表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二つの世界の螺旋カノン  作者: 七ツ海星空
星降る世界の螺旋カノン 上篇
101/196

13-01 ****――*****……

 八月三一日、柳井のぼっちローラー作戦により霧島榛名を見つけだした磯野は、それでも彼女につかまえられないまま、新たな世界へと迷い込む。

 俺を取り巻くすべてのものが、俺の理解など入り込む余地よちのないままに、勝手かってに動き、勝手に時を押し流していく。


 いままで訪れてきた「色の薄い世界」は、無人、無音の世界だった。


 ところが、この世界はすべてが活動し生きている。まるでバグってしまったかのような文字列がそこかしこにあり、くぐもって聞き取れない言葉が()()うなかにいる俺は、まるで異国いこくに迷い込んだ外国人のような感覚に襲われた。


 そんな俺の目の前を、チューブ状の空間におさめられた新幹線(しんかんせん)のような車両が、プラットホームからゆっくりと発車していく。下向きにゆるやかなカーブを描くチューブの中を次第に加速していき、いつのまにか、はるか彼方へと走り去っていった。


 ――真空しんくうチューブ鉄道てつどう


 俺のいた世界から、さらに発達した技術と文明を(きず)いている未来世界。理解どころか、聞き取ることすらできない言葉からして、現実世界とは連続していない別の世界、いわゆる異世界(いせかい)なのだろう。ここまで把握してみたとしても、目の前にある異様な光景に、俺の頭はまったく追いつくことができない。


 突然、肩を叩かれた。


 ぎょっとして振りむくと、グレーのスーツを着たサラリーマン風の男が、憮然ぶぜんとした顔で俺を見ていた。


「****――*****……」


 ドスの効いた低い声でなにかを(うった)えてくる。が、危害(きがい)を加えようという意志はないらしい。男の言葉はわからないが、なにを言いたいのかはおおよそ見当がついた。男のうしろに、降車した列車の乗客が大勢いた。階下(かいか)改札口(かいさつぐち)へと向かう降車客たちの流れを、俺は止めていたらしい。


 それに気づいた瞬間、俺はおもわす声をあげそうになったが、誤魔化すように手をあげて、彼らの行くさきをあけた。大量の人がぞろぞろと俺の前を通って、階下へ流れていく。


 その光景に呆気(あっけ)にとられていた俺は、(われ)にかえると、プラットホーム中央にある、すでに見馴(みな)れたベンチに腰かけた。


 この世界はあきらかに生きている。

 三馬さんの言っていた静止した世界ではなく、現実の時間の流れの中にある世界だ。三馬みまさんのたてた計画では、色の薄い世界で霧島榛名きりしまはるなをつかまえ、あの八月一二日の夜のように現実世界へと戻されるために、「時空のおっさん」らしき存在が現れるのを待つはずだった。


 だが、現状はちがう。


 俺は霧島榛名をつかまえ損ね、この生きている異世界に一人迷い込んでしまった。しかも、この世界の言葉は聞き取ることができず、わずかに読めたその文字もまた、意味を()すことなく羅列られつされている。これでは手がかりすらつかむことができない。


「俺は……どうすればいい?」


 答えのない問いが口から()れてしまう。


 うつむいたさきに、左手首のG―SHOCKが目に入った。

 22:39:27。すでに二二時を回っているのか。……って、え?


 もう一度、腕時計を見た。


 ――22:39:32


 G―SHOCKに表示された、リアルタイムに刻まれていく時間がハッキリと読めた。驚いて顔をあげて見まわしてみるが、周囲に示されている文字は、相変わらずぼやけて読めない。


 これはどういうことだ?


 俺は上着のポケットからスマートフォンを取り出し待受(まちうけ)画面(がめん)を見た。八月七日 二二時三九分。これも読める。ってことは、


 ――現実世界から持ち込んだものの文字は読めるってことか?


 ……まて。


 ――八月七日……?



挿絵(By みてみん)



 壊れているのか?

 いや、G―SHOCKもスマートフォンも同時に壊れたとは思えない。


 俺はホーム画面をひらいた。

 着信画面から一番上にある柳井さんの番号をタップした。が、なにも聞こえない。呼び出し音すら鳴らない。SNSをひらいてみても、いままで書き込まれたコメントは読めるが、そもそも圏外になっていて連絡を取ることができない。


 ふと横を見ると、いつの間にか年配の女性が座っていた。

 俺は慌ててスマホをポケットにしまった。


 ……あぶねえ。身につけているものに文字は書かれてないだろうな?


 俺は、上着からシャツやジーンズ、シューズまでをひと通り確認した。特に目立つようなものがないことがわかると、つぎに俺を不審(ふしん)に思っている人間がいないか、周囲を見まわしてみた。顔を上げたさきに、大きな窓が目に入る。


 俺は腰を上げ、ガラス窓へと向かった。

 窓から見える街並みは、あの色の薄い世界で見たものと同じだった。


 ついさっき、文化棟(ぶんかとう)を出る直前の入れ替わりで見た、完全(かんぜん)黒体(こくたい)のような空間のあった場所が、俺の脳裏(のうり)をよぎった。


 あの場所に行けば、瞬間移動ができるんじゃないか? 


 しかし、黒の空間であったはずの場所には、現在は、周囲の建造物と同じようなビルが並んでいる。


 あの空間は、色の薄い世界だけのものなのだろうか。

 それでも、一二日の夜に訪れた榛名のいた海岸(かいがん)は、この世界にあるんじゃないのか? そうだ、あの海岸だ。あの海岸にたどり着くために、やはりまずは、


 ――瞬間移動できる可能性のある真っ黒な空間のあった場所の調査。


 俺はスマートフォンをかかげて、窓から見える景色を写真におさめた。


 と、プラットホームに列車が到着した。

 降り口からふたたび人が流れ込んでくる。俺は人々の流れにまぎれながら、階下へと向かった。




 長いエスカレーターを下り、連絡通路を抜けて改札へとたどり着いた。

 人の流れは、そのまま改札口へと向かっていた。そこで俺は気づく。乗車券(じょうしゃけん)どころか、この世界の通貨(つうか)すら持ちあわせていないことに。


 俺はあわてて人の流れからはずれ、改札機の横へと移動した。


 どうやってあの改札を通ればいい?

 ……いや、そもそも俺は、この駅に閉じ込められているのか。


 冗談じゃない。このままでは、いずれ駅の営業時間が終わってしまう。となれば、この世界の通貨を持たない俺は、この世界の警察に補導(ほどう)されてしまうだろう。そして、言葉が通じないことがバレてしまったら……それはどうしても()けなければならない。


 とはいえ、ここから抜け出す方法など思いつくはずもない。


 俺が迷っているあいだにも、降車した人々が改札機を通っていく。その光景を見て俺は気づいた。改札機を通り過ぎていく誰もが、乗車券もICカードも持っていないことに。改札機のICカードをあてる場所に、人々は手のひらをかかげていた。そうか、あれは、


 ――生体認証せいたいにんしょうなのか。


 完全に閉じ込められた。

 生体認証なんて。なおさら誤魔化ごまかしきれるものじゃない。初っ端から詰んでるじゃないか! ちきしょう、ここから抜け出すのにあの改札は使えない。どうすればいい?


 なにかないかと周囲を見まわす。

 しかし、プラットホームの階段とエスカレーター、駅員専用口とおぼしきドアと、おそらくトイレと思われるマークの掲げられた入口があるのみ。俺は男子用と思われるトイレへ駆け込んだ。


 白いタイルで(おお)われた空間は、やはりトイレだった。

 どこかに抜け出せそうな窓やドアがないか探してみたが、なにもなかった。こうなると、あとは駅員(えきいん)専用口(せんようぐち)しかない。それなら、まずは改札にいる駅員の人数と位置を把握する必要がある。


 ふたたびアナウンスが響いた。

 おそらくつぎの列車が到着するのだろう。


 よし。覚悟を決めろ、磯野いその


 俺はトイレを出た。

 改札機に二人、エスカレーターから改札のあいだに一人、そして、最悪なことに、駅員専用口のドアの前に一人。


 あの駅員が交代するタイミングを見計らうしかないのか。駅の営業時間までに――


 ……ちがう。つぎの列車の到着までのこの間、閑散(かんさん)とした改札の横にとどまっている俺は、ただの不審者でしかない。そう、


 ――駅員たちが、俺を見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ