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弾が完全に貫通していたことが逆に幸いした。確かに傷は深かったが、その処置は洞窟にあった医療キットで間に合う程度のものだったのだ。ただし出血は多く、鎮痛薬の副作用もあって、メディルスは深い眠りに落ちたままだった。
朝になり、先発部隊五人と猫たちを乗せる大型バンのタイヤ交換が終わった時にも、メディルスは目を覚まさなかったのである。
「行こう、ガストゥ」
ジェシーはりりしく言い放って車に乗り込もうとしたのだが、ガストゥがこれを押しとどめた。
「もう少しだけ、せめて薬が切れてメディルスが目を覚ますまで待ってもいいんじゃないか」
彼は、メディルスと言葉を交わす猶予をジェシーに与えたいと思ったのだ。
ここから地球までは時空式エンジンで飛んでも一か月という遠さであり、この星は今、危難に満ちた状態だ。おまけにメディルスは重傷を負っており、予断を許さない状態だ。
二人の間が親子に似た情愛でどれほど固く結ばれていたとしても、再びまみえる確証など何もない。ならばせめて旅立ちの挨拶をと、ガストゥはそう考えた。
しかしジェシーは、かたくなな表情で横に首を振る。
「ガストゥ、それが君の優しさなのだということは十分に理解している。だが、別れの挨拶など不要だ。なぜなら私は、ちょっと地球に行って来るだけだからな」
「しかし、ジェシー……」
「私たちはレクスンよりも先に航船で宇宙に出る。そこからほかの星に救援要請を送れば、すぐにでも救助の船が寄越されて、ここにいる全員は救われるのだろう? だから、別れなど不要だと言っているんだ」
それは彼女なりのゲン担ぎなのだろう。だからそれ以上強く言うことをあきらめたガストゥは、最後に一つだけ、確認のために聞いた。
「じゃあ、ジェンスにも会わなくていいんだな」
「ああ、もちろんだ。次にあの子に会うのは、どこかの星の安全な宇宙港でのことだろう」
「わかった、じゃあ行こうか」
こうして二人は砦を出た。
車にはすでに男が二人と女が一人、これにガストゥとジェシーを合わせて先発の部隊となる。後ろの荷室には五匹の猫、もちろんこの中にプロキオンもいる。
車が走り出してすぐ、ハンドルを握るガタイのいい中年男が、後部座席に座るガストゥに向けて陽気な声を上げた。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はデリスク、こう見えても地球にいたころは特殊部隊に所属していた。だから、まあ、突入作戦は慣れているさ」
確かに彼の腕は太く、シャツの袖からのぞく二の腕はくっきりと筋肉の形を浮かび上がらせてりりしい。
そのたくましい男に続いて、助手席に座った男がバックミラー越しに頭を下げた。
「どうも、ミンストンです。デリスクみたいに腕っぷしに自信があるわけじゃあないですが、電気屋なんで、何かと役に立つと思うですよ」
そんな男たちの言葉を、一番後ろの座席に足を投げ出して座った女が笑い飛ばした。
「は! 仲良しごっこでもするつもりかい、あんたらは!」
その女はどこから引っ張り出してきたのか迷彩柄の戦闘服を着ており、腰には大きな銃を突っ込んだホルスターを巻いている。肌も心地よく日焼けしてほほにいくつかのそばかすが浮いており、いかにも戦いに慣れた風情だ。
女は自分の爪の先を何気なく眺めながら、心底バカにしたように鼻を鳴らす。
「あたしらは精鋭部隊だ。この作戦、あたしらがしくじったら、まず後発のひ弱どもには手に負えないだろうよ。つまり実質は一発勝負……だってのに、あんたらはまあ、お遊戯会みたいにのんきなもんだねえ」
運転席の男がこれを叱る。
「別にお遊戯会をしているわけじゃない。名前すら知らなかったら、これからの連携時にも不便だろう」
女は不満そうに舌打ちして、それでもぽそりとつぶやいた。
「メイビー……メイでいいよ」
それっきり、彼女は黙り込む。その無言を埋めるように、助手席の男が両手を擦り合わせた。
「あの、ガストゥさん……でいいんですよね、お名前は」
「ああ」
「僕も別にお遊戯会がしたいわけじゃないですし、名前がわかれば結構、あんたの過去までは問わないですよ。さしあたって知りたいのは、あんたの宇宙船の型式と仕様ですね」
なよっちい男だが、どうしてなかなか、作戦に必要なものをよく心得ている。ガストゥは深く頷いた。
「ああ、細かな仕様については、道中ゆっくりと説明しよう。さしあたってデクスト号の型番だが、何しろ古い船で……」
ガストゥが難しい話を始めてしまったものだから、彼の隣に座ったジェシーは手持無沙汰であった。メイビーが行儀悪く投げ出した足の向こう側、猫たちが身を寄せ合って眠る荷室の中をひょいと覗く。
彼女の視線に気づいたか、プロキオンが薄目を開ける。彼女は長い尻尾をわずかに揺らし、体を大きくひねって荷室の奥に向かって寝返りを打った。その動きに不自然なものを感じて、ジェシーは目を凝らす。
「プロキオン、ちょっとだけそこをどいてくれないか?」
プロキオンは面倒だと言いたげに小さく「にゃあ」と鳴いたが、ジェシーは引き下がらなかった。
「プロキオン、そこをどくんだ」
ジェシーの視線の先、丸く盛り上がったプロキオンの背中の向こうに、いかにも少年らしい短く刈り込んだ短髪が揺れている。その髪色に、ジェシーは見覚えがあった。
「プロキオン!」
少し強くしかりつければ、その声に驚いたか、プロキオンの前足の間から手のひらほどの子犬が飛び出してくる。ジェシーはこの犬の飼い主がそこにいることを確信して、その名を呼んだ。
「ジェンス!」
名前を呼ばれた少年は、プロキオンの腹の下から素直に這い出してきた。ジェシーがこれを叱り飛ばす。
「何をしているんだ、これは遊びじゃないんだぞ!」
ジェンスはわずかに口元をへの字に曲げて答えた。
「わかってる」
無表情な彼がジェシーに返した返事はたったこれだけだ。それでもガストゥは、その言葉の奥に隠された彼の決意を感じ取った。
初めてこの少年と出会った日――多肉の大樹の下に置かれたデッキチェアの上でまどろみに似た無力に沈んでどろりと横たわっていた姿を思えば、今の彼はずいぶんと生気に満ちて、むしろ強情そうにも見える。




