07.魔王の拳は破壊の拳
死神の眼窩に宿るは魂の灯火か。
揺らめく紫炎が眼球を動かすように揺らめいて、対象を認識すると、
「あら」
地面から出現した人程度の大きさを持った骸骨の屍を呼び出し、魔王を拘束した。
一応力づくで抗ってるようだが、骸骨のどこにそんな力があるのか、びくともしない様子だった。
「審判執行者。実際に見たのは初めてだ。伝説上の生き物だと思ってたけどね。何せ、絶対盟約の法を使って目の前で破るやつなんて余程のバカくらいだよ。少なくとも今までの契約相手はそんなことしなかった。これも魔王の余裕かな?」
「突然上機嫌に喋るじゃない。そういうなんて言ったかしら、ネクラって言われない?」
「あう……」
「あら、思った以上にダメージ……」
くすくすと笑う魔王。
人を傷つける行為をしない。この誓約を破った魔王を捌く為に現れた審判執行者。
誓約の重さにより、絶対盟約の法を破った際の代償は変わる。
例えば山賊の命乞いに以前、命を助けてやるから仲間の居場所を教えろ。あと更生して人を襲うな。というレヴンとの誓約に対して山賊は、数秒と経たずに誓約を破り、背を向けたレヴンを襲った。
結果、身体は骸骨により拘束されて、半年の間まともに動けない体となってしまった。
という経緯を知ってから絶対盟約の法の使用頻度を増やし、様々な実験を重ねた末に導き出したレヴンの答え。
審判執行者が出てくる条件は以下の二つだ。
①誓約を破った者の心情。
②誓約をした際の相手の状況。
この二つによって罰の具合が変わる。
例えば山賊は②で考えれば制約をしなければ死ぬ状況であった。しかし①の面で見ると魔がさしたようなもの。
故に即死の審判ではなく、ある意味の死である半年の拘束という罰が降った。
それから半年は兵士にあーんをしてもらって、今では実際に更生し、城の外周補正にまわっているらしい。
では魔王は。
「最初から制約を守る気がなく、しかも八◯◯年間、自身を封印していた最高級の結界を無償で解かせたんだ。罰の中でも最上級が出るのは自明の理……」
魔王から受けた精神攻撃でよろめきながら、つぶやく。
だが問題はまだある。
魔王の余裕だ。
審判執行者など、勇者ランキング上位者でもなす術なく葬られる世界の法の執行者。
実際に昔、第五位の勇者が誓約を破り、審判執行者にやられたと報告が上がっている。
であれば、トットはどうやってこの場を乗り切るつもりなのか──
長く考える暇はない。
既に審判執行者の大鎌は振り上げられ、そして。
罪人の首を正確に刎ね飛ばした。
更に十字を切るように首が吹っ飛ぶその前に真上からの一閃。
大鎌を扱っているとは思えない武器捌きから繰り出されたニ回の斬撃は、魔王の小さな身体を容赦なく切り裂いた。
終わった。
レヴンは剣を腰に差し、息を吐く。
魔王が強力な再生能力を持つとはいえ、脳を壊されればさすがに問題ないだろう。
そうして踵を返し、思う。
「どうやってこの結界から出ようか」
そもそも落ちてきたのだ。
空を飛ぶ方法でもなければ、この結界から出ることなどできる気はしない。
こういう時はいつも魔術があればいいなと昔は考えていた自分を思い出す。
今では東の国で見つけた機械という道具を使って、戦闘のサポートをしているから然程苦労を感じない。
不便であることに間違いはないが、不服に感じたことはない。
だからこそ、こういう時。
「──まだ幕引きには速いんじゃないかしら」
理不尽だ、と思った。
相手は明らかに格上。
禁じ手、裏技、搦手、騙し。
魔術が使えなければそれも限られてくる選択肢の中で最も有用な手を取ったはずだ。
半ば賭けに近い部分もあった。
だというのにまだ──いや、やはり。
「これで漸く始まり。というかあなた、ゴッツに愛されてるなら、最初から誓約を反故にするつもりだったのね! 可愛い顔して悪いことするわ」
魔王、ということなのだろう。
黒布が地面を這いずって、魔王の身体同士を接合させ、身体は結局また元通り。
ぷりぷり怒りながら迫り来る骸骨を力のままに薙ぎ払い、頭上から迫り来る大鎌は当たる寸前で白刃取り。
地盤を砕き割る勢いで跳躍し、骸骨の頭上に浮かぶ黒い輪を掴んで、
「堕天した使徒風情が、生意気にも審判ごっこ。恥を知りなさい」
矮躯のどこにそんな力があったのか。
三〇メートルを超える巨躯の審判執行者を悠々と顔面から地面に叩き落とした。
頭蓋がひび割れ、声にならない悲鳴をあげる審判執行者に追い討ちをかけるように拳を引いて、攻撃の構えを取る姿は卓越した武人が如く。
振り抜く拳は空を裂き、強烈な破裂音の後、告げた。
「竜拳一波」
それは一見ただの正拳突き。
しかし、基本の姿勢を崩さず放たれた魔王の拳の一撃は、審判執行者の頭蓋を身体ごと吹き飛ばした。
第五位の勇者ですら無惨に惨殺した力を持つ執行者が、こうもあっさりと。
再び剣を構え、レヴンは唾を飲む。
審判執行者が霧状の粒子に還り、真白な空間が黒に染まる背景の中、魔王はレヴンを見た。
目は相変わらず黒布に覆われているというのに、鋭い眼光が布越しにレヴンを貫く。
「ふふ。思ったより、色々考えてるみたい。次はどんな風に楽しませてくれるのかしら」
「とりあえず、一番勝率の高い策は潰れたよ」
「あらあら。自分からそれを宣告してしまうなんて。お馬鹿さん?」
「さてね。これも策かもしれない」
レヴンが強がるように笑うと、魔王も呼応して微笑する。
「それは……非常に楽しみね」
残虐めいた、悪悪しい笑みを。
瞬間、魔王がその場から消えた。
「な!」
瞬きの刹那の間に魔王は頭上に跳躍。振り上げる拳は竜の鱗を持ち、細々とした少女の腕の面影は消えていた。
先程審判執行者を葬りせしめた一撃がこの拳から放たれたものであれば、納得がいく威圧感だった。
それが真上に振り上げられていれば必然、命の危機を察知する。
必殺の拳が地面目掛けて放たれ爆発。
地面を対象ごと粉砕する拳を魔術なしで受け止める事などできない。
先程の黒布は祝福の効果で打ち消したが今回はおそらくそうもいかない。
だからこそ、
「チッ!」
間一髪で避けた。
腰から発射された強烈な風の噴出。
腰に取り付けられた使い切りの噴出絡繰機構筒型である。
レヴンが勇者になる際に真っ先に求めたのは機動力だ。
術式で肉体を強化する魔術師を相手取るには、速度で対抗できる術がなければ肉弾戦で不意をつけず、最悪逃げられてしまう。
それを考慮して考案されたのが、使い切りの代わりに強力な風を噴出する機械だ。
携帯可能なほど軽量化を果たした代わりに使い切り。
一度に装着できる数は六個。
専用のベルトに取り付けられた筒が順番に使用されていく。ベルトに取り付けられたレールを使って三六〇回転可能で、理論上どのタイミングでもどの方向でも問題なく瞬間的な移動を可能にした。
その力を持ってして必殺の拳から体勢を崩しつつも回避するレヴン。
背中を強く打ち付けるも即座に受け身を取り、臨戦態勢へ。
空になった筒は自動的に排出され、カランと音を立てて地面に落ちた。
「凄いわね! 時代の進歩を感じるわ。絡繰……と呼ぶにはあまりにきらめいている。魔力を動力源にしてるみたいだけど、どうしてあなたに効果があるのかしら。自分自身の祝福の理解度が高いのね。あなた本当に面白い」
「こっちは魔術が使えないんだ。騙し騙しやるしかない。というかなぜ君は魔術が使えてる」
「悪いけど魔術じゃないのよ。私も同様に、祝福への理解度が高いということよ」
おそらく決着の時。
レヴンは力強く地面を蹴り飛ばした。




