第参話 勇者パーティーと論戦
「この前はよくもやってくれたわね! でも今回の私を前回と同じと思ってもらってはこまるわ! あれから仲間たちと八大迷宮をすべて攻略し、『伝説の勇者シリーズ』を揃えて強化された今の私は――」
一党の頭首である女勇者が口上を――
「一撃で倒された前回の俺に、魔王と対峙する力が足りなかったことは潔く認めよう! だがあれから修行を重ね、勇者との八大迷宮攻略の過程で手に入れた『聖剣ワンダフリャメガデス』を得た今回の俺は――」
のべきる前に、剣聖が台詞を被せてくる。
「聖なる純白の力だけで魔王に抗することがかなわないというのであれば、私はこの身が闇の欲望に穢されるとも魔王を倒し得る邪悪なる漆黒の力を求めます。『純白の聖女』の名を棄て、『漆黒の淫婦』と蔑まれようとも、私は魔王を倒せさえすれば――」
二人より声は小さいが、聖女も同時になにやらぶつぶつ言っている。
「儂はやめておこうと、言ったんじゃがなあ……」
白美髯の老賢者だけはひとり言っぽい。
なにやら声には悲哀が満ちてはいるが。
なまじ人よりも耳が良いせいで、魔王は自分に向けられた意味のある言葉をすべて拾ってしまう。
ただし良いのは耳だけであり、その脳は人とそう変わらない。
聖徳太子ではないので、全員分を理解するのは不可能だ。
「や か ま し い !」
よって黙らせる。
圧倒的な力を以って、強制的に。
魔族の中でも頭一つ抜けている――というよりも「桁外れ」という言葉の具現であるような現魔王の魔力が解放され、詠唱も無しに『魔法』が発動される。
魔族である時点で人を圧倒する『内在魔力』を有し、角や翼、魔眼や鱗などといった人が持たない『魔導器官』によって、『外在魔力』も自在に使えるゆえの個での圧倒である。
その魔族の中で『魔王』となる者の力は、人のそれを遙かに凌駕していて当然だ。
人であれば巨大な儀式を経て、生贄すら捧げてやっと発動可能な『大魔法』、それと同等の魔力が渦巻き即座に発動される。
勇者であろうが、剣聖であろうが、賢者であろうが、聖女であろうが――
それに抗うすべはない。
戦う力を持つ人間が、それぞれの力に応じて躰に纏う自律防御魔法陣を一瞬で全て割砕き、完全に制御された魔王の意志に従う雷が、勇者一党自慢の武器もすべて破壊する。
一撃。
それで魔王にダメージを与えられると信じていた手段をすべて失い。
回復魔法など何らかの手段で自律防御魔法陣を回復させない限り、次の一撃は直接人の身体に叩き込まれる状態にされたのだ。
魔法による戦闘においては、丸裸にされたことと同義である。
自律防御魔法陣に護られない人の身体など、魔法どころか武器による一撃にも耐えられはしない。
通常の軍人たちが纏うただの金属鎧などであればまだしも、勇者たちの防具は自律防御魔法陣を強化することに特化したものばかりである。
今の状態では、魔王に殴られただけで四肢がはじけるだろう。
呆然とするしかない勇者一党を一瞥して、魔王がため息をつく。
――一斉に話すんじゃありません。
いや順番に話していたとしても、魔王には律儀にふんふんと聞く気もないのだが。
というか聖女がかなりアレなことを口にしていたが、何したんですか貴女。
元聖女といったほうが良いんだろうか。
彼女の身に一体何が……
老賢者は付き合いが良いらしい。
こうなることをおそらくはわかっていながら、この場まで付き合っているのは人の好さか、あるいは諦観か。
最年長者として、己の力を信じて猛進する若者を見捨てることができなかったのだとしたら、お人よしと言っていいだろう。
賢き者、というには少々愚かに過ぎるとも言えるが。
「て、転進! これは撤退に在らず! 一時的転進です!」
「魔王城内で、人の移動系魔法は使えんよ?」
女勇者が何とか意識を再起動し、要らん言い訳付の撤退指示を叫ぶ。
だがそれに応える、移動系魔法を司るであろう老賢者は溜息交じりである。
というかここまでの力の隔絶、彼我の戦力差を見せつけられてなお「逃げられる」と思っているところが、おめでたいとしか言えない。
「……え?」
「マジ?」
「いうたよ、わし」
聞いてない! という顔をする勇者と剣聖に、老賢者は淡々と事実を告げる。
なぜか恍惚としている聖女は沈黙を維持している。
だから年長者として、一応は止めない? と助言はしたのだ。
最初に浮遊大陸――魔族の統べる領域に踏み入れた際、問答無用で無力化され、地上へ送り返された時に理解するべきだったのだ。
地上の八大迷宮をすべて巡ろうが、そこで強力な魔導武装を手に入れようが、魔族はともかく今の魔王に勝つ術などないのだということくらい。
自分たちは一度、殺されていて当然のところを見逃されているのだ。
いくら現魔王が甘くても二度目はないじゃろなあ、と天を仰ぐ老賢者である。
だがまだ望みはある。
魔王は今発動した一撃だけで、四人ともこの世から消し去ることが十分にできたはずだ。
にも拘らず、四人の自律防御魔方陣分だけをキッチリ消し飛ばし、魔導武装をすべて砕いた上で余剰魔力はすべて己の山羊角へと吸収して消した。
事実今、四人は完全に無力化されているとはいえまだ生かされてはいる。
一回目の対処といい、現魔王は「話が通じる」タイプなのかもしれないと老賢者は判断している。
殺し合いをしているつもりなのが人間側だけで、魔族は日常の延長なのであれば、方向転換をするのは今を置いてほかはない。
それを過てば、自分たち四人の亡骸を槍に掲げられて、魔王軍による人界侵攻という世界の終りが始まる可能性もあるのだ。
現魔王は、それだけの力を持っている。
「正座」
よって老賢者は、今なお殺そうとはせずにそこへ座れという魔王の言に素直に従う。
さっきからなぜか頬を紅潮させ、恍惚の表情を浮かべたままの聖女も、腰を抜かしたようにぺたんとそこへ座り込む。
震えているのはある意味当然なのだが、聖女のことをある程度知っている老賢者にしてみれば「これは多分違うじゃろうなあ」と思っている。
「な、なにを……」
こちらも腰を抜かしそうになっている女勇者を庇うように前に立った剣聖は、勇気を持っていると言っても差し支えないだろう。
自分の命もかかった状況で頼る武器も力もなしに、惚れた女を護るために動ける男の「好き」は本物と言っていいだろう。
たとえそれが愚かであってもだ。
だが再び解放された魔王の膨大な魔力と、その眼光に竦んでそれ以上何も言えない。
動けもしない。
「うぅ……」
老賢者に裾を引かれ、剣聖も勇者もその場に正座する。
死にたくないのであれば、今は従うことしかできないのだ。
「何人殺した?」
冷たい声で、魔王が問う。
自分たちを丸裸にした先の魔力をすらはるかに凌ぐ膨大な力をこの場に充満させながら、玉座の位置から魔王が睥睨している。
その魔力、視線共に込められた殺意は、冗談で済むものではない。
力を持つとはいえ人に過ぎない四人から見れば、人の形をした災いそのものが眼前で渦巻いているとしか見えない。
恐怖の具現ともいうべき力の塊が、そこにはある。
それを目の当たりにした老賢者は後悔していた。
自分も驕っていたのだ。
初回の鎧袖一触を経てもなお、三人を逃がすくらいは自分ならできるだろうと過信していた。
だが今目の前で解放されている圧倒的な力を前にしては、そんなことができるはずもない。
その気になられたら、その時点で終わりだ。
だからこそ、ここからの問答が、全員の生死を分ける。
「…………」
「言いなさい」
圧倒的な力に呑まれて黙り込む女勇者に、魔王の脇に立つ美しい女魔族が沈黙を許さぬことを告げる。
女魔族の纏う空気もまた、禍々しい力に満ちている。
「0ですじゃ! 誰も殺してはおらん」
このまま沈黙を続けるのは悪手と見た老賢者が、勇者の言をまたずに答える。
嘘をついているわけではない。
ついたとしてもここは魔王城。
殺した者が実際にいたとしたら嘘はすぐに露見し、より過酷な最期が勇者一党に科せられることになるに過ぎない。
老賢者の転移魔法により、魔王城入口まで一気に跳んで奇襲をかけたら、なぜか魔王城の魔族たちはすべて無力化されていた。
そもそも浮遊大陸――人の世から「魔大陸」と呼ばれているこの地への転移魔法の一切は無効のはずだった。
だがなぜか魔王城の入り口近くに、跳ぶことが可能な空間ができていたのだ。
それが女神のせいであることを知る者は、敵である魔王たちのみである。
よってさっき背後から無力化した魔族を除いて、勇者一党は戦闘らしい戦闘すらしていない。
万全の態勢で魔王に挑めると女勇者などは喜んでいたが、このざまである。
だが運命は勇者たちに味方したようだ。
「ん?」
魔族が誰も殺されていないと知った瞬間、魔王が発していた威は霧散した。
今玉座にはほっとしたような表情をした、眼鏡をかけた美男子がいるだけだ。
ただし巨大な山羊角は生えているし、いかにも魔王然とした装備に身を包んではいるが。
「じゃあ、まあいいか……」
頭を掻きつつ、横の副官らしい女魔族と何やらやり取りをしている。
どういった手段を取ったものか、勇者一党が誰も魔族を殺していないことを確認できたようである。
なにやら玉座の後ろにいるらしい人物にものすごい説教をしているらしいが、階下の勇者たちまでは、なにを言っているかまでは聞こえない。
めっちゃ怒っているのが伝わるのみだ。
まさか勇者の力の源である創造の女神が、その行動から魔族に犠牲が出るかもしれなかったことをガチで怒られているとは思いもよるまい。
「ごめんなさい! ごめんなさい!!!」と、これだけは大きく聞こえてくる美しい涙声の主が魔王城警護の責任者なのかなあ、くらいにしか想像力も働かない。
とにかく魔王は以前と同じように、勇者たちを地上へ送り返してそれで終いにするつもりらしい。
「また……見逃すというのか?」
「僕は君らとは違うんだよ」
思わずそう問うた女勇者に、魔王がため息交じりに応える。
女勇者にせよ剣聖にせよ、人の問いに答える魔王など意外に過ぎる。
人界における徹底した教育によって、魔族は悪辣なもの、それを統べる魔王は邪悪の具現であると幼少時から叩き込まれているのだ。
初回の見逃しは「舐められた」と無理やり納得したが、二回目もこうとなればさすがに自己欺瞞もこれ以上は持たない。
会話が成立するとなればなおのことである。
さっきのまさに魔王としかいえない力と殺気も真実であれば、今自分たちの目の前で頭を掻きながら話している好青年(ただし角付)もまた現実なのだ。
魔族と見れば問答無用で殺していいと教えられ、事実己の力が及べばそうしていたであろう自分たちに対して、それを見逃そうとしている側から「君らとは違う」と言われれば返す言葉もない。
自分たちはこの場所に、今そうやって話している魔王を殺さんとして乗り込んできていたのだ。
「……俺らは魔物は狩りまくっているぞ?」
「魔物はいいんだよ、僕らも狩る。意志を持って規律に従い生きている魔族や魔獣をまだ殺していないんなら、君らはまだ僕の敵じゃない」
剣聖が告げた事実の告白に、魔王は肩を竦めて苦笑い。
いつでも殺せる力を持ちながら、明確に自分を殺そうとした相手にかける言葉ではない。
少なくとも剣聖の常識において、そんな魔族は存在しない。
いや人であってもだ。
それを普通は「甘い」という。
剣聖が勝てる相手でも、他の人はそうではあるまい。
であれば殺意以って人に相対する存在は、後顧の憂いを断つ意味でも殺せるときに確実に殺す。
それは戦う力を持つ「人の守護者」としての不文律だ。
だが確かに現代、地上に魔族も魔獣もおらず、人が害されるのは魔物によってだけだ。
いや誰もが目をそらしているだけで、人を最も殺しているのは今や同胞であるはずの人だ。
実際は知らないが、少なくとも勇者一党に属し、人類最強の一角と見做されている剣聖でも、魔族や魔獣を斬った経験などない。
幼馴染に近い勇者や聖女らにしてもそれは変わらないだろう。
今は仲間であり、師匠でもある長くを生きている老賢者は知らないが。
「で、この際だから聞いておくけれど、君らが僕らを敵と見做す理由はなんだ?」
「魔族は悪辣で……」
剣聖の表情に何を思ったのか、魔王が真面目な顔で問うてくる。
正直面食らうが、いつもつかみどころのない師匠――老賢者がどこか嬉しそうなのがめちゃくちゃ気になって剣聖は答えそびれた。
「具体例」
人としては正しい、お手本のような答えを口にする女勇者に対して、ぴしゃりと魔王が返す。
「三百年前の魔導大戦や、七百年前の九柱魔神戦役……」
「君らその時はまだ生まれてないだろ」
生真面目に「学校で教わった」魔族の悪行を、疑うことなく口にする女勇者。
それに特段気分を害した様子もなく、魔王が肩をすくめて答える。
馬鹿にされたと感じた女勇者の方が、己の立場も忘れて声を高める。
「歴史から目を背けるのか!」
だから魔王の言葉の真意には気付けない。
魔族はみな長寿である。
よって現魔王もその副官も、今女勇者が例に挙げた『魔導大戦』も『九柱魔神戦役』を実際に経験している。
立ち位置によって現実の見え方が変わることなど百も承知だが、それでもその時を生きていたのだ。
少なくとも誰かから教えられて、それを信じ込んでいるだけではない。
「それぞれ、人界と魔界で手打ちは済んでいるはずだが? 人界にも記録はあろう?」
ゆえに魔族の悪い点も、いやというほど知っている。
戦争というものが、絶対的な正義と悪の最終決戦などではないということも。
魔族にも――そして人にも『邪悪』は存在するのだ。
そしてそんな邪悪が利を求めて、殺し合いは起きる。
魔族というわかりやすい敵を設定しておいてなお、人の国家同士の戦争がいつまでたっても無くならないのがその証左と言えるだろう。
その上でも平和を望むのであれば、感情の落としどころとしての手打ちを探るしかない。
だから現魔王は、魔王になることを決めた。
世界から戦いや憎しみの連鎖を断とうなどという、崇高な目的の為ではない。
自分や幼馴染の少女が、のほほんと生きれる世界を望んだに過ぎない。
永くを生きることになる自分たちの次の世代が、働いて食って寝て、他愛ないことに右往左往しながら生きていける世界を望んだのだ。
よって自身が魔王となった際、過去の清算も含めて浮遊大陸を除く地上の一切の領地を人界に譲り、魔族と魔獣の悉くを魔大陸へ集めた。
それをもって、今なお続く人界の大国たち、その当時の支配者たちとは話がついている。
魔族が支配していた広大な地上領域を明け渡すことによって、双方の感情の落とし所としたのだ。
それは記録にも残されているはずである。
「やったことは消えん!」
「だから今の――この浮遊大陸でひっそり暮らす魔族、魔獣に復讐するって?」
脊椎反射で叫んだ剣聖に、眼鏡をくいとしながら魔王が皮肉な表情で問う。
聖戦だの、勇者による神命の遂行だのは、つまりはそういうコトだ。
創世の女神の操り人形などではない人たちは、己の意志によってそれを為す。
「…………」
「自分でもわかっておられるのでは? そんなのは方便にすぎないことなんて」
女魔族の静かな声に、女勇者も剣聖も答えられない。
答える術を持たない。
魔族を殺していい理由はすべて、人の世界の教育によって教わったことばかりなのだ。
それに従って殺しに来た自分たちを、一度ならず二度までも見逃そうとしているその相手という現実を前にして、何を言えるというのか。
「でも! 勇者に与えられた力は、魔族をこの世界から払うものだって――」
「え? 違いますよ? 人の力だけでは抗しえない魔物なんかから護るための力ですよ」
理屈では分かっていても、まだ感情がついていけない女勇者がまるで駄々っ子のように叫んだ声に、さっき聞こえた美しい声が答える。
「……隠れてなくていいのか?」
「…………あっ!?」
半目で見つめる魔王の視線の先には、豪奢な玉座から半身だけ身を乗り出し、まだ涙に濡れたままの目を赤くした創世の女神が居る。
隠れているつもりが、会話の流れから思わず参加してしまったらしい。
王都の偶像や教会の絵画、勇者となってからは神託夢でもその姿を知る勇者をはじめ、勇者一党全員が、あまりのことに声もでない。
女神の存在はもちろん信じている。
だが実際に目にすることがあろうなどと思ったことなどなかった。
それが人類の敵と教え込まれてきた、魔王城で対面するとなったらそれは目も点になる。
「私はここにいません。これは……そう夢です、夢! では!!!」
手を振って玉座の影に隠れても、もう手遅れだと思う。
まだ幼少期に一度だけ会った事のある老賢者はそれに耐え切れずに吹き出し、ずっと恍惚としていた聖女は何やら興奮して立ち上がった。
そして叫ぶ。
「あの! 私も魔王様の女にしてもらえませんか!?」
あまりにも想定外のその言葉に、魔王は顔をひきつらせて物理的に三歩ほど引いた。
女魔族は半目になり、女神は「もって! もって!!! 私はまだなっていませんよ!?」などと頬を染めている。
――余計にややこしくなるから、玉座の裏からでてくんな!
老賢者は呼吸困難になるほど笑っている。
永い老賢者の人生でも、ここまで笑ったことなど記憶にはないほどに。
二人だけシリアスモードであった女勇者と剣聖は、置いてけぼりにされたまま、ぽかんとした表情でお互いを確認することしかできない。
いつもにこにこと優しく、聖なる力を駆使するまさに聖なる女の鑑。
それでいて老賢者以上につかみどころのなかった聖女の、真の願いが魔王城にコダマする。
真面目な空気など持ちはしない。
この物語はつまるところ、魔王と女神の他愛ないお話にしか過ぎないのだから。
『第肆話 聖女が清らかだと誰が決めたのですか?』
予定。




