立冬
「もー計画がだいなしたよ!その刀、ミヨコ殿のいた時代にはなかったんだけど、なんなの?!ホント迷惑!」
駄々をこねる子供のように叫んで、阿久津が結城くんの持っている刀を指差した。結城くんは阿久津に向き直ると露を払うように鋭く刀を一振りした。
「…さあ。俺にもわからねぇ」
私にもわからない。多分、この場で真相を知っているのはチャコだけだろう。
そのチャコは、矢傷を受けてかずいぶん小さくなって、しかし辛うじて獅子の姿を保ったままこちらを静かに見ていた。
「それ、君の家の今に飾ってあったものと同じ嫌な感じがする。だから今日、君の家に行って壊してこようと思ったのに…あーあ、悪い予感って当たるよね」
阿久津が、やれやれと首を降った。チャコを矢で打っていたときのような剣呑さがまるでなかった。むしろいたずらが失敗した子供のような、最後の試合で負けた中学三年生のような、哀しみと諦めがその顔には浮かんでいた。
「阿久津…くん。どうしてこんなことしたの?」
「'僕'は阿久津じゃない。それに理由についてはさっきも言ったはずだよ。僕はミヨコ殿の願いを叶えたいんだ」
まぁ、それももう、無理そうだけど。
ポツリと言って、阿久津は頭をかいた。
チャコが私の足元に寄ってきて、守るように前に立ちはだかった。
「おめぇさんよ、これからどうすんだ?」
「さあ、どうしようね」
あくまで冷静な声音だった。
「もう、全然うまくいかないよ。全部、終わりにしちゃいたいなぁ」
呟いたその言葉は風にかき消されて、ほとんど聞こえなかった。
空を厚く覆っていた雲が途切れ、隙間隙間から、真昼の陽光が漏れていた。身を切るような冷たい風は、いまだに強い。
「あなた、もうこんなことはやめよう?」
「でも僕は、ミヨコ殿の願いによって生かされた神だから。その願いを叶えるためだけに、僕は存在するんだ」
「ミヨコ…さんなら、もうずっと前に亡くなっているはずだよ。あなたはもう自由なはず」
「ちがうんだ。ミヨコ殿はその願いとともに、彼女の神力のほとんどを僕に託した。その神力によって僕は生かされている。だから、彼女が死んでいようがいまいが僕の神格には何の影響もない。僕は屍神にはならないんだよ、彼女の力と願いが僕の存在理由となって我の世に僕をつなぎとめるから。まぁ、時間経過によってわずかずつにだけど彼女の神力は僕の身の内から消えて行っているみたいだけど。」
「ミヨコの神力…?」
チャコがはっとしたように耳を立てた。
「ちかこ、夏の塾でのこと、覚えているか?」
「へ?あの餅みたいな小さな神さまのこと?」
「あぁ。あの神は、ちかこの神力を得て、ちかこの願いを叶えようと肥大化していたな。…多分、あいつも根本は同じことなんだ」
「はぁ」
「あの時、お前の短刀であの神をつついて事なきを得ただろう?お前の短刀には、屍神を葬る力と、自分自身の神力を取り返す力、の2つの力があるんだ」
「そうだったんだ」
「普通の神なら葬送はできないけど、あいつにかぎっては、葬送できるんだよ。あいつを神たらしめているのは、ミヨコからもらった神力のせいだというからな」
「つまり?」
「つまり、あいつを斬れ!」
「僕を斬るの?古河さん」
名のしれない神が、寂しそうに口の端をゆがめて言った。
斬るのだろうか。私は。屍神でもなく、まだちゃんと『生きている』この神を。
「どうしてあなたは自分の手で私を殺そうとはしないの?チャコには攻撃してたじゃない」
「僕は神だ。曲がりなりにも神が人間を殺すなんてあってはならないし、できないんだよ。狛犬ならいくら傷つけてもいいんだけど」
「そう」
「古河。こいつはお前を殺すことを諦められない。ここで断ち切らねえと」
結城くんが私の横に立ってさっき出現させた日本刀を構えた。
「まって」
私は右足を引きずりながら阿久津の前に進み出て、右手をつきだした
。
「懐中時計、持ってるでしょ?あれで、あなたがミヨコさんに頼まれた日のことをもう一度、見れないかな?」
「…!」
「ミヨコさんの願いは私を殺すことじゃない。ミヨコさんの本当の願いを確かめよう」
阿久津くんが呆気にとられたようにぱちぱちと目をしばたたかせた。
「君が力を貸せば、できると思う…実際に時を戻すのは無理でも、過去の時間を再上映するだけなら、多分」
「ちかこ?」
チャコが不安げな声で私を呼んだ。結城くんが阿久津くんを警戒して構えている気配が背中越しに伝わってきた。
「結城くんも、チャコも、一緒に見よう」
阿久津君の手から渡された懐中時計を両手で包み込んで、祈るように胸の前で手を組んだ。
黄金色にかがやいて、私の背後に巨大な時計盤が浮かび上がった。
――二人の出会った時間に。かの神の運命を決めたその時に。
心の中でそう願うと、カチッと大きな音がして、懐中時計の秒針が左に1つ動いた。一度動き始めたそれは、堰を切ったようにスピードを増して、回り続けた。
周囲の景色が、空中に浮かぶ懐中時計の発する鈍い黄金色の光によって、セピア色に染められた。木々は目にも止まらぬ速さて植生を変え、目の前にあった朽ち果てる寸前の社はみるみるうちに新しくなり、そして消えた。
この場所は、元々人の入り込まない深い山の奥だったようだ。
懐中時計の針が次第に遅くなり、そして最後にまたカチッという音を立てて、止まった。辺りを満たしていたセピア色の光も、同時にかききえる。
春らしい柔らかな光が、背の高い木々の間から差し込んだ。




