がして、そのままギィとドアがひらいた。
中は思ったよりも暗かった。
奥にある居間のカーテンが閉じられていて陽が入っていないらしい。ハルが玄関の電気をつけると、廊下とその奥にある居間が薄っすらと照らされる。廊下のすぐ横に洗面所、左右にそれぞれ部屋のふすまが見えた。
ハルは拳銃を両手に持ち替えて、土足のまま居間へと進んだ。そのうしろを、俺もまた銃を構えながらつづく。途中、左右にある部屋のふすまを開けて誰もいないことを確認した。
俺が居間のカーテンを開けようとすると、ハルはそれを静止し、居間の電気をつけた。
「外から気づかれるかもしれませんこのままで」
部屋は質素なものだった。
家具や食器や小物などが置かれていることから、人が暮らしていた痕跡がたしかにあった。この空間は、生活の、そういう空気がある。
「ここに暮らしているのは、老人?」
口に出た言葉にハルが振り返った。
「え、磯野さん、わかるんですか?」
「俺のじいちゃんの部屋とおなじにおいがする」
ハルは不思議そうにしながらも、感心したように首をかしげた。
「驚いた。本当にあの子にそっくりだ」
俺とハルが振り返ると、年配の……いや、おばあさんが俺たちを見ていた。
容姿は七十代後半の、コンビニ袋を下げ、もう片方の手には杖をついた、人のよさそうなおばあさんだった。特にハルを見て、動揺しているようにみえる。
「あの子って、霧島榛名のことですか?」
おばあさんはうなずいた。
「あの子はここにはもういない。あんた方が何者かは知らないが」
「いま、本当にって言いましたよね? てことは、俺たちのことを知っているんですか?」
おばあさんはそれには答えず、ただ警戒しながら俺たち二人をにらみつけている。
「あの、俺たちは彼女を、霧島榛名を保護するためにここに来たんです」
「保護?」
ハルは、左耳に手を添えた。
なにかに聴き入るようにうつむいた。
「ZOEが、ご夫妻の乗用車が現在、首都高速を北上していると」
「ご夫妻? ってことは、旦那さんの車に榛名はいるのか。あの旦那さんはどこに向かって――」
「行かせるもんか。あんたらあの子を捕まえて悪いことをするんだろう?」
「待ってください。俺たちは――」
おばあさんは、杖を持ちかえて、俺たちに向けて身構えた。
まずい。ZOEに捕捉された時点で、ソ連の連中にだってバレたってことじゃないか。こんなことをしているあいだにも、
「たったいま、榛名とご主人は危険に晒されているんです!」





