立冬
「…終わったな」
「うん」
チャコが私たちの間にやってきて、ちょこんとお座りした。
「お二人さん、どうもおつかれさん」
「チャコ…。ね、どうして私にはまだ呪いは降りかかってないって最初に教えてくれなかったの」
「…企業秘密だからな。最初に言っただろう?研修期間はだいたい1年だって。本来ならその間に『屍神を殺すことによって咎を負い、呪いがかかる』ってことを俺たちから教えるんだ。で、『自分に呪いがかかっている』っていうのを信じた候補者が葬者を続けられるか続けられないか、見定めるんだよ。呪いにおびえて、続けられなさそうなら、その時点で真相を教えて、さよならバイバイ、続ける覚悟がありそうなら、最後正式に就任する直前にまだ呪いがかかってないことを教えるんだ。それを知ると、じゃぁやめるっていうやつも時々いるな。ギリギリまで逃げ道を用意しておいて、それでも逃げなかったヤツしか俺らは認めん。
ちかこの場合は阿久津っていうイレギュラーなやつがしゃしゃり出てきたから、いろいろ予定が狂っちまって、結果的にばらしちまう形になったけどな。まぁ、お前はもう、葬者を務める覚悟が決まってそうだったから、いいけどな。
―――どうだ?まだ呪いがかかってないなら、葬者になるの、やめるか?今なら何の咎も負わないまま、逃げられるぜぃ?」
「ううん。私は葬者になるよ」
今まで葬った神々は、確かに私の手によるものだった。私が一人前じゃないからって、お父さんにその責任がいっているからって、今更逃げることなんてできやしない。
それに、私は屍神の怪異から大切な人を、そして屍神自身を、救いたいんだ。誰かにやれって言われたからじゃなくて、これは私の意志だ。
チャコはその答えを聞いて、満足そうにうなずいた。
「な、俺も狛犬に聞きたいことがいくつかあるんだけど」
「なんだ?」
「まず、これ何?」
結城くんが見せたのは、彼の胸の内から出現した日本刀だった。鞘は朱色に染められていて無骨ながらも華やかな印象のある刀だ。
「それは、守護職が持てる、古河の葬送の力がこもった刀だ。初代の守護職が作ったと言われている。…守護職は基本、屍神の肥大化した部分を消滅させるだけで、決定的な力は持たない。だが稀に、守護職が古河を守りたいと本気で思ったときに、屍神に決定的なダメージを与える武器として出現するんだよ。それを振るえば屍神を葬送することができる。だが当然…」
「俺も神殺しの咎を負うことになるわけか」
「ああ。もちろん、今のちかこと同じで、仮の身分のお前には責任は及ばないようになっている。どうする、今なら役目を放棄することも」
「願ったりかなったりだ。古河だけに罪を背負わすのは嫌だとちょうど思っていたんだ。」
「そうか、頼もしいな、お前は」
チャコの表情は毛に埋もれているせいでいつもよくわからないけど、嬉しいってことは、左右に激しく揺れる尻尾を見ればわかった。
「あと、もう一つ疑問なんだが」
「ん?」
「最後に阿久津、『ミヨコの子孫たちよ』って言ったよな。子孫はちかこ一人のはずだろ?言い間違いか?」
「あぁ、それはだって、お前ら二人ともミヨコの子孫だから」
「…え!?」
「ミヨコの子供は双子だった。女と男が一人ずつ。女の方が葬者になって、男の方が守護職になったんだよ。ちなみに初代の守護職は、ミヨコの旦那だ」
「えええ!??」
結城くんと見事にデュエットした。そうだったんだ。
「私たち、遠い親戚だったんだね!!」
結城くんの方を見ると、同じく衝撃をうけたのか、青ざめた顔で何かぶつぶつ言っていた。
「いや、いとこ同士で結婚が可能なぐらいだから、なんの問題も…むしろ、初代同士が夫婦だったってことの方が重要…?じじいの言ってたことは…」
うーん、なんかただならぬ様子だから、ほっとこう。
その時、向こうの草むらの中から「う~ん」と誰かの寝起きのようなうめき声が聞こえた。私たちのほかに人がいたのか、とびっくりして声のした方を見ると、目ボケ眼をさすりながら少年がむくりと上体を起こした。
「んあ、神様いなくなっちゃった?」
「…!阿久津君!?」
阿久津君が、大きく伸びをした後に、私たちの方に向き直っていった。
「初めまして、阿久津修です」
*
「え」
「かわいそうな神さま、目的は達成できたのかな?」
「え、え」
「あ、そか、なんのことかわからないよね。俺、あのきれいな白蛇の神様に体を貸してた人間です。どうも」
あ、あぁ。そういや人間の体を借りているとか、宿主の影響とか、言っていたような。
「そうそう。おれがあの神様に体貸してあげてたんだー」
「なんでまたそんな流れに?」
「俺、春にこっちに引っ越してきたのね。それまではずっと外国で暮らしててさ。でも両親が日本の高校行かせたいからって、なんか俺だけじいちゃん家に放り出してったんだよね。ありえないでしょ!初めての日本暮らしだよ!!そりゃ日本人学校通ってたし、言葉は大丈夫だけど、文化とか習慣とか、もう不安なことだらけな訳!じいちゃんともほぼ初対面だしさー。一緒に暮らせって、俺の両親、頭おかしよね!?だからやだなー、逃げたいなーってこの山でたぞがれてた時に、あの神様と出会ったんだ」
よくしゃべること、よくしゃべること。顔が同じ分、なんだか頭が混乱してしまって、何言ってるのか理解が追い付かない。
「体貸してって言われてさ、ラッキーって思ったよね。嫌な人間関係からも勉強からも逃げられるし、しかも神様に体貸すなんてなかなかない体験じゃん。実際この何か月間かすごく楽しかったよ。君たちオモシロいねー、その刀、日本の法律的には持っててもいいの?でもサムライっぽいよねーかっこいいなーそれ」
「あなたは全部見てたの?」
「うん見てたよー聞いてたし。でも、何分日本語にも慣れてなかったからさ、理解は間違ってるかも。よくわからない専門用語とかもおかったしね。実際、神様とさ、内側で話せたんだけど、話全然かみ合わなかったもんねー」
「こいつ、ただの人間にしちゃ、不思議な気配だな」
「あ、じゃぁ、人間じゃないとか!?」
よく知った阿久津君の顔で喋りまくる彼が、私にはどうも不思議生物に見えて仕方がない。でもチャコは顔を横に振った。
「いや、多分、ごくまれにいる、“視れる”人間なんだろう。神を降ろせる人間なんて、そうそういないがな。それこそ、初代葬者のミヨコがはじめ、そういう類の人間だったぐらいか」
かぁかぁとどこかでカラスが泣いている。西の空は真っ赤に染まってるけど東を向けばもう紺碧の空に、明星の星が輝いていた。いつの間にか夜がすぐそこに迫っているらしい。
「俺、実質明日から初登校じゃんかー、神様はお坊ちゃまみたいな変なキャラ作ってたし、俺学校行くのホント嫌!ねぇ、古河さんに結城くん、だっけ?学校でも仲良くしてね。あ、俺のことはシュウでいいよ!」
阿久津君…いや、紛らわしいから彼の言う通り、シュウとよぶことにしよう――シュウは、彼の勢いに押され茫然としている結城くんの手を掴んで勢いよくシェイクハンドした。
「…帰ろうか」
「はいはーい!おれ知ってるよ、“帰るまでが遠足です”ってね!これ、日本のコトワザでしょう?」
なぜかどっと疲れが襲ってきて、私は大きく伸びをした。
シュウとは初対面のはずだったけど、彼のキャラクターのせいか、それとも一応神様越しには私たちとかかわってきたからか、不思議と気楽に接することができた。なんだか仲良くなれそうな気がする。
にぎやかな新参者は、帰りの道中もずっとしゃべり続けた。




