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月の少女   作者: 高見 リョウ
子どものSOSを見逃すな
12/34

クラス崩壊

 ここは教室という名の牢屋だった。

ガターン‼

また、子どもが暴れ、机が倒れる音が響く。

「たすけてくれ…たすけてくれ…」

このクラスの担任は、小さな声でつぶやく。

この二年二組の担任になってから一ヶ月。最初はかわいい幼稚園生に毛が生えたくらいの子どもたちだと思っていたが、20代前半という若い新任教師の考えとは裏腹であった。授業中に席を立つ一部の子どもたちは最初からいたが、担任が注意をするたびにひどくなり、だんだんと歯止めが利かなくなっていった。そして今では、その一部の生徒がクラス全体を巻き込み、大きなモンスターとなり一人の教師苦しめていた。担任の先生はここ最近二年二組の教室に近づくだけで、めまい、動機、腹痛に襲われていた。

 そして今日も一時間目の時間から子どもたちは授業中に大声を出して暴れまくっている。担任が幾度「助けてくれ」と心の中で叫んでも、助けに来るはずもない。子どもたちが暴れだすのは大体隣のクラスが、体育などの時間で空いているときであり、この奇声は聞こえない。小学二年生の割にはかなり計画的なものと言ってもいいくらいだった。

「先生!授業を進めてください」

こう担任に訴えたのは、まだ授業を聴いている一部の生徒たち。そのかわいげのある瞳に担任は、「わかった」とつぶやくしかなかった。

 担任が振り返ると視界に広がったのは、黒っぽい大きな壁であった。思い起こせばまだ何もこの時間板書というものをしていなかった。担任にはその壁が今にも自分の体に覆いかぶさってきそうな感じであった。担任の体は小刻みに震えだした。しかし、まだ一生懸命聞いてくれている子どもたちがいる以上は、一所懸命授業しなくてはならない。手に震えを必死に抑え、額から落ちてくる汗をぬぐい、白いチョークを持ち上げようとしたその時だった。後方から筆箱であろうと考えられる大きな塊が、担任の背中を捉えた。

 担任の我慢はここで切れてしまった。怒りというよりも子どもたちへの憎しみが担任の心を支配した。手の震えは止まり、反対に額の汗はさらに噴き出してきた。

「いい加減にしろ‼」

担任が初めてクラス内で放った怒りの声であった。子どもたちは一瞬で凍り付き、びっくりして泣き出す子どももいた。ただ次の瞬間だった。

「パワハラ」

一人の生徒が小学二年生らしからぬ言葉を放った。

「パワハラ!」「パワハラ‼」「パワハラ‼‼」

最初の一言に触発されたように、その言葉はクラス全体を包み込んだ。担任の手の震えは、再び再稼働し始め、額の汗もさらに噴き出していた。自分の体が熱くなっているのも感じ、視界は少しづつぼやけていった。白い白い煙のようなものが担任の視界を覆った感じがした。すると担任の背後で、「うるさい」「うるさい!」「うるさい‼」「うるさい‼‼」という声が聞こえた。

 担任が気付いた時、教室には三人の子どもたちが口から少量の血を流し倒れていた。教室中、子どもたちの鳴き声でいっぱいになっていた。

「俺は何をしてしまったんだ?」

もう担任には訳が分からない。ただ確かなのは少量の血を流して倒れている子どもたちが三人いて、泣いている子どもたちがたくさんいること。

「助けなければ」

担任の心に浮かんだのはその気持ちだった。

一人の泣いている女の子に「大丈夫か?」と言って手を差し伸べる。

しかし、「嫌‼」と言ってその女の子は、担任の手を払った。その子は担任の一番なついている生徒であった。しかし今その生徒は担任に対して怯えている。

 子どもたちのわめく声はおそらく教室を超えて学校中に響き渡っている。

「なんとかしなきゃ」「なんとかしなきゃ」

担任が焦りだしたその時であった。

「先生‼何をやっているんですか‼」

その声とともに二人の恰幅のいい男性教諭が教室に入ってきて、担任の両腕に自分たちの腕を絡み付けた。

「来なさい‼」

その声とともに、子どもたちの声は担任の遠く遠くの意識の向こう側へと消えていった。


 五月のゴールデンウィーク明けの月曜日、駿太郎は桃子を大学の食堂へと呼び出した。駿太郎は桃子に聴きたいことがあったからだ。

 四月下旬からの大学の食堂の利用者は、かなり多いものだった。その理由は何といってもワンコインでお昼ご飯を食べられるという安さにあった。しかし、幼少期から地元北九州にある藍島近海で取れるおいしいおいしい魚ばかりを食べ、舌の肥えていた駿太郎にとって、大学の食堂の味はいまいちのものであった。「自分が作ったほうがおいしいよ!」といつもいつも大学の友達に吐露していた駿太郎は、大学の友達から“料理ができるもてる男”とか言われていたが、「まったくモテない」とも言い放っていた。一体駿太郎はどうやったらモテるのかということを考えていると、

「オッス!駿ちゃん!」と言いながら桃子がやってきた。

最近駿太郎の身近で変化したといえば、この桃子が駿太郎のことを「駿ちゃん」と呼び始めたことであろうか。桃子はいたるところにコミュニティを持っているが、このはじけた、誰とでも仲良くできる性格がそうさせているのかもしれない。駿太郎にとって今まで会ってきた異性の知り合いの中で、一番話しやすい人でもあった。

 桃子は、額の汗をぬぐいながら席に座ろうとしている。「ゴールデンウィークを過ぎた外は、かなり暖かいのだろうか?」そんなことを駿太郎が考えていると、

「そんなにキョロキョロして、女ばかり見て光ちゃんを裏切る気じゃないでしょうね」

桃子はストレートに光の名前を出した。駿太郎が今日聴きたかったのは光のことである。桃子のそのニッコリと笑う顔に駿太郎は、“恐怖”を覚え少し引いてしまった。

 駿太郎は息を整えて桃子のアイラインがきれいに引かれた目を見た。少し前のめりになって、駿太郎は言葉を発した。

「桃子が俺のことを好きっていつから知ってたの?」

駿太郎の質問に桃子は突然大笑いを始めた。

「気になるよねー!やっぱり気になるよねー!」

「ふざけてる?」

桃子の言動に駿太郎は多少の怒りを覚える。そんな駿太郎とは裏腹に、桃子は笑顔で駿太郎の眼を見た。

「冬くらいかな?」

「はあ?」

駿太郎は「この人バカにしてるのかな?」と思いながらもそれは口に出さなかった。

「まだ会ってないよその頃」と駿太郎は桃子に言った。

「だって私に言ったんだもん。「しゅんたろう!すき!」って」

その一言に駿太郎は訳が分からなくなり、

「なんで?」と桃子に尋ねた。

「知らない」と桃子は言った。

「でもね…駿ちゃんを二人で追っかけてた時に駿太郎のアパートまで行って、光ちゃんが「ここに住みたい」って言ったの」

「光が言い出したの?」駿太郎は少し気味が悪くなったが、光の笑顔を思い出すと、その気持ちは消えていった。

「だから私が不動産に同行して、契約手伝った。駿ちゃんなら大丈夫かな?と思って」

「俺はいつからストカーされてたの?」

「ストカーじゃありません!」

とケロッとした桃子は言うのだった。

 普通だったら気味悪く感じる。しかし他の人とは少し違った感覚を持つ駿太郎なら許してくれるという思惑が桃子にはあった。光と駿太郎は、同じ匂いがして、それで釣り合うだろうと桃子は思った。駿太郎が人助けを好んでやっていることを桃子は知っている。それに光は、人から好かれる不思議な魔力を持っており、それを信じた桃子にとって、光を駿太郎に面倒見させるという計画は成功だったに違いない。


 駿太郎と桃子が食事をしている途中で、一通のメールが入り、急遽大学の中にある心理センターに行くことになった。駿太郎と桃子は少し早歩きで移動し始めた。大学に至るところには、光が書いたデートDVのポスターが貼られていた。結構人気が高いポスターで、今度駿太郎がやることになった学生活動の学会での、デートDVワークショップの活動報告でこのポスターを使うことになった。

心理センターの入り口を入り、みんなが集まっている部屋に着くとすでに会議が始まっていた。そそくさと駿太郎と桃子は部屋の中に入り、空いている席に着く。みんなは真剣な面持ちで教授の話を聴いていた。

「何のお話?」

駿太郎は隣の腰かけていた同級生の久米良明に話しかけた。この久米良明は、探偵同好会の部長を務めていて、父親は福岡県警のお偉いさんだと駿太郎は聞いたことがある。そんな久米は冷静に答えた。

「この大学の近くの小学校の二年生の教室で、クラス担任が一部の生徒に暴行を働いた。それで心に傷を負った生徒が多いから、明後日の午後からこの心理センターにそのクラスにいた子どもたちを招き、僕たちと遊びながら治療を行う」

久米は一気に駿太郎に説明を行った。

話を聴くだけだと、かなりひどい目にあった子どもたちが来るという印象を駿太郎は受けていた。


小学低学年がピカピカでかわいいなんて言ってられない現状が多くあります。


北九州の情報もちょこちょこ載せるんで、興味がある人は観光にいらしてください。

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