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アリステア(1)


 私はアリステア。


 二年ほど前までは平民のアリステアだった。ある日伯爵様だという知らない男の人が私とお母さんを迎えに来た。

 私は知らないおじさんだったけどお母さんはよく知っていたらしい。私のお父さんだと言っていたから。


 その知らないおじさん―サルトン伯爵様というらしいが―は、若い頃、お屋敷のメイドをしていたお母さんと愛し合ってお母さんが私を身ごもった。サルトン伯爵はなんとかお母さんと結婚しようと養子縁組先を探したりしていたらしいが、サルトン伯爵のご両親が大反対。サルトン伯爵が領地に行っている隙にお母さんを追い出してしまった。サルトン伯爵は結婚もせず事業を成功させ伯爵家の実権を握り、お母さんの行方を捜しようやく迎えに来たのだといった。

 そんな訳で私はいきなり伯爵令嬢アリステア・サルトンになってしまった。



 お貴族様の生活は気楽な平民生活に比べ窮屈だったが、ある目標のためには我慢する事ができた。

 その目標とは、


 『私の憧れで最推しで最愛の人に会う事』である。


 十歳の頃、第一王子様の婚約が結ばれたと新聞の号外が配られ、お母さんが仕事帰りに持って帰ってきたことがある。

 その新聞には第一王子様と、私と同い年だというご令嬢の絵姿が載っていた。

 それを見たときの衝撃!!


 こんなに可愛い、お人形さんみたいな女の子、見たことが無い!!


 そのご令嬢に夢中になった私は新聞のご令嬢の姿を切り抜き(第一王子はちょん切ってしまった。ごめんなさい)手製の額に入れ大事に大事に眺めていたのだ。


 ダンヴィード王立学園に行けば実物と会える。鼻血ものである。


 しかし入学には私の教育が間に合わなかった。学力のほうは問題ない。民間の学校ではトップの成績だった。お母さんは頑張って働いて私をレベルの高い学校に通わせてくれていた。

 間に合わないのは淑女教育の方だった。平民からいきなり伯爵令嬢だ。立ち居振る舞い、食事の作法、話し方、貴族としてのマナーの数々。

 

 私は必死に勉強した。そして一年遅れでダンヴィード王立学園に入学する事ができた。お父様は新入生として入学する事を勧めたが、私は編入試験を受けて二年生からのスタートを希望した。

 なぜなら、憧れの、最愛のレティシア様は私と同い年だからだ。

 もし、もし、万が一クラスメイトになっちゃって、もしかしたら親友とかになっちゃって、あの花のような唇で『アリステア』なんて呼ばれたら、かるく死ぬる。




 運命の新学期、初登校日、先生に呼ばれて教室に入った私は、クラスメイトを見回す。


〝いた!〟初のナマレティシア様だ!想像していたよりずっとずーーっと綺麗だ!


 私はレティシア様の眼に一番可愛く映るようにと願いながら挨拶をした。




 休み時間、私は大勢の令息達に囲まれてしまった。

 これは誤算だ。レティシア様の姿が見えない。あの凛としたお姿を眺めていたいのに……

 淑女教育を思い出し、必死に愛想笑いをし、受け答えをするが、とうとうジュヴィル様とかいう偉そうな男に教室外に連れ出されてしまった。


「困った事があったら何でも僕に聞くといい」とか「僕は生徒会の役員もやっているんだ。第一王子殿下の覚えもめでたいんだよ」なんて自慢してくる。


 そのうちに「アリステア」なんて呼び捨てにされたときにはぞわっとしてしまった。


「僕の事はベルナール様って呼んでいいよ。君は特別だ」なんて言ってたけど、無視だ無視!


 ジュヴィル様や数人の令息達に校舎の案内と言ってしばらく連れ回されていたが、喉が乾いたろうとカフェテリアに行くことになった。


「私が持ってきてあげよう」というのを制して一人で紅茶を取りに行った。カフェテリアは混雑していて給仕を探して頼むより自分で取りに言った方が早そうだった。


 人数分の紅茶をトレイに載せ席に戻ろうとした時誰かにぶつかってしまった。


「ごめんなさい!大丈夫?」涼やかな美声にぶつかった相手を見ると―――レティシア様!


 いきなりの至近距離での遭遇に、私の頭はパニック状態だ。「こちらこそごめんなさい」と謝らなくてはいけないのはわかっているのに私の頭の中は〝きゃあ!なんて素敵なお声なの〟とか〝なんか物凄くいい香りがする〟なんて考えている。


 私が感激のあまり震えているとジュヴィル様がすっ飛んできた。

 なんやかんや言っているが頭にまったく入ってこない。そのうち肩を押されてその場を連れ出されてしまった。最後に名残惜しくもう一度レティシア様を振り返ったが、安定の美しさだった。



 後日、勇気を出してレティシア様に話しかける。

 やっぱり途中でジュヴィル様に邪魔されてしまったが、〝レティシア様〟と呼んでいいとの言質はとった。やった!やったよ私!頑張った。



 それにしてもジュヴィル様はしつこい。ジュヴィル様とあと二~三人よく話しかけてくる令息がいる。おかげで女の子の友達が全然出来ない。たまに睨まれたりなんかもする。


 その日もまとわりつかれ、辟易とした私は次の授業が無いので雲隠れすることにした。

 ジュヴィル様たちの眼を逃れ歩いていると、旧校舎に辿り着いた。

 人気(ひとけ)は無いが、今も資料置き場として利用しているらしく造りはしっかりしている。

 ここならゆっくり過ごせそうだと足を踏み入れた。


 一階は広い物置のようなスペースだった。窓も塞がれ薄暗い。

 二階に上ると図書室と思しき部屋があった。


 今は図書館が新しく建てられていて学生はそちらを利用しているので、ここは古い資料や書物を保管しているのだろう。

 少し興味を引かれて書棚に並べられた書物を眺めていた時、突然、その歌声が聞こえてきた。


 え?天使?

 涼やかでのびやかなその歌声は一瞬で私を魅了した。

 もっと良く聞きたいと、部屋の奥にふらふらと歩いていき、校舎の真裏に面した窓が見えたとき、私はその人に気付いた。


 私のほかにもこの素晴らしい歌声に聞き惚れている人がいたのだ。


 


 





 


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