清明
春。
「うそ、入学式って9時からじゃないの!??」
「保護者の集合時間は9時だけど、学生はもうちょっと早いわよ、当り前じゃない~」
のんびりとした母の言葉を最後まで聞かずに、壁掛け時計を見ると、すでに時計の針は8時を指している。今日から通う県立南女子高等学校は、海岸沿いにあって、平らな道をずっと行けば着くのだけど、距離があるのでうちからだと自転車で40分はかかる。
「いってきまう!」
私は寝癖も整えずに、目玉焼きだけずるりと一口飲みこんで自転車に飛び乗った。
入学式だけだから、どこの高校も今日は午前で解散となる。
私は携帯で結城くんと連絡を取り合って、久しぶりに本社――うちの裏山にあるお社に来ていた。
「ここはかわらないな」
「うん。」
「お前も変わらないな」
結城くんが私の跳ねた髪の毛をみて言う。
「うん?」
結城くんはスーツ姿だ。受かった第一志望の進学校は制服がないので、ちゃんとした式典に出席するときはスーツなのだそうだ。
学校、どんな感じだった?聞くと、結城くんは顔をしかめた。
「修と同じクラスだった…」
笑うと、睨まれた。
「おめーはどうなんだよ」
「知ってる子そんなに多くないけど、スポーツ好きの子が多いクラスみたいだった。運動部部に入る子結構いそう。陸上部に入る子とももう仲良くなれたよ」
「よかったな。中川とは違う学校になっちゃったしな」
「今度会うときは敵同士だよ、やだなぁ」
千鶴は、県立の共学高校に進学した。陸上部がすごく強いからそこを選んだらしい。百子は私立の女子高。もうちょっと偏差値の高い県立高校にも受かっていたからそっちに行くかと思ったけど、制服がかわいいという理由で私立高校を選んだ。百子らしい。
みんな違う道を進んでいく。毎日飽きるほど一緒にいた時間は、今にして思えば奇跡的な一瞬だった。
携帯がピロリンと着信を告げた。
「あ、さよちゃんからだ」
画面を開くと、見たことのない制服に身を包んださよちゃんの姿が目に飛び込んできた。新しい学校で、新しい友達と一緒に取った写真らしい。
「かっっわいいい…!!」
思わず口を手で押さえてつぶやくと、結城くんが怪訝な目をしてこちらを見た。
『こっちも今日、入学式でした。ちかちゃんの高校はどんな感じ?』
『いい感じ!』
ほい、送信。ボタン一つで言葉が熊本まで飛んでいく。いい世の中だなぁ。
結城くんにさよちゃんのスーパーキュートな写真を見せつけると、彼は思い出したようにあぁ、と声を漏らした。
「八千代、引っ越したんだっけ」
「そう。熊本。熊本って、温泉とか山とかグルメとか、いろいろあるらしい!今度遊びに行くんだー。……まぁ正直、寂しいけどね」
「いいじゃん。友情って、会う回数じゃないから」
結城くんの声はずいぶん穏やかで、私も自然と笑顔になれた。
何をするでもなく、小さな社の前の数段しかない小さな階段に腰掛けて、私たちはしばらくしゃべりこんだ。お互いの近況を一通り話す終えると、ふっと沈黙が舞い降りた。
「そうだ、お前が言ってた最終試験、場所はここだったんだろ」
「正確にはここの裏手」
結城くんが行きたいというので、私たちは連れ立って、狛犬の像が散在する広場へ向かった。午後の柔らかな光が像を白く照らしている。苔むした像、朽ちかけて原形をとどめない像、横倒しになっている像など、相変わらず脈絡がなく様々だ。
その中に、一つ、真新しい像が見えた。材質が違うのか、狛犬像の中では珍しく赤茶色をしている。それに、すごく小さい。
あ。
「ね、結城くん」
結城くんも気づいたらしい。
「こいつは…」
私たちは顔を見合わせて笑うと、近くに咲いていたタンポポを一つ積んで、その像の台座に置いた。
降り注ぐ光の中で、石造りの狛犬がどこか笑ったように見えた。
おわり




