レティシア(3)
旧校舎裏の、誰も聞いていない一人きりの空間に、誰も聞いていない事がもったいないような美声が響き渡った。
伸びやかな歌声はこずえを震わせ、空に吸い込まれていく。小鳥達でさえ歌う事をやめるような見事な歌声であった。
三曲ほど歌い満足した私は切り株に腰掛け休憩をする。
私がここまで歌う事を隠すのは、貴族が歌う事ははしたない事だとの不文律があるためだ。
数代前の国王様が娶った王妃様は市井の歌姫だった。世紀の大恋愛で結ばれた二人であったが、王妃様は王宮の生活に耐えられなかったのか、もともとの性分だったのか様々な貴族と浮気を繰り返した挙句、護衛騎士といなくなってしまった。王様は嘆き余に歌を聞かせないでくれと言った。
かといって世の中から歌がなくなるわけがない。王様も法律で禁止したわけでもない。
しかし、いつしか歌を歌う事は下賎な事との風潮が広まり、歌は平民が歌うもの、貴族は平民の歌姫のパトロンになったり自身は楽器をたしなむものだとの常識に落ち着いた。
私は歌う事が好きだった。幼い頃、侯爵家お抱えの歌手の歌を聴いて物凄い衝撃を受けた私はそれを真似て歌うようになった。両親には何度も窘められたがやめられなかった。いつしか両親も諦め、今では私の歌を楽しんでくれる。ただし、外聞が悪いため外部には秘密にされている。オスカー様の婚約者に決定した後は尚更秘匿された。
「いけない!次の授業が始まってしまうわ」
次は一般の授業だ。急いで校舎に引き返す。この場所から校舎までは少し距離があるため小走りに校舎に入ろうとすると入り口にファニス様とアンネローゼ様がいらした。
「レティ様少々御髪が乱れておりますわ」
有無を言わさずトイレに連れ込まれ、鏡を見てみると
「あ、あらどこでこんなに葉っぱがついたのかしら」
下手な弁解をするが、二人は何も言わず綺麗に髪を結いなおしてくれた。
三人で談笑しながら教室に入ると……クラスの雰囲気がなんだかおかしい。
クラス内に私と友人達vsアリステア様と取り巻きの令息達、の対立の構図が出来上がったようだった。
王子妃教育を受けるため廊下を歩いていると後ろから声を掛けられた。
「レティシア様、聞きましたわよ。編入生を苛めていらっしゃるんですって?」
パメラ・バルシェック公爵令嬢だ。私は溜息を心の中でついた。
「パメラ様、苛めてなどおりませんわ。ちょっとした行き違いだと思います」
彼女は『オスカー様には公爵令嬢である自分の方が相応しい』と公言し、何かと私に突っかかってくる。
「すみません、王子妃教育に遅れますので失礼いたします」
パメラ様は悔しそうに見送った。
王子妃教育は学園の一室を借りて行なわれている。学園入学前は王宮に通っていたが、在籍中は学園の一室を借りて専門の授業中に行なわれている。
王子妃教育もあと少しで終える事ができる。本当は二年後の学園卒業までに終えればよかったので、大分頑張った方だと思う。
週に一度のオスカー様との会食の際、オスカー様に尋ねてみた事がある。
学園に入学以来、二人のお茶会は無くなり、代わりに週に一度ランチをご一緒することになっていた。
「オスカー様、王子妃教育もあと少しで終了すると講師の方々がおっしゃっていました」
「そうか。よく頑張ったね、シア」
「それで……あの、私もオスカー様が頑張っていらっしゃる生徒会のお仕事をお手伝いできたらと思うのですが」
オスカー様は眉間に皺を寄せてしまわれた。そして噛んで含めるように言われた。
「シア、あと少しだとしても王子妃教育が終わったわけではないのだろう?私としては一日も早く終えられるよう目の前の王子妃教育に集中して欲しい」
私はそうですね、すみません。と項垂れるしかなかった。
クラスの雰囲気がぎこちないまま日々は過ぎ、第一回定期テストが行なわれた。テストは年四回、前期二回、夏季休暇をはさんで後期二回。一般の教科のみのテストだといえこの結果でクラスも変わるし卒業後の進路にも影響を及ぼすためA、B、Cクラスの生徒たちは必死で勉強する。落第はないので下位クラスの人たちは暢気だが。
私は就職の心配はないが、やはり第一王子の婚約者としてみっともない成績は取れないので一生懸命勉強した。
成績発表の日、私たちはホールの掲示板を見に行った。
上位三十名までの名が貼りだされるのである。Aクラスに残る目安だ。
掲示板の前は既に人だかりが出来ていた。
ファニス様、アンネローゼ様となんとか人ごみを掻き分け見えるところまで進む。
「レティ様!やっぱりレティ様が一位だわ。おめでとうございます!」
なんとか今回も一位をキープできた。ホッと息をつく。
驚いた事にわずか二点差の二位はアリステア様だった。
アンネローゼ様は六位、ファニス様は十位で三人とも好成績を喜んでいるとアリステア様と取り巻き令息達の集団がやってきた。
「アリステア!凄いじゃないか!」
ジュヴィル様が大げさに褒めまくっている。
「編入したばかりで一位に二点差だぞ。次はトップを取れるんじゃないか?」
「気分悪いわ。教室に戻りましょう」ファニス様が言う。婚約者との仲は最悪なままだそうだ。
「だいたいジュヴィル様は失礼だわ!自分なんて二十五位でAクラスも危ういのに」
三人でその場を離れ教室に向かおうとした時ホールにオスカー様が入ってくるのが見えた。
近くにいる生徒たちが「オスカー殿下、一位おめでとうございます」「殿下、安定のトップですね」などと話しかけている。
オスカー様は私を見つけると近寄ってきた。
「オスカー様、一位おめでとうございます。さすがでいらっしゃいますわ」
「シアは?」
「私もなんとか一位をとることが出来ました。ギリギリでしたけど」
「そうか、良く頑張ったね」
オスカー様は褒めてくださったけどなぜか眉間には深い皺が刻まれている。
「オスカー殿下!」
ジュヴィル様がアリステア様をつれて近づいてきた。
オスカー様はアリステア様を見ると驚いたような表情を浮かべた。
そしてアリステア様も……二人でしばし見詰め合っているところに空気の読めないジュヴィル様の声が割って入った。
「オスカー殿下、私は生徒会の役員にこのアリステア・サルトン嬢を推薦したいのですが」




