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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
14.白い部屋
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14-08 ……お前は、誰なんだ?

 磯野は人工島で一日を過ごす。朝倉博士は、八月七日から三つ目の世界の今日にいたるまでの磯野の道のりを、運命という言葉をもちいて説明する。が、磯野は釈然とせず――

 部屋に戻ると、俺はベッドに倒れ込んでしまった。




 手もとで振動を感じる。


 ぼんやりとしていた意識が次第に覚醒していく。

 俺は、震えつづけるそれをつかんだ。


 スマホ?


 驚いてスマートフォンを見た。

 すでに暗くなってしまった部屋に、スマートフォンの画面がまぶしい。光量を落として画面を見ると、通知不可能の文字が表示されたまま、着信の振動しんどうが繰り返されていた。


「……これは」


 改札口での電話と同じ着信表示。


 けど、そんなことはあり得ない。

 このスマホは電源が切れていたはずだし、バッテリーだって空になっていたはずだ。


 この電話に出るべきなのか?


 出るべきだろう。あのとき、俺の命を救ってくれたんだ。それに、この世界の霧島榛名の安否あんぴについて、なにか知っているかもしれない。


 俺は着信ボタンをタップし、耳もとに近づけた。

 電話の先から、女性の声が俺に問いかけた。


「磯野さん、聞こえますか?」


 聞き覚えのある心地ここちよい声音こわねが耳へと届く。

 彼女の声が、あの夜から俺を覆っていた懸念けねんを一気にかした。


「……榛名?」


 あまりの驚きと嬉しさに、一瞬、言葉が詰まった。


「……榛名、だよな。無事だったのか?」


「ごめんなさい。いま磯野さんは、とても緊迫きんぱくした状況にあります。これから私が指示するとおりに動いていただけますか?」


 緊迫した状況?


 電話の主の声はたしかに榛名のものだ。

 八月七日のあの夜、俺の命を救ってくれたのと同じやり方で電話をしている。けれど、この人工島にいるというのに、俺にとって緊迫した状況ってどういうことなんだ? 真柄先生や朝倉先生は俺にとって害をなす存在だってことなのか?


 彼ら二人を信用出来るかと問われれば、正直にはわからない。

 しかし、彼らはこの一週間、俺を保護しつづけてくれた。彼らもまた、二度の死を与えてきたやつらから俺を救ってくれた、命の恩人だ。


 だが一方で、疑念ぎねんぬぐえない。

 あのメスの一件は、やはり俺にみずから命を絶たせようとしていた。実験なのだろう。それは解っている。けれども、あのときの朝倉先生のもの言いと雰囲気に底知そこしれないものを感じてもいた。


 なにを迷っているんだ。


 霧島榛名が生きているんだぞ。この世界に来た目的は、現実世界の霧島榛名を連れ戻すことだ。現実世界の榛名とはちがうとしても、かならず本物の霧島榛名の手がかりを知っているはずだ。それに、


 ――この世界の、電話の向こうにいる霧島榛名にだって再会さいかいしたい。


 それなら、俺が信じ、そして、取る行動は一つだろう。


「――わかった。言うとおりにする。そのかわり、榛名、きみに会いたい」

「ありがとう。それでは、スマートフォンの画面を見てください」


 俺はスマホを耳から離して画面を見る。

 画面は通話中からGPSマップ画面へと自動じどうで切り替わり、研究所館内の俯瞰図ふかんずが映し出された。


 それぞれの区画を示す三つの円があり、それぞれに連絡通路が渡されて繋がっている。三つの円は、居住区画、研究区画、警備及び通信区画。俯瞰図の円の一つ、居住区画がズームアップされ、俺がいまいる位置に青いポイントが示された。そこからルートを示す矢印やじるしが伸ばされていき、連絡通路を通って機密である研究区画へと入った。そこから地下階へと切り替わり、とある研究室で矢印が止まった。


 俺はあわててスマホを耳もとに戻した。


「ここから脱出するんじゃないのか?」

「この場所に、霧島榛名がいます」


 霧島榛名がいる?


「なにを言ってるんだ? それって――」

「彼女の回収かいしゅう後、彼女が脱出ルートを案内します。その案内のもと脱出してください」

「……お前は、誰なんだ?」

「いまから五分後、あなたの部屋に見回りがきます。急ぎましょう」


 電話からの声は榛名そのものだが、どこか感情を伴わないこの感じは……あのモザイクの声と重なって聞こえる。


 ――あのときの電話の主か。


 ……いや、どちらにしろ、俺を救ってくれた相手であることには変わりはないはずだ。しかし、電話の主は、さっき、あえて自身が霧島榛名でないことをぼかした。なぜ、そうする必要がある? 


 改札口からの一連の出来事が頭をよぎり、当時湧いた一つの疑念がよみがえった。


 ――榛名が撃たれたあのとき、彼女が撃たれることを事前に知った上で、彼女を俺のところに寄越よこしたんじゃないのか?


 いや、いま電話の先にいる相手は、この研究所にいる霧島榛名を見捨てようとせずに、俺に彼女の救助きゅうじょ依頼いらいしている。霧島榛名を救うという目的は同じだ。それなら――


「わかった。指示された場所に向かう」


 俺は、左手にスマートフォンをつかみながら、廊下へと出た。

 居住区画は、常夜灯に照らされた夜の世界へと染められていた。スマートフォン画面上部にある時刻をあらためて見なおした。


 0:36


 八月一六日 〇時三六分。

 すでに日が過ぎたのか。


 薄暗い廊下を、なるべく音を立てないように、地図の示す進路しんろへと進む。


 五分、と言っていたな。部屋に俺がいなくても、トイレにでも行っていると勘違いしてくれないものだろうか。……ダメだ、誤魔化ごまかせないだろう。持ち物はすべて持ってきてしまった。これなら部屋から出る前に、上着くらいは置いてきても良かったのかもしれない。だが、いまさら戻ることなどできない。




 誰ともすれ違うことなく連絡通路へたどり着いた。

 そのままその先にある研究区画へと進む。窓の外には、舗装ほそうされたアスファルトと、月に照らされた海が見えた。通路の先の研究区画の前には、生体認証装置が備えつけられたドアがあった。スマホを耳に当て、電話の主に指示をあおぐ。


「どうすればいい?」

「そのまま通過してください」


 言われたとおり、ドアの前まで踏み込むと、生体認証装置の画面に白衣を着た研究員らしき男のプロフィールが表示され、グリーンランプの点灯とともにドアが開いた。


 すごいもんだな。七日のときもそうだが、いわゆるハッキングというやつなのだろうか。おそらく部屋からここまで来るまでに設置されていたであろう監視かんしカメラにも、なにかしら細工さいくをしていたのだろう。


 ……つまり、日本政府の管理する極秘施設の監視システムに侵入出来るだけの技術力を、この電話の主は持ち合わせているということか? そんなこと、個人の力で可能なのだろうか。


 研究区画は、いままでいた区画とはちがい、館内照明が空間を明るく照らしていた。足音を立てないよう踏み込む。人影ひとかげ一つないロビーカウンターから三方向に廊下が延びていた。スマホ画面を一瞥いちべつし、地図の示す左側の廊下を進んでいった。建造物の円に沿ってカーブしていくその廊下の途中、一〇メートル進んだところでスマホが振動した。スマホを耳もとに添える。


「一五秒後に前方のかどから研究員が二人きます。いまいる右の部屋に入ってください」

「――右?」


 振り向くと、認証装置が備えつけられたドアがあった。

 近づくと、ピピッという音とともにスライド式のドアが開いた。俺が部屋に入るとすぐさまドアが閉められる。


 あと一〇秒後に、このドアの先に二人の研究員が通り過ぎる。そのうちの一人が、なにかの拍子に、このドアを開けたりしないだろうか。こちらに気づくことはないのだろうか。


 部屋のなかへと目を向けると、暗闇の先にガラス張りの壁があった。ガラスを通して、顕微鏡けんびきょうやアーム型ロボットなどの研究用の器具きぐが見える。


 いかにも研究室という感じだ。だが、真柄先生は人工知能の研究と言っていたよな。AIといえば、スーパーコンピューターなんかが並べられ稼働しているイメージがあるのだが。


 スマホが振動する。


「二人は通り過ぎ、角を曲がりました。急ぎましょう」


 俺はドアを開け、廊下の左右に誰もいないのを確認する。


 大丈夫そうだ。


 俺は足早に地図が示すルートを進んだ。

 このまま先へ進めば、地下へと降りるエレベーターに突き当たる。さっきの二人以外に、人とすれ違うことは無かった。


 この電話の主が、俺の進路からうまく人を避けているのだろう。しかし、そうだとしても、ここまで誰とも鉢合はちあわせないのはさすがに妙だ。


 そんな疑問を頭に巡らしているうちに、突き当たりまでたどり着いた。


 館内の事務じむ的なデザインの内装ないそうに対して、目の前のエレベーターのドアはやや大きく、射撃場と同じように金属が()き出しになっていた。搬入はんにゅう用のエレベーターなのだろうか。


 エレベーターに乗り込むと、俺は、スマートフォンに示されたB3のボタンを押した。地下三階、電話の主の話が正しければそこに霧島榛名がいる。ゆっくりとドアが閉まり、エレベーターは下降かこうをはじめた。


 居住区画のあの部屋から出て、もうすでに五分は過ぎているだろう。

 俺が部屋にいないことに気づかれているはずだ。急いでくれ。前みたいに追いかけられるのはもうまっぴらだ。


 ゴウンという音とともにエレベーターの下降が終わり、ゆっくりとドアがひらいた。


「……なんだ、ここは」


 視界の先には、開かれた空間が広がっており、そこには無数の、


 ――「人」がいた。

 14.白い部屋 END

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