レティシア(2)
休み時間、早速アリステア様の周りには男子生徒が群がった。
皆アリステア様を取り囲み楽しそうに話をしている。
「僕が君に専門の教科のとり方や校舎の案内をしてあげよう」
一際大きな声が聞こえた。ベルナール・ジュヴィル侯爵令息だ。
彼らはアリステア様を取り囲みわいわい話しながら教室を出て行った。
「なあに?アレ」
あきれたような顔をしてファニス様とアンネローゼ様が私のところへやってきた。
「殿方は皆編入生に夢中ね」ファニス様が言う。
「編入生の方も楽しそうに話してらっしゃったわね」とアンネローゼ様。
「皆様鼻の下がこーんなに伸びてらっしゃたわ」
ファニス様の言葉に噴出しそうになってしまったが、笑うところではないらしい。鼻の下が伸びている殿方の中にファニス様の婚約者がいたのだ。嬉しそうにアリステア様に話しかけていた。
ファニス様の周囲から冷気が漂ってきている。
「鼻の下が伸びていない殿方もここにいるよ」
「「ライアン様」」
「君達専門教科は何を選択するか決めた?」
「大体は決めましたけど……」とファニス様
ファニス様は子爵家の長女だが兄二人、アンネローゼ様は伯爵家の三女。二人とも王宮の文官を目指している。
「じゃあ、お茶でもしながら専門の相談をしようよ」
「あら、いいですわね」
アンネローゼ様も合意して皆でカフェテリアに向かう事になったらしい。
「あの、私は……」
私は専門は一切取らない。王子妃教育があるからだ。
「いいじゃない、レティ様も一緒に行きましょうよ」
「今日は王子妃教育、お休みなんですよね?」
二人に押し切られカフェテリアに向かう。
カフェテリアのテーブルで紅茶をいただきながら三人が専門教科の相談をしているのを眺めていた。
皆のカップが空きかけている。
「紅茶の御代わりいただきましょうか?」私が聞くと
「旬のフルーツケーキもいただきません?」と甘い物に眼がないファニス様
「おいしい物でも食べて気分の悪い事は忘れたいわ」
やはり婚約者にご立腹らしい。
皆でケーキも食べようという事になったが給仕が近くに見当たらない。
普段そんなに混んでいる時間帯ではないが、一年の初日の今日だけは専門の授業がない。今日中に専門を選択して申し込むのだ。そのため、カフェテリアは私達のように相談をする生徒達で混雑していた。
「私、給仕を探してお願いしてきますわ」
私は気軽に立ち上がった。私は相談する事がないから一番身軽だ。
「レティ様にそんな事をさせては悪いわ」というのを「いいの、いいの」と押し留めて厨房の方角へ歩き出そうとしたとき
「きゃ!」
誰かとぶつかってしまった。
彼女の持っていたトレイから紅茶が滑り落ち、カシャーンと割れる。飛沫が私にも彼女にもかかってしまった。
「ごめんなさい!大丈夫?」
慌てて謝り彼女を見ると、編入生のアリステア様だ。
なぜか彼女は私を見てプルプルと震えている。
周囲には人だかりが出来始めている。
「クレイトン嬢、そんなに睨まないでくれないか!」
ジュヴィル様の責めるような声が聞こえた。え?私、睨んでいたつもりなんて無いんですけど……
「ぶつかったのは双方の不注意だろう。一方的に責めるのはいくら殿下の婚約者だって間違っている」
あの……私一言も責めていないんですけど……それに謝ったわよね?
アリステア様はまだ私を見てプルプルと震えている。若干涙目になっているようだ。
「こんなに怯えてかわいそうに」
ジュヴィル様はアリステア様の肩を抱き沢山の令息達と去っていった。
去り際になぜか焦ったようなまなざしをアリステア様が私に向けてきたが、促されて去っていった。
その場にはスカートから紅茶を滴らせ、ポカンとした表情の私が残された。
と言ってもポカンとした表情は他人には冷たく怒っている表情に見えるらしいが。
「大丈夫?レティ様」
「酷いな、あいつら」
ファニス様、アンネローゼ様、ライアン様が駆け寄ってきて慰めてくれた。
後日、アリステア様が私に謝りに来られた。
「あ、あ、あの、ク、ク、クレイトン様、せ、先日は申し訳ありませんでした」
かわいそうなぐらい震えて声も上ずっている。
「気にしてませんから大丈夫ですよ」なるべく優しく見えるように答える。
「あ、あ、あの!レ、レ、レティシア様と呼んでもよろしいでしょうか?」
「ええ、それは構いませんけど」
私が答えた途端、アリステア様の震えが酷くなった。眼も潤んで泣き出さんばかりだ。
「わ、私のこともアリステアと―――」
ジュヴィル様がまたすっ飛んできた。
「クレイトン嬢、またアリステアを苛めているのか!」
は?苛めてませんけど?それにアリステア様を呼び捨てですか?
「ジュヴィル様、レ、レティシア様は苛めてなどいらっしゃいません」
「ああアリステア、君は優しいな。クレイトン嬢は殿下の婚約者であることを笠に着て高圧的な態度をとっているんだろう。それより僕の事はベルナールと……」
アリステア様の肩を抱きながら行ってしまった。
私の怒りが脳に達して自覚した時には二人はいない。
もやもやとフラストレーションが溜まるばかりであった。
「レティ様、私達この後空き時間なんです。お茶しませんか?」
アンネローゼ様が誘ってくださったが、私は断った。
「ごめんなさい、王子妃教育が……」
あさっての方向を向いて答える。このフラストレーションを解消するためにはある場所に行かなくてはならない。このことは誰にも秘密だ。
彼女達と別れ、学園の裏庭の方角に足を延ばす。
この一角は使われなくなった旧校舎があるだけで人通りは少ない。
旧校舎の横の小道を通り、突き当たり―と一見みえる茂みをすり抜けると更に使われなくなった小道が続いている。その小道をたどれば旧校舎の真裏に出る。ポッカリと開けた場所があった。
ちょっと休憩できるように切り株のベンチもあるこの場所は私の秘密の癒し空間だ。
私は眼を瞑り息を整えた。