歪みとオアシス
「葵×聡太」の4話目です。
ではどうぞ。
「航・・・あのさ、葵姉の進路聞いてる?」
教室移動の合間に、航にそう声をかけた。
小学校から中学校へは、焦らなくても所詮は義務教育だ。
私立を選ばない限り、進む場所は同じだ。
中学校から高等学校へは、もし離れても可能な限り同じ場所を選ぼうと思っていた。
そして、実際には近くを選んでくれて、当然後を追いかけた。
だが次はどうだろう?
大学は遠ければ本当に遠い。学ぶものも学校によって違う。
だから予め聞いておけるものなら聞いておきたい。
そう思い、探りを入れるために手近にいる弟に聞いてみたのだが・・・。
「・・・本人に聞けば?」
航の言葉には棘がある。
結局今朝は、葵姉がまだ美晴さんに話せていないと言うので、いつも通り航と来た。
葵姉も同じ写真を渡されて、そのせいで言いそびれたらしい。
・・・それはそれで仕方ないと思う。あの写真にはそれだけの理由がある。
今朝の登校時は普通だった。
いや、正しくは僕に気を使わせないように、頑張っていたのかもしれない。
僕と葵姉が付き合う事になったと、週明け早々に告げた時、既に航は知っていた。
葵姉が、あの日帰ってから宣言したらしい。
だから、いまいち挙動不審ながらも歓迎してくれた。
複雑な心境だろうが、朋ちゃんのフォローもあり・・・いやあれはトドメかな、
「シスコンはみっともないよ? それとも私よりお姉さんがいい? うちのバカ兄貴みたいになる?」
って。その言葉に航は、
「それは嫌だ・・・俺、朋花が良い。」
と、顔を引き攣らせていた。
だけど、美晴さんに渡された写真を目にして、そこからまたおかしくなった。
朋ちゃんはそんな航を大笑いして、何事か囁いていたが。
どこかギクシャクした状況は変わっていない。
「お前等仲良いんだろう? 昼でも帰りでも、ねーちゃん捕まえて聞いてみればいいじゃねーか。・・・でも、そのまま家に上がり込んでいちゃつくなよ?」
不自然に距離を取って少し前を歩く航は、そう言いながらどこか暗い目を向けてくる。
幼稚園からの長い付き合いだが、こんな態度をとられたのは初めてだ。
気に入らない事があればいつもストレートに言ってくる。
それが航の長所であり、どうしようもない短所だ。
なのに・・・どこか裏切られた気がした。
だから、僕もついムッとしてしまい、売り言葉に買い言葉・・・
「誰がお前の家でいちゃつくか・・・今日は弟殿の言う通り、昼にでも葵姉を誘うよ。」
そして航を抜いて、早足のまま理科室に向かった。
「まだ全然なのよね・・・。資料見て考えろって先生にも言われたんだけど、何を見たらいいのかも分からないのよね・・・。」
葵姉はそう言って、弱々しい笑みをきれいな顔に貼り付かせた。
宣言通り昼休みに葵姉を誘い、屋上の定位置で並んで昼食を食べている。
葵姉は弁当で、僕は購買で買ってきたパンだ。
「何もって、理系文系も?」
「それはさすがに文系かな? 昨日ね、とりあえず出してみたファイルが、かなり遠くの学校でね・・・そっか、そういう事もあるんだなって、改めて思い知らされちゃった。」
「そうだね。僕も・・・ずっと前からそんな心配ばっかしてたよ。」
もう何年も前から抱いている不安を、今初めて吐露した。
葵姉も同じ不安を抱えていると知り、少し嬉しかった。
そして、一緒にいたいと思っていてくれる事が、とても嬉しい。
けれど、それが足を引っ張る事になるのは、正直辛い。
「・・・ごめんね。」
「何が?」
少し強い風に舞い上がる髪を押さえて、葵姉は不思議そうな顔をした。
「葵姉には、きちんと自分の道を進んで欲しい。だから、僕の事を考える必要は無いよ。」
かなり無理をして笑った。
「絶対追いつくから。例えどこに行っても葵姉は僕のものだ。距離は関係ない。」
内心で反発する部分を押さえ込んで、そう言った。
そう思い込みたかった。
本当は、僕だって離れたくなんかない。
葵姉の頬は赤くなって、少し俯き。
「・・・聡太の気持ちは嬉しいけど、でも、私が嫌。」
否定された!?
「だって、私は離れたくないもの。絶対近くの大学行ってやるんだから!!」
「・・・そう。」
どこをそんなにキッパリ否定されたのかと、かなり動揺した。
けど、ホッとした。
そうはっきりと決めたのなら、それも葵姉の道だろう。
・・・この調子ならきっと大丈夫だ。
パンと一緒に買ったストレートの紅茶を一口含み、それでも僅かに残る不安を一緒に飲み飲み下した。
そして、もう一口流し込もうとした所で不意に問われた。
「ねえ、聡太は将来なりたいものってあるの?」
そのまま一口飲み込んで、頭の中から将来に関する事を探ってみた。
「今は僕も、ハッキリした職業のビジョンは無いんだけどさ、」
そう、職業に関するものは無かった。でも、それ以外ならある。
「でも、一つだけなりたいものはあるよ?」
「何?」
「・・・笑わないでよ?」
「笑うようなものなの?」
「そんな事ないけど・・・僕は・・・ね、葵姉の夫になりたい。」
そう言った瞬間、葵姉の目は点になり、黙り込んだ。
そして、その沈黙をクスクスと笑う声で崩した。
「・・・だから笑わないでって言ったのに、でも小学生の頃からそう思ってた事だからさ。」
小学生だからこそ、単純に、素直にそう考えてたのだろう。
「違うの。私はいくら考えても、なりたいものが見つからないのに、聡太はなりたいものあるって自信満々に言うから、少し悔しかったのよ、なのに・・・いきなりプロポーズされちゃったから、ビックリしちゃって・・・。」
・・・あ、そうなる・・・のか。
葵姉は手にしていた弁当箱を包んでいた巾着袋の上に置き、体ごと僕の方を向いて、それはそれはきれいに微笑んだ。
「私も・・・聡太のお嫁さんになりたい。それは・・・それだけはちゃんと見える。」
自覚の無かったプロポーズの返事は、あまりにも嬉しいOKで、僕は少し申し訳ない気がした。
だから僕は葵姉の膝に置かれていた手を取り、そのやわらかい手を僕の手の中にその手を閉じ込めて、改めて誓いの言葉を口にした。
もちろん葵姉と、そして自分自身への誓いを。
「うん。ちゃんと申し込めるのはいつになるか分かんないけど、葵姉を幸せにできるように、僕頑張るから。」
「・・・私も、聡太を幸せにできるように頑張る。」
頬を染めてそう言ってくれた葵姉に、
「約束だよ?」
と、そう囁いて唇を合わせた。




