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二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
13.三つ目の世界
105/196

13-05 なんであのとき、俺は彼女の忠告を無視した?

 磯野を狙う十二人の追手。手渡された拳銃とこの世界の霧島榛名と名乗る女性とともに、磯野は駅からの脱出を試みる。

 ショッピングモールからふたたび悲鳴があがり、銃撃音と交差していく。

 その光景に呆気にとられていると、撃ち合いが終わったのか、榛名は俺に気づいて駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか?」

「え? ……ああ」

「これで少しは時間が稼げます。行きましょう」


 彼女に腕をつかまれ、職員用通路のドアを開けた。


 彼女は――霧島榛名と名乗るこの女の子は、いったい誰なんだ?

 彼女は確実にその手の訓練を受けている。まるで映画のような、それでいて、もし映画でなければ生き残ってなどいない状況のなかで、彼女によって命をながらえさせられている。まるで、アクション映画の不死身のヒーローのように。


 駆け足で通路を進み、左右にわかれる突き当たりにたどり着くと、彼女は左右を確認した。彼女は俺にうなずき、左を進みはじめる。


 俺もそれに続くと、前方に職員用と思われる玄関とその横に守衛(しゅえい)室が見えた。


「出口です。磯野さんはここで待っていてください」


 榛名はそう言うとゆっくりと進み、拳銃を構えながら守衛室の窓を覗き込んだ。が、様子がおかしい。彼女は、銃を構えたまま固まったあと、顔を上げ、緊迫した空気を俺にむけて、告げた。


「逃げて!」


 二発の銃弾が、彼女を貫いた。

 腹部と、胸に、赤いしぶきが舞い上がり、守衛室の反対の壁に、ゴムまりのように身体を叩きつけられていく。


「え?」


 すべての動作が、スローモーションとなって振り切れた。

 倒れこもうとする彼女の鋭い目線が、守衛室の中に向けられ、五発の銃弾を撃ち込んでいく。その直後、守衛室のドアが開け放たれ、俺を背にした大男が、俺の視界から彼女をさえぎった。


 大男の拳銃が、倒れ込んでいくであろう霧島榛名に向けられる。


 おい、よせ、だめだ、だめだ、やめろ、やめてくれ、だめだ、撃たないでくれ、やめてくれ、お願いだ、たのむから――


 銃声が、二発、重くとどろいた。


「だめだ……どうして……」


 目の前で起こっていることを、俺は――


「うわああああああああああああああ」


 俺は男へ向けて引き金を引いた。

 何度も、何度も。


 しかし、カチ、カチとスライドするだけで、弾丸が男を貫くことは無かった。何度目かの空砲でそのことに気がづいたとき、守衛室からもう一人の男が姿を現した。榛名にとどめを刺した男もまた、俺に振り返る。


 二人の男は、銃口を、俺に向けた。


「ミ ぎ――ユ カ」


 左耳のイヤフォンから、モザイクの声が届く。


 いつのまに通話になっていたのだろう。

 その疑問と同時に、俺は、廊下の右床に倒れこんだ。


 計四発の銃声が廊下を駆け抜けた。

 乾いた銃声と、ヒュンという空気を切る音が、同時に左耳をかすめる。


「ろ ク ジ――サ ん カ イ」


 俺は振り返った。殴られたような衝撃に意識を朦朧とさせながらも、俺は立ち上がり、ぼやけたままの視界で、階段までの距離を走る。直後、発砲音が数発鳴り響いたが、それを無視して階段を一気に駆け上がった。


 なんで弾を込めなかった?

 なんであのとき、俺は彼女の忠告を無視した?

 弾があったら彼女を、榛名を、助けることができたのか?


 いまさら過ぎる後悔と問いが、ぐちゃぐちゃになって俺の頭を掻き乱した。いっそ自分の頭を撃ち抜いてしまいたい衝動にかられながらも、それさえできない悔しさに、すべてを手放したくなる感覚に襲われた。


 踊り場まで上がったところで、足もとに破裂音が飛び散った。俺はかまわず全力で走る。絶え絶えとなった呼吸音を体中に響かせながら、三階までたどり着くと――


「ひ ダ リ」


 おそらく事務所であろう部屋のドアがあった。

 なかに誰かいるか確認する暇もなく、俺はその部屋に飛び込んだ。すぐさまドアに鍵をかけ、横にある棚を倒してドアをふさぐ。幸運なことに、部屋には誰もいなかった。が、完全に閉じ込められた。


「ま エ――ゴ め ― ト る」


 目の前を見ると、そのさきには窓があった。いや、窓しかなかった。駆け寄り、窓の下を見ると、シルバーメタリックの乗用車が一台、ちょうど真下に横づけしてある。


 ここを飛び降りろって言うのか?


「け イ 告――じ ゆ ウ ビ ょ ウ」


 直後、ドアを開けようとする音がした。鍵がかかっていることがわかると、こもった銃声が聞こえ、倒した棚ごと押し開けようとしている。


 目の前の窓は、安全対策なのか開閉装置がついておらず、このままでは飛び降りることはできない。


 なにか――


「窓を割るものはないのか」


 回転椅子が目にとまった。

 俺は役に立たない拳銃をジーンズに挟めて、両手で椅子を持ち上げた。思いっきり窓にむかって投げつけるが、傷ひとつつかない。


 もしあのとき、弾倉も一緒に持ってきていれば、こんなところで手こずる必要などなかったんじゃないか?


 頭に浮かんだおのれの言葉に、銃弾を撃ち込まれた榛名の光景がふたたび重なっていく。一〇秒と言ったか、俺を殺そうとする連中がもうすぐ流れ込んでくる。自分だけがおめおめと逃げおおせているこの状況の腹立たしさに、頭を窓に打ちつけたくなる衝動に駆られた。


 すでに手遅れの怒りを抱えながら、もう一度回転椅子を持ち上げ、投げた。小さな蜘蛛(くも)()状のヒビが入ったが、割れるまでには至らなかった。


「チクショウ」


 窓に弾かれた回転椅子をもう一度拾いあげようよしたとき、開いたドアの隙間から、銃口が俺に向けられた。


 俺が飛びのくのと同時に、二発の銃声が部屋に響いた。

 ミシッという音とともに、窓には弾丸が二つ、貫通していた。ドアを見ると、隙間から俺に向けられていた銃は引っ込められていた。外にいる男たちがドアに体当たりをはじめる。自暴自棄になる俺の頭とは逆に、恐怖で震える全身が、生き残ろうと、もう一度回転椅子を持ち上げさせた。


「割れろおおおおおおお」


 放り投げられた椅子は、()を描きながら蜘蛛の巣状のヒビのある、窓の中心へと飛んでいく。直後、無数の大きなヒビが全面に走り、椅子とともに外へと割れ落ちていった。


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