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魔王と女神の他愛ない話  作者: Sin Guilty


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第弐話 脆き者よ、汝の名は女神なり

『……また来たぞ』


『また来ましたね』


 前回と同じく、魔王とその幼馴染副官が小声で会話をしている。


 魔族の支配領域たる浮遊大陸、その中心に屹立する魔王城。

 その最奥である『真魔の祭壇』、そこに設えられた豪奢な玉座に魔王は座し、その横に副官として幼馴染が立っている。


 その二人の視線の先には、照れくさそうにもじもじしている女神が()()いる。


 ――ドアベル代わりに、魔王城につめている精鋭護衛群を排除するのは止めてもらえんものかな……


 前回、児戯にも等しいとばかりに無力化された魔王城につめていた精鋭たちは、力を信奉する魔族、その中でも強大な力を持つと自認する連中ゆえにこそ大きなショックを受けていた。

 それが未だ立ち直れないままに、二度目の「排除」を受けたとあっては、この後のフォローに頭が痛い魔王である。


 ――なんかあいつら、先代魔王みたいな雰囲気になってるんだよな、最近。


 コントロールに苦労するほどのはねっかえりばかりなのは正直大変だが、かといってみなが引退老人みたいになられても、それはそれで困る。


 何といっても魔族は個体としては強力だが、人に対して圧倒的に数が少ないのだ。

 魔王たる自分ですら手を焼くような連中が、健在でいてくれなければ戦力的に困るのだ。


 ――とはいえ、それもここを凌ぎきれたらの話だがな。


『……今度こそ魔族を滅ぼすつもりか』


『は?』


 こちらは呆れ声で応えた幼馴染副官に対して、魔王は自分だけ深刻(シリアス)な声で問いかける。


 前回の顛末を今ひとつどころか、全く理解できないまま今日を迎えている魔王である。


 ――っち、さすが女神様は手強い。立て直してきましたね。


 などと考えていた幼馴染副官としては、は? としか言いようがない。


 確かにあのあと魔王に説明などはしなかったが、さすがの朴念仁でもある程度は察しがついているものと思っていたのだ。


 女神の撤退が、魔王が爛れた性活をしていると誤解してショックを受けた故であることは程度は、さすがに理解できていたはずだ。


 たしか、きっと、たぶん。


 でありながら、そこから「なぜその誤解で女神がショックを受けたのか」に思考が及ばないのは、さすがに付き合いの長い幼馴染副官としても想定外が過ぎる。


「また……来てしまいました」


 おもわず幼馴染でもある魔王へと視線を向けてしまった副官が、もじもじしながら弱々しく発された女神の声に視線を戻す。


 前回のシンプルでありながら最上級ではあるものの、ただただ清楚なだけの衣装では攻撃力が足りないと判断したのか。

 今回は変わらず清楚路線でありながらも背中が大きく開き、躰のラインを強調するようにフィットした、なかなか大胆と言っていい衣装に変えてきている。乳袋の造形は完璧と言ってもいいだろう。


 その衣装を創らされたであろう、天使だか精霊だかの気持ちを聞いてみたいところではある。


 自分ももうちょっと煽情的な衣装に変えてみようかな? などと幼馴染副官も思わず考える。

 たぶんそんなことにも気付かない朴念仁魔王ではあるが、だからと言って地味な努力を放棄するべきではなかったかと密かに後悔である。


 というか現時点の副官の衣装で、それ以上煽情的だとか淫靡だとかを追求すればもはや衣装の域を逸脱するしかないレベルである。

 いっそ全裸になった方がはやいとさえ言えよう。


 だが副官は、魔王の嗜好をそれなりに知っている。


 全裸ではだめなのだ。着ているが()()のエロティシズムというものに、一家言あることは間違いない。

 そしてそれを「脱がす」ことこそがエロの究極だと信仰しているらしい。


 新品(サラ)にはありがちなコダワリと言えよう。

 一周回って完成形が枯れる、もしくは腐りはじめにも似たようなことを言いだすそうだが。


 そういう意味では今回女神が身に付けている「清楚でありながら艶っぽい」――もう一歩踏み込んでいうならそそる――男が思わず()()()()()()()衣装というのは正解に限りなく近い一つの答えかも知れない。


 ――その上、ほぼ百点満点の上目使い、赤面、表情、そして衣装と言っていいでしょう。


 今回の女神に対する、幼馴染副官の忌憚ない評価である。


 だが。


 ――この魔王(ヘタレ)にそんな、()()()()()()前提のムーブは通用しないんですよ。

 何しろ「ずっと好きでした」、「抱いてほしい」っていう乙女の直球に対して、「なんの罠だ?」と素で返す童貞野郎ですからねこの方は。


 ――というかこの人、貴女が魔族を滅ぼしに来たと半ば以上本気で考えていますよ、この状況下でも。はっきり口に出して言わないと、本気か冗談かという段階(フェーズ)にすら進めないんですよ。


 内心で長々と溜め息をつかざるを得ない、幼馴染副官である。

 さすがに先の台詞を魔王が口にした時は、付き合いの長い彼女であっても思わず素になった。


 朴念仁にもほどがある。


 例えるならふわふわもこもこの可愛らしい小型犬が、尻尾を全開で振っているのを前にして「噛まれるのでは!?」とビビっているようなものだ。

 いや、見た目はともかく、女神の戦闘力から言えばドーベルマンといったほうが良いのかもしれないが。


 とにかく魔王は、今にでも()()()()()()臨戦態勢に入らんばかりである。


『お前の()()……すぐにでも使えるのか』


 この場で一人だけ深刻(シリアス)な空気を醸し出しつつ、再び小声で魔王が幼馴染副官に問うてきた。


()()とは?』


 魔王はふざけているわけではなく真剣だが、それだけにテレが無い。

 近すぎる距離から、吐息付で耳元に囁かれた言葉に幼馴染副官は内心それなりに動揺する。

 長年の修行の結果、表に出すことは抑えられているのだが。


 それを見てむくれたような表情を見せる女神に優越感を得てしまうのが、我ながらどうしようもない。どれだけちっさいのだという話だが、本音なのでしょうがない。


 とはいえ、問われた言葉に思い当たる節はない。


 ――この場で真剣に問われるような()()とは一体。私は命と引き換えに、女神でさえも倒し得る必殺技など持ち合わせてはおりませんが。


 まあもし持っていたとしても、それを「使え」というのは幼馴染副官がよく知る魔王らしくはないのだが。


『僕の魔力を吸収できるって言ってた、()()だよ』


 ――ああ、()()ですか。


 具体的に言われて思い出した。


 あれはまだ幼馴染副官が今ほど鋼鉄の精神を獲得する前。つまり魔王の朴念仁と不粋がここまで極まったものであることを理解できていない頃。


 自分の容姿や家柄、能力にそれなりに自信を持っていた副官は、妙な駆け引きなどせずに直球を叩き込めば勝てると誤認し、その結果ホームランをかっ飛ばされた時に涙目ででっち上げた()()のことを言っているのだ。


 副官「大好き、抱いて(本気)」→魔王「何をたくらんでいる貴様!(超本気)」


 これに副官の矜持(プライド)は耐えられなかった。

 よって自分は元魔王――父の敵を討つために現魔王の魔力を奪おうとして抱かれようとしたのだ、という設定を即興でつくったのだ。涙目で。


 副官の唯一能力(ユニーク・スキル)――イタシタ相手の魔力を奪える(実際にそんな能力はない)


 だがそんな昔の設定を、今聞いてくる意味が副官には理解できない。

 自分でも忘れていたその設定のせいで、今まで自分が誘惑しても手を出してこなかったのかもしれない、しくった、と思う程度である。


『キ、接吻(キス)とかでもある程度は行けるのか? 女神相手とはいえ、お前の地力に俺の魔力が上乗せできれば、逃げるくらいは何とか……ならんか?』


 だがこの魔王の言葉で、意味を理解する。


 赤面しながらも聞いてきている魔王(この人)は、本気で女神が魔族を滅ぼしに来たのかもしれないと考えていて、その状況で自分――幼馴染の副官だけでも助かる可能性を模索しているのだということを。


 ――ずるいんだよね。


 さすがに表情が緩むのを抑えきれない。

 

 現実は間抜けすぎる状況である。


 自分に惚れている女神を前に、誤解から幼馴染を命がけで逃がそうとしているのだ。

 ずっと拒んできたくせに、そういうことも厭わないとして。


 たまにこういうことを素でされるから、長きにわたる報われぬ想いを止めてしまうことがどうしてもできないのだ。


『……それは無理ですね。キッチリ最後までいたさねば効果はありません』


『……そうか』


 とはいえ、ここでそれに()()()()のは卑怯が過ぎる。


 正直、接吻(キス)くらいならアリかと思わなくもない。


 だけど明確な恋敵(ライバル)が出現し、その相手が過去の自分のように不器用ながらも直球の好意を投げつけている横で、反則はいただけない。


 優位に立てるかもしれないし、正直、ぽっと出の女神の前で()()()()ことにどこか背徳的な快感を得ることも否定しないが、女としての矜持(プライド)が勝った。


『だったらすぐに逃げろ。――少しでも長く時間を稼いでみる』


 それに幼馴染副官は、この台詞で十分に満足してしまった。


 アホみたいに滑稽な状況(シチュエーション)の中での、完全に勘違いした「カッコいい台詞」でコロッと満足してしまうあたり、自分はこの朴念仁魔王の幼馴染としては似あいなのかもしれないと思いもする。


 それさえもうれしく感じてしまうのだから、どうあれ自分()手遅れですねと副官はあらためて観念した。


 状況が動く際にこそ、己の本音はよくわかるとはよく言ったものである。


「……女神さま」


「な、なんです?」


 よって幼馴染としては、現れた恋敵(ライバル)殿にはきちんと舞台にあがってもらう。


 ――幼馴染は当て馬ポジションとか思っている人、一歩前に出なさい。


「前回と今回、魔王城最奥まで来られた目的をはっきりお聞きしていいですか?」


「……そ、そんなこと」


 女性体である副官から見ても、雄であれば反応せざるを得ないような女神の赤面である。

 これが本格的な恋敵(ライバル)かと思うと頭が痛いが、()()()()()でなければ平気であと数百年程度は魔王と副官の関係も変化しそうにない。


 盤面を掻きまわしてくれる存在は、幼馴染副官としても歓迎するべきかもしれないのだ。


 ――いや、この魔王(朴念仁)、この女神さまのムーブを見ても頭に?しか浮かんでいませんけどね、ええ。


「言わないとわからない人もいるのです」


 告げる。

 貴女がどうやら本気っぽいこの人は、想像の斜め上以上に厄介ですよと。


「言わなければ私はここで魔王様と接吻(キス)した後、全力ダッシュでここから逃げます。その後女神さまは全力の魔王様と死闘を繰り広げることになりますが、それでもよろしいですか?」


「え?」


 ――意味わかんないですよね。あと魔王様、眼鏡外して本気ムーブ取らなくていいです。アナタ本気でこの状況で女神様に全力で襲い掛かる気ですか。泣かれますよ。()()()()でならフェイク拒否しながら受け入れてくれるかもしれませんけど。


 ちなみに自分ならそうする。


 一方、ちょっと本気も本気の魔王に嬉しくなりながらも、呆れてしまうのも本音ではある。


「どうします?」


「あ、貴方に……魔王様に逢いたくて来てしまったのです」


 全く想定外、というか理解の外であろう状況にもめげず、女神はわりと素直に言葉にしてみせた。


 ――私に足りないのはこの素直さかもしれませんね。昔は持っていたような気もするのですが、魔王様にすり減らされたんでしたね、ええ。


 よって、今の真っ赤になりながら紡いだ女神の言葉ではあれど、残念ながらそれではこの魔王には通じない。


「もっと具体的に」


「……わ、私は魔王様が……好きなのです」


 さすがに言い澱むと思った副官の予想を覆し、腕を下に突き出すようにしながら涙目で女神は言い切った。


 ここまで来たら、毒を喰らわば皿まで――とはちょっと違うが、きちんと言葉にするべきだと思い定めたのだろう。


「というわけです、わかりましたか?」


 半目を魔王に向けながら、幼馴染副官が告げる。


「は?」


 今度は、本人にとっては唐突な愛の告白に、魔王の目が点になる番である。


「一回目であればまだしも、今回ここまでわかりやすいのに、すわ「魔族殲滅に来たか」と誤解するとは。さすがは魔物(モンスター)童貞どころか、それらを統べる魔王童貞というところでしょうか」


 その誤解の果て、自分が嬉しくさせられてしまったことは完全に秘匿し、あえてつくった蔑んだ視線で魔王を刺す副官である。


「魔王を童貞の最上級みたいに言うんじゃねえよ!」


「最下級です」


「…………」


 言わずもがなの反論も、完全に粉砕される。

 

「い、いや騙されんぞ! 女神が僕を好き? そんなわけがあるか!」


「そこは私も同意したいところなのですが、女神が嘘をつく必要がありますか?」


「ぬ……」


 さすがにばつが悪いのか、眼鏡をかけなおして魔力を収め、いつもの調子に戻って副官に問答を仕掛けるが、理に適っているのは副官の方であると言わざるを得ない。


 魔王城の無力化を児戯にも等しいとばかりに可能な女神が、魔族の殲滅を目的として「魔王が好きです」と嘘をつくなどありえない。

 というか既に文脈として破綻している。


 ということは、女神の言葉は本当なのだ、とさすがの魔王も理解するしかない。


「魔王様は今少し女心を勉強するべきですね。淫魔(サキュバス)が見せてくれるような非実在理想の女性など、それこそ本当に存在しないのですよ?」


「やかましい! 下手に勉強なんかしたらもっとひどい目に遭うだけだろうが!」


 己の逃避を知られている恥ずかしさからか、魔王は動揺する。


 確かに幼馴染の女性に、己の好きなシチュエーションだの性癖だのを知られているのは一種の拷問と言っても過言ではなかろう。


 だが幼馴染副官にも慈悲はあるのだ。

 それこそ百戦錬磨、世の雄共の爛れた欲望を知り尽くしている淫魔(サキュバス)たちにとって、純粋(ピュア)すぎる魔王の欲望を具現化して見せていることが「プ―クスクス」案件であることは黙している。


 一応配下である淫魔(サキュバス)からの情報漏洩は早急になんとかする必要があろう。

 本気で何とかなるとは思えない魔王ではあるが。


 自分が小っちゃい頃から今の妖艶な姿を保っている淫魔(サキュバス)たちは、母や姉のようなポジションどころか、近所のおばちゃんレベルと言っても過言ではないのだ。


 そんな相手に、()()()()手伝いをしてもらっているのもどうなのだという話なのだが。


「よせられる想いにも気付けない鈍感男よりはマシでは?」


「いーや違うね。君ら女性は気付かなければやれ鈍感だ、共感しろだと五月蠅いが、いざ気付けば気付いたでやれ自意識過剰だの、ラブではなくライクですだのと言い出すに決まってるんだ! 絶対にそうだ!」


 如何にも眼鏡らしい頭でっかちの理屈ではあるが、あながち外れてもいない。


 物語のように、お互いの矢印が合致していれば問題はない。

 甘酸っぱい擦れ違いだの、もだきゅんだのむずきゅんだのと称される状況となるが、そうでなければゴミを見るような目で一瞥されるだけなのだ。


 男はつらいのである。


「あらあら魔王様、誰にそんな女性不信に陥らされたのですか?」


「お前だああああああああ!!!」


 幼馴染副官としては、魔王に初めて恋心を抱いて以降の記憶が強い故に被害者意識が強い。

 だが魔王としては多感な幼少期に弄ばれたという、幼馴染副官があえて封印している記憶については言いたい事は山ほどあるのだ。


 あれが無ければ、淫魔(サキュバス)たちに「ぷーくすくす」される様な現実逃避には至っていないと言いたい。

 力で魔族に君臨する魔王なのだ、望めば大概のことは叶えられる。


 それこそその気にさえ()()()()、人界も含めてこの世界を統べることも可能だろう。


「あ、あのう……」


 完全に置いてけぼりをくらうカタチになっていた女神が、涙目で恐る恐る声をかける。

 前回同様、親しげ(笑)な二人の会話にやきもちに似た感情を抱いていることは自覚できてはいない。


 表情には出ているのだが。


「ああ、すいません女神さま。しかしどうやってうちの魔王様を見初めたのですか?」


「えと、あの、それは……返り討ちにあったのになぜかまだ無事な勇者からの報告で興味を持ってしまって……」


 副官の問いに答えた女神の言葉に、魔王と幼馴染は顔を見合わせる。


 なるほど、と思ったのだ。


 確かにわりと最近、人の世を守護するために生まれ、神に選ばれたとか何とかで、『勇者一党(パーティー)』とやらが魔族の浮遊大陸へ侵入してきたことがあった。


 引っ掻き回されても厄介なので、報告があってすぐ魔王直々に出向き、()()したのだ。

 殺すまでもない実力差だったので、さっさと倒して地上へ転送させた。


 名乗りを聞く前に瞬殺したので、誰が勇者なんだか剣聖なんだかも理解していない。

 確か4~5人くらいだったはず、程度である。


 そいつらが敗戦後、祈りという形で女神に現魔王のことを伝えたというわけである。


 ――そう言えば僕が魔王を継いでから、『勇者』が現れたのは初めてだったな。


「水鏡で見てみたら、思いっきり好みで……」


「容姿ですか」


 くねくねムーヴをする女神に、幼馴染副官が半目を向ける。


 ――確かに眼鏡を外してみれば精悍な顔立ちをしているし、怒った時の瞳なんかは腰が砕けそうになるのは認めましょう、ええ。ただ容姿のみなどというお軽い惚れ方であれば恋敵(ライバル)と呼ぶには少々……


 幼馴染副官は自分のことを棚に上げた。


 ()()()当然容姿のみではないと言えるだけの自信はあるが、まだ魔王のことを知ったばかりの女神に対しては少々フェアではないと言えるだろう。


 好きになる入口が、容姿や力であるのはある意味、至極当然のことでもあるのだ。


 幼馴染副官にしてみたところで、幼少期に「魔王の娘」ということで孤立していたところを、言葉ではなく力を以って「それがどうした」と言ってくれたのが切っ掛けなのだ。


 同じ台詞を力なき者に言われても、きっと響かなかっただろうと我ながら思う。

 女性の恋心はなかなかにシビアでもあるのだ。


 だが時にそんなことも関係なくオチてしまうから、恋だの愛だのは厄介なのだが。


 少なくとも女神についてはまさにそんな感じだろう。

 恋はいつでも貰い事故。


「初めはそうだったの! でもそのあと()()()水鏡で見ていたら……」


 幼馴染副官の言葉に対して、むっとするでもなく、まさに恋する乙女そのままのような反応をする女神。

 だが口にしている事実はなかなかにあれである。


 ――神権乱用。


「プライベート! 僕のプライベートはどこ行った!」


「ずっと見ているわけじゃありません!」


「そこじゃねえ!」


 ()()()の範疇がとても気になる魔王である。

 男の24時間を、女性にずっと見られているとしたら虚心でいられる男などおらぬ。


「みていたら?」


 だがそんなことはお構いなしとばかりに、幼馴染副官が女神に先を促す。

 すでに興味津々8割、ずるい2割の表情。


 自分の知らない想い人の情報には、やはり反応せずにはいられないのだ。


「人界の軍が攻めてきて大きな被害を出さないように人里に行って工作したり、酷い領主に苦しめられている辺境の集落を救うために「魔王の威力偵察」と称して領主だけを討ったりしているのを見ているうちに……」


「やめろおおおおお!」


 いや人界の守護者として、そこは魔王を止めろよという話なのだが。

 女神としても「おそましい人間」に対しては思うところがあるものと見える。


 神が直接手を出すことが出来ない以上、もしかしたら魔王のような存在は有り難くさえあるのかもしれない。


 不良が雨に打たれる子猫を救っているところを見られるどころか、動画に納められた上に無断でSNSにアップされたかのような魔王にとってはたまったものではないが。


 とはいえ正直、()()()()()を把握されているわけではないことに胸を撫で下ろしてもいるのだが。


 それこそを期待していた幼馴染副官としては拍子抜けである。

 今女神が恋する乙女の表情で語ったことなど、副官であるがゆえに当然知っている。


 冷静に考えれば、魔王の()()()()()()を見て、女神が恋に落ちたと言われでもしたらドン引きではすまないだろうが。


「気付いたら好きになってしまっていて……ここまで来ちゃいました」


 そういって、可愛らしく微笑む。


 いや確かに可愛い女の子に「来ちゃった(ハート)」と言われるというのは男の子の夢のひとつかもしれないが、アナタ来ちゃうまでに魔族の精鋭ことごとくを排除してますからね。


 一つ間違えればホラー系の「来ちゃった(ハード)」になりかねない。ヤンデレ系でも可。


「しかし前回、魔王様の爛れた性活に衝撃を受けて、退場なさったのでは?」


 頭を抱える魔王を他所に、成程とある程度の納得を見せている幼馴染副官が問う。


「そ、それは……ええ、確かにショックでした。ですが人の世の王族や英雄と呼ばれる者たちに色を好む者が多いのも事実。であれば魔王というお立場であればそれも当然。好きだというのであれば、それらを呑みこんでも好きかどうかを自問して……」


「好きでした、と」


「は……い」


 花も恥じらう表情とはこのことであろう。


 実際、創世神の感情に当てられて、精霊たちが半具現化して花が舞っているかのような状態になっている。

 光の精霊たちも飛び回って、なんだかキラキラもしている。


 自前の背景効果(バック・エフェクト)持ちとは、さすが女神というべきなのか。


「ええ、私を一番好きでいてくれるのであれば、側室や遊びは咎めません」


 自然(ナチュラル)に上からである。


 側室や遊びなどと言っているが、未だ夫婦どころか恋人、それ以前の友達にすらなっていない状況でのこの言。


 女神ゆえに、世俗のそういったことに疎いのと同時に、自信家であることは天然なのかもしれない。


「一番でなければ?」


 だがそこに、幼馴染(現実を知る世俗の存在)からのシビアな質問が飛ぶ。


「あの、えっと、その……一番を目指します?」


 より一層真っ赤になり、涙目になりながらも取り繕うことなく本音を言ってしまう。

 そうでなければ前回で撤退し、今日ここに来ることなどなかったのだろう。


 結局は惚れた弱みということだ。


 恋する女は脆い――弱いのだ。


 『脆き者よ、汝の名は女神なり』

 

 それは人であろうが魔族であろうが――たとえ神であろうが変わらない。


 上から目線で何を言ったところで、どうしたって傍に居たいと思ってしまうのは止められない。


「いやいやいや、まてまてまて」


 当の本人置いてけぼりで、自分に惚れている女性二人(魔王は実感として得ていないが)の会話が進められていることに、やっと介入する魔王である。


「そもそも僕は爛れた性活なんかしちゃいないし、好きとか嫌いとか普通の恋愛みたいに語ってるけど、やってることストーカーと変わらんからね?」


「すとーかー?」


「いや、忘れてくれ」


 余計なことを言った。


 とはいえ魔王としては、本人の認識が追いつく前に話が進んでいるようで放置できない。

 だったら何をどういえばいいんだ、と問われても答えられないのでどうしようもないのだが。


 女神が排除してくれたおかげで、この場に幼馴染副官以外がいないことはあるいは救いかも知れない魔王である。


「ご迷惑、ですか?」


 悲しそうな、しかしおそらくは計算もされている美女(女神)にこんな声で懇願されれば、魔王であろうが人であろうが、あるいは神であろうが男である以上答えは限られる。


「女神様の立場ってのも、僕の魔王よりも大変だろうしな……」


 害を加えない、息抜きになるというのならそれもアリかと思いはする。

 長い時を生きる神だの魔王だのという存在は、確かに他愛ない時間が必要なのかもしれない。


 自分の本音でもあるこの呟きに、女神がより思いを深くすることなど魔王は気付いていない。

 幼馴染副官は「あいかわらず天然で急所を突きますね」と半目になっているのだが。


「……俺のプライベートの保全と、来るときは魔王城の護衛たちを排除せずに普通に来てくれる約束をしてもらえるなら……迷惑ってほどでもない」


 よって溜息一つついて、魔王が折れる。


 朴念仁であろうがなかろうが、好きだと言われて悪い気などしない。

 それがとびっきりの美女であれば尚のことである。


 創世神が魔王に惚れるってどうなんだ、と思わなくもないが。


「約束します! あ、だったら私が此処に住まわせていただければ……」


「段階! 段階を踏んでくれ!!!」


「踏めばオッケー、と」


「そうは言ってないだろ!」


 いや言っている。


 いきなり同棲(違う)を提案する女神に対して、顔を真っ赤にして余計なことを言う魔王。

 それに対して半目で的確な突っ込みを入れてくる幼馴染副官には、勢いで誤魔化すしかない状況である。


 魔王と女神との他愛ない話。


 幼馴染の副官も加わって、混沌(カオス)でくだらないけれど、たぶんきっと大切な話。


 それがあれば、彼らはきっと永遠にも近しい時間を、虚無にとらわれることなく過ごして行けるだろう、たまには笑って。


 たぶん、きっと、おそらくは。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「急報! 魔王城に勇者一党が侵……」


 女神に排除されていたはずの護衛の一人が、魔王、副官、女神のみがいる『真魔の祭壇』に突然飛び込んで急報を告げる。


 いや告げ切る前に、背中から攻撃を受けて吹っ飛び、意識を失った。

 背後からの攻撃、仕留めようと思えば仕留められたであろうに、どうやら命を落としてはいないようだ。


 急展開に、玉座から魔王が立ち上がり、副官も戦闘態勢を取る。

 

 なぜか女神は、浮気現場を押さえられでもしたかのように、巨大な魔王の玉座の背後にこっそりと隠れようとしている。


「来たわよ魔王! ()()()()あなたを倒してみせるわ!」


 さもありなん。


 『真魔の祭壇』の巨大な扉の向こうから現れた人影は四つ。


 あらゆるものを切り裂く巨大な剣を構えた、『剣聖』

 

 万魔を司る、世界樹の杖を携える歳経た『賢者』


 聖なる書を豊かな胸に抱き、すべてを癒す世界教会の『聖女』


 そして。


 白を基調として各所に金をあしらわれた華やかなドレス・アーマーに身を包み、女神に祝福された証である女神と同じ金の髪、金と碧の斑の瞳を持った美少女。


 『勇者』が光り輝く勇者の剣と盾を構え、声高らかに再戦(リベンジ)を宣言したのだ。


『第参話 勇者パーティーと論戦』


予定。

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