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月の少女   作者: 高見 リョウ
子どものSOSを見逃すな
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エクスポージャーという治療法

その後、前に立つ教授、国小田侑平からは子どもたちがどのような傷を負い、どのような症状があるのかについての説明が行われていた。国小田は、62歳という最年長の教授であり、この国で災害などが起きた時にはカウンセラーとして、しかも責任者でよく被災地に派遣されている。だからこの手のことに関してはかなりのベテランということができるのだ。60歳を超えてもピンと伸びた背筋と、しわの少ない肌はベテラン映画俳優のような貫録を彷彿とさせるものであった

「かなりの子どもたちが、担任からの暴力を受けたその後、学校への登校不安訴えており、小学校への登校は困難である」

国小田は低く時に高くなる声で、黙々と話し続けている。

「それでここに招くということなのか?」

「おそらくそうだろうね」

駿太郎の問いかけに久米は淡々と答えた。

国小田の説明は続く。

「登校に不安を抱え、学校への登校ができないからこそ、この心理センターへ招き、学習することで、登校への不安を徐々に軽減させていく」

国小田が説明したのは、不安を取り除く心理療法として使われる“エクスポージャー”という治療法だった。確かにこの方法で一定の改善は見込まれるかもしれないし、小学校へ行けてない子どもたちをいきなり牢屋に押し込むよりはいいのかもしれない。ここでは、ほとんどの学生が納得顔であり、その後の役割分担で駿太郎たち大学の学部生は、大学院生の補助役をすることとなった。大学院生が子どもたちの遊びの治療をメインとなってするので、駿太郎たちはそのお手伝いをしなくてはならない。


 「そんなにひどいことする先生がいるのかな?」

桃子は帰り路、少しあきれ顔で駿太郎に話していた。

「小学校低学年でも、体罰って起こるんだな」

駿太郎もその事実をまだ信じきれない様子だった。

駿太郎は先ほどの打ち合わせで感心していたのは、久米良明の冷静さであろう。彼は福岡県警のお偉いさんの息子ということもあり、これよりひどい事例を幼い時から耳にしてきたのであろうか。駿太郎は久米良明という人物にかなりの関心を置き始めていた。

 5月のゴールデンウィーク明け、昼間は暑いが日が暮れて夕方になると涼しい風が吹いてくる。しかし相変わらず、夕方になるとカラスの大群は押し寄せてくる。

「半袖で来たけどやっぱりはおりがいるわね」と桃子は独り言をつぶやいていた。

駿太郎は、自分の手に息を吹きかける桃子を見ながら、筋が通って筋肉質な腕を尊敬していた。彼女が高校時代までやってきたバレー人生がだてじゃないことを物語っていた。

「俺はここまで一生懸命になったことがあったかな?」

気づくと駿太郎は独り言としては大きめな声でつぶやいていた。

「尋子ちゃんの時は、一生懸命だったじゃない」

桃子は優しい声で駿太郎に話していた。

「バレー…そんなに頑張ってたんだ。すごいね」

駿太郎の言葉に桃子は目を丸くしながら、

「駿ちゃんが私のこと感心するんだ…うれしいな!」と言った。

駿太郎はその時、人のことを感心していることが大学に入って初めてだということに気付いた。これは、今まで心の中で人を見下していた駿太郎にとって一つの成長ということなのだろうか、駿太郎には分からなかった。

「生き吹きかけてるけど…冷え性?」

「まあね…」

というと桃子は、その手を自分のズボンのポケットに押し込んだ。まるで男の人がするような桃子のしぐさが、駿太郎には親しく感じた。

家に帰りつくと、光が駿太郎の部屋の前で駿太郎の帰りを待っていた。

「光ごめん!今から飯作るから」

光は駿太郎の姿を認めるとニッコリと満面の笑顔を作った。

「いまからめしつくるから!」と光はいつもと変わりない反復をする。その時の子どものような高い声は、駿太郎にとってはかわいくて仕方がなく、まるでいきなり妹ができたような心境の駿太郎は、光のことをとてもかわいがっていた。

最近、光はいつも駿太郎の部屋で夕食を食べるようになっていた。光は夕方の17時半になると、駿太郎の部屋のドアをノックして入ってくるのが日課だ。今日、駿太郎がアパートに帰ってきたのがその時間を回っていたので、光を待たせることになってしまった。


 夕食を食べ終わると、駿太郎と光はいつも一緒にテレビを見ていた。光は歌番組が大好きで、見よう見まねで歌ったり踊ったりを繰り返していた。

「光‼隣に聞こえたらいけないから!」と駿太郎が言うと、

「となりにきこえたらいけないから!」と笑顔で反復しおとなしく座るのだった。

光が床に座り、駿太郎が安心したら、光は不意に駿太郎の膝に座るのだった。駿太郎はまるで子どもを膝で抱っこするように腕を光に回した。

「ねえ…なんで俺のこと好きなの?」

と駿太郎が今一番疑問に感じていることを尋ねると、

「しゅんたろう!すき‼」

と笑顔で答えるだけであった。

これはいつものことなので、とりあえず理由は聞けるまでのお楽しみにしておこうと駿太郎は考えていた。


 小学生たちが大学の心理センターに来る日がやってきた。その日、駿太郎たちは午前9時からその準備で大学に集められた。わずか一時間で掃除と飾りつけを行い、無事に小学生を迎え入れる体制が整った。

 午前10時になり、子どもたちがやってくる時間になった。何度もボランティアを経験している駿太郎であったが、さすがにこの瞬間だけは緊張する。そんな駿太郎とは裏腹に、桃子はすでに慣れきっている様子だった。それは久米良明にも同じことが言えるが、彼はただポーカーフェイスなだけかもしれない

 午前10時10分頃子どもたちはぞろぞろと心理センターの一室に入ってきた。子どもたちは緊張した面持ちであった。「こんな時、大人のほうが緊張してちゃだめだ!」と感じた駿太郎は自分を落ち着けようと努力した。子どもたちは順番に6列くらいの列を作って並ぶとそのまま座った。

 ぎすぎすした緊張感は、すぐに国小田のオリエンテーションの司会によりほどかれていった。子どもたちは国小田の話に笑っており、「この子たちはとてもいい子だな!」という雰囲気が部屋中をつつんでいた。国小田はさすがに慣れていたもので、ユーモアたっぷりな喋りとその笑顔で子どもたちだけでなく、学生たちをも自分の世界に取り込んでいった。こうしてオリエンテーションが進んでいった後、自由時間となり、駿太郎たちが子どもたちと遊んであげる時間が始まった。


エクスポージャー

不安を抱えている被治療者をその不安に直面させ慣れさせていくものです。軽いものから徐々に慣れさせていきます。

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