16ー05 都市のいたるところにある監視カメラの視界から彼女は避けているのだろう
一度、横須賀米軍基地に寄る磯野たち。そこで、この世界の霧島千葉と出会う。その際、八月七日に榛名とHAL03がすでに接触していたことを磯野は知る。
「消息を絶った?」
「きみと同様、ハルナさんもまたゴーディアン・ノットによる襲撃を受けた。最終的にZOEのコントロールしていた乗用車は大破していた。ところがその後車両を調べてみても、ハルナさんの行方を知る手掛かりは得られなかった」
「ちょっとまってください。八月七日からならもう一週間以上経過してますよね? そのあいだ、榛名は行方不明なんですか?」
「そういうことだ。本日から警視庁によるキリシマ・ハルナさん捜索のための大規模なローラー作戦が開始されたが、CIAも含め、彼らは有力な手がかりは得られていない。おそらくいま現在、都市のいたるところにある監視カメラの視界から彼女は避けているのだろう。とても勘の良い、聡明な女性だ。行方不明当初、どこかで海に投げ出されたのではと我々はみている」
「海?」
「三日前、川崎市の海岸に、キリシマ・ハルナさんの杖が流れ着いているのが見つかった」
「……え? それって、」
「残念ながら、イソノさんのものとはべつに、地球規模の重力波の発生をすでに三度確認している。しかも短い時間に連続してだ。その原因は海に投げ出されたことによるものだろう。ただし、その三度目の生存世界への収束以降、ハルナさんはどこかで無事に生きている、ということだ」
三度の生存世界への収束。
榛名が体験したことを想像して吐き気がした。
いま現在、榛名は生きている。
それは救いにほかならない。だが、溺れ死ぬ苦しみを、榛名は三度も味わっていたってことだ。一瞬で死を迎えられる方法である頭を撃ち抜くのとはわけがちがう。とても苦しい思いをしたのだろう。
「そして二日前、ZOEが城南島海浜公園付近で稼働しているドローンの内蔵記録の一つに、キリシマ・ハルナさんらしき人影が映っているのを発見した」
「城南島海浜公園?」
「公園は、東京都大田区にあり東京湾に面している。ZOEは、その周辺にキリシマ・ハルナさんが潜伏していると見ている。その映像は発見後すぐにZOEが偽装したため、日本政府、ゴーディアン・ノットにも露見してはいない。しかし、HAL03を向かわせたところで、ハルナさんは、HAL03を警戒し接触を避けるかもしれない。だからこそイソノさん、きみが直接接触して彼女を説得してほしい。もし、それでも説得が難しいようなら、通信端末を通じてにはなるが――」
「わたしも霧島榛名の説得に協力します。磯野さん、姉を、よろしくお願いします」
車椅子の少女は、そう言って頭を下げた。
俺は、彼女にうなずいた。
彼女へのあまりの懐かしさからか、その他人行儀な仕草に面食らってしまう。
映研世界、オカ研世界同様、この世界でも霧島千葉から榛名のことを託された。その二つの光景と重なりながらも、俺はいま、立ち向かうべき目的に対して、以前のような彼女を救い出せる確信が無いことに気づいた。
あまりにも強大な敵を相手に、やつらの追跡をくぐり抜けながら彼女を救い出さなければならい。その事実を受け止めるからこその恐れなのだろう。
――けれども、なんとかして救い出さねば。
俺たち二人は、用意してあったライトグレーの乗用車に乗り込むこととなった。
「クライスラー300SRT8です。こちらも防弾仕様なのでご安心を。ZOEによる車両の位置偽装が整い次第、出発します」
ハルは「磯野さん、これを」と言って、アタッシュケースの中身を手渡してきた。小型イヤフォンと、拳銃――グロック17とカートリッジが二本、そして、ベルト固定式のホルスターだった。
「ああ」
俺は、いまさら躊躇うことなく、それらを受け取って身につけた。
顔を上げた俺はハルと目が合ったが、彼女はすぐにその目をそらして運転席に乗車した。
彼女の瞳に、わずかに、哀しみを見たような気がした。
「イソノさん」
助手席に乗り込もうとしたところで、ライナスに声をかけられた。
「きみにこのようなお願いをするのは、なんとも筋違いなのだが――」
鷲鼻の男は、声をひそめて言う。
「HAL03を頼む。彼女は、まだ生まれてから間もない。年相応の教育が施されているとはいえ、その期間はまだ半年にも満たないんだ。そんな、精神的にはいまだ未成熟な彼女は、イソノさんに対して特別な感情が芽生えてしまった」
……特別な感情。
それは俺も気づいていたし、好きな女性と同じ容姿の彼女に心揺れなかったと言えば、ウソだ。ただ、第三者に明確に言葉にされたことで、いままでのハルとのやり取りに、妙な現実味が湧いてしまう。
「それは彼女にとって救いにもなった。それゆえ、彼女のこれからの行動が危うくなる可能性もある。だから、イソノさん、彼女のことをよろしく頼む」
ライナスの目に、彼女に対する親心のような情がみえた気がした。いままで感情を殺し、合理的判断を優先してきた男の発言とは思えなかった。その言葉に、なんだかホッとした。
「わかりました」
三〇分後、城南島海浜公園に到着した。
第一駐車場に車を止め、公園内を歩きはじめる。
右手にあるキャンプ場にはいくつかテントが張られていた。数組の親子連れなのだろう、バーベキュースタンドを囲んで昼食を楽しんでした。
しばらく歩いたさきに木張りの遊歩道が見え、その柵のむこう側には海と砂浜が広がっていた。
その光景を見た瞬間、俺は愕然とする。
――あの場所と同じなのだ。
八月十二日。
映研世界の撮影旅行からの帰ってきた夜。
土砂降りの文化棟玄関で霧島榛名の手をつかみ迷い込んだ、色の薄い世界。
そう、あの砂浜だった。
「榛名がいたのは、ここだったのか」





