理由とキスと疑惑
「葵×聡太」の5話目です。
ではどうぞ。
予鈴に逢瀬を邪魔されて、葵姉と別れ自分の教室に向かっていると、廊下で交わされる会話が耳に飛び込んできた。
「安田と石川が教室でキスしてたらしいぞ。」
「マジか? んな目立つとこでよくやるな、つーか、あの二人なら気にしないか?」
無責任な伝聞の情報を笑う奴らを通り過ぎて教室に入ると、噂の二人を遠巻きにしながらも、とても気にしているクラスメート達。
そして、一向にそれを気にした風も無い当の二人がいた。
この教室内の雰囲気は、伝聞の情報の信憑性をかなり高めていた。
・・・まったく、どんな頑強な神経をしているんだか。僕は時々この二人が分からない。
何で人前でキス?
何でこの中で平然としていられるんだ?
でも、その二人に真偽を確認しようとしている僕も、実は結構な神経の持ち主なのかもしれない。
そんな自嘲の笑みを浮かべたまま僕は、朋ちゃんの席で話し込んでいる二人に近付いて声をかけた。
午前中の喧嘩の事は、もう今はどうでもいい。
「航、朋ちゃん、」
・・・が、話はそこまでしかできなかった。
「あ、聡太くんお帰り。」
「聡太っ、俺が悪かった!!」
・・・何が?
勢いよく縋りついてくる航に、僕は一歩退いた。
「俺自分の事ばっかでお前に嫉妬してた!」
「一体何の話だ?」
一方的に話す航は、確かに自分の事ばかりだが・・・嫉妬って何だ?
「俺、お前がねーちゃんとキスしてる写真見て、先越されて焦ってたんだ!」
「なっ、何大声で言ってんだお前!?」
朋ちゃんは、やっぱり今も笑っている。
「だから、謝ってんだ。」
必死で真っ直ぐな航の気持ちは分かる、だけど・・・
「そうじゃなくてだな、頼むから僕まで巻き込むな・・・」
まったく悪意の無い、ましてや謝罪の言葉を口にする航を、怒る気にもなれず・・・僕は抜けていく力に逆らわず、その場にしゃがみ込んで頭を抱えた。
航の機嫌が悪かった理由は、そんな事だったのか?
僕はただ、完全に八つ当たりされてただけじゃないか。
色々考えて、気を回して・・・それがものすごく損をしたような気分で・・・
何も分かってない航の、的外れに心配してくれる声と、朋ちゃんの笑い声だけが聞こえる。
しかし朋ちゃんは、いつも笑い過ぎだ。
・・・これ、そんなに面白いか?
僕は恥ずかしくて堪らないんだけどな・・・。
遠巻きにしている連中は、だまってこの成り行きを見守っているはずだ。
後でこの事を言いふらせるように、見逃さないように・・・
もちろんこの後、二人に向けられていた視線は僕にも向けられるだろう。
・・・お願い、僕は二人みたいな毛の生えた心臓なんか持ってない。ナイロンザイルのような神経はしてない。
・・・世の中には羞恥心ってものがある事を、二人には是非とも理解して欲しい。
予鈴を聞いて屋上から教室に戻り、何かの紙とにらめっこをしている美晴に話しかけた。例の話をするためだ。
お昼を聡太と一緒に過ごし、やっぱり一緒にいられる時間は多い方がいいなって、実感したから・・・膳は急げよね。
「ねぇ美晴? ちょっと話があるんだけど・・・いいかな?」
「なに?」
そう返事をしたけど、目は紙に向けられたままで、ちゃんと聞いてるのかどうかよく分からない。
それでも、まぁいいかと私は話を続けた。
美晴はこういう事が時々ある。何かに集中してると、どっぷりはまり込んでしまう。
「美晴ごめん、明日から聡太と一緒に学校行くね。」
「あ、そう。いいんじゃない?」
その返事はあっさりし過ぎで、私の方が困惑させられた。
あれ、そんなもの?
その時、ちょうど先生が教室に入って来たので、気になる事はありつつも、そのまま自分の席に戻った。
実は聞いていないって事もあるかもしれないけど・・・でもそれはそれで、美晴のせいよね?
夕方、家に帰ってリビングに顔を出すと、定位置のソファに妹がいた。
「あ、お兄ちゃんお帰り。」
今は携帯ではなくテレビに向かい、録画しておいた番組を見てるらしい。
「ただいま。」
「・・・ってあれ? 最近機嫌よかったのに、今日は暗いじゃん、どしたの? いきなり葵さんと喧嘩でもした?」
僕は葵姉との事を、妹には告げていない。
だがしかし、今の言葉はその事を知らなければ出てこない。
・・・つまり理佐は、僕と葵姉が付き合っている事を知っている。
そうか、最近理佐の態度が軟化してたのは、葵姉との事を知ってたからか。
美晴さんと親密に繋がっている妹だ。
今日あの写真を渡された事で、初めて納得が行った。
・・・って事は、あの写真も見てるんだろうか?
新たな悩みの種に囚われそうになるが、ここは知らぬ振りを決め込む方がいいだろう。
「違う。その弟にムカついてるだけだ。」
「ふーん、ならいいや。」
あっさり流され・・・いや、流してくれる方がありがたいんだが。
再びテレビに意識を集中させている妹は、やっぱり機嫌が良い。
今見ているテレビの影響というのではなく・・・最近は、僕に接する時の態度が明らかに変わった。
今朝、美晴さんに言われた台詞。
『やるじゃん、見直したよ。』
もし、そういう事なのならば、やっぱり妹はその事実を知っているという訳で。
・・・僕はいつまで耐えられるだろう?
一人気まずいものを抱えて、足音を立てないように静かに後退りリビングから出た。
そして、そのまま自分の部屋に向かう。
・・・これは敵前逃亡ではない、戦略的撤退だ。
そう、内心で自分自身に言い訳をしながら。
どこかで読んだ台詞の引用なのだが、今の僕の心境にピッタリだと思った。