姉と親友
ここから「朋花×航」のお話です。
前回、朋花が頑張ったので、今回は航に頑張ってもらいます。
ではどうぞ。
「私、今日から聡太と付き合う事になりました。」
外が暗くなってきた頃に帰ってきたねーちゃんは、そう唐突に宣言した。
あれは、5月半ばの土曜日だった。
少しソワソワしてて、でも堂々として、そして、かなり嬉しそうで、あれは相当舞い上がってたよな。
「・・・そう、良かったわね。」
夕飯のおかずの筍の天ぷらを、皿に盛り付けていた手を止めて、呆気にとられながらもそう言った母ちゃん。
あまりのショックに口をパクパクさせるものの、言葉の出て来ない父ちゃんと・・・リアクションはそれぞれだ。
そして俺は『やっとかよ』そう思うと同時に、『とうとうこの日が来た』と・・・そう思った。
多少複雑なものはあるものの、姉と親友・・・このごく身近な二人の事を、
きっと誰よりも、そして影ながら応援してきた身だ。
もちろん歓迎するしかないだろう?
だが、この時の俺は何も言えなかった。
ねーちゃんが、母ちゃんと詳しい話を始めたり、父ちゃんが色々あって、タイミングを逃したって事もあるけど・・・そうじゃなければ、ちゃんと言えたか? って聞かれると実は自信が無かったりする。
でもこれだけは、はっきり言える。
これで不機嫌なねーちゃんの八つ当たりから解放される。
それは嬉しい!
週明けの月曜日。
いつもの朝のように家を出ると、
「おはよう。」
って聡太が声をかけてきた。
今日はいつもと違って『遅い』じゃなかった。
一瞬驚いて、返事を返すのを忘れて聡太をまじまじとてしまったが、
目を伏せて咳払いをし、少し改まる姿を見て、やっとピンと来た。
報告ってやつか? そう確信して、俺は聡太の言葉を待った。
「あのさ、航・・・僕と葵姉・・・付き合う事になったから。」
ビンゴだ。
「土曜からだろ?」
間髪入れずにそう言ってやると、聡太は唖然としていた。
そりゃそうだろうな。
聡太の事だから、どう話そうか、どう切り出そうかって、きっと色々考えたはずだ。
「知ってるのか?」
さっきまでのテンパってた部分はどこかにいって、素・・・を通り越して、かなり間抜けな顔してた。
朝からいいもん見れたなって、内心でほくそ笑む。
が、内心だけでは無かったらしく・・・少し聡太の目が怖い。
「あー、夕方帰ってきたねーちゃんが、家族の前でいきなり宣言したんだ。」
「はっ?」
「宣言。今日から聡太と付き合う事になりました。って、父ちゃん声が出ないくらい動揺してて、哀れだったぞ。」
「・・・そう。」
聡太はかなり居心地悪そうにして、少し引いてるよな?
俺もあの姿には引いた。娘を溺愛って印象は無かったんだがなー、正直以外だった。
「あぁ、おまけに後で泣きつかれた。いや、泣いてねーけど、今のお前はどんなヤツだって、しつこく聞かれた。」
「で? 何て答えたんだ?」
「何も。」
「何もって・・・答えてないのか?」
「あぁ、あんまりしつこいんで、途中から母ちゃんに怒られてた。んで、聡太は好青年だから心配無いってさ。お前、うちの母ちゃんの信頼厚いもんなー。」
聡太は、うちの母ちゃんに、相当気に入られている。
小さい頃から可愛いって言われてるし、きちんとした性格で、成績も良くて、何より毎朝俺を迎えに来るその根性が買われている。
いつも俺が遅く出て、いくら遅れそうになろうとも、変わらず翌日には同じ時間にチャイムを鳴らす。
聡太のその行動は、俺からしたら、ねーちゃん目当てだって分かってるけど、母ちゃんから見たら『友達思いの良い子』だったらしい。
「そっか。」
少し安堵した様子で苦笑いする聡太に、俺は一言だけ言ってやった。
「遅せえよ。」
毎朝のように言われてきた、この言葉。
これ一度、聡太に言ってみたかったんだ。
聡太は一瞬妙な顔をしたが、意味が分かると、気まずそうに目を逸らせやがった。
教室に入って、女子の友達と一緒にいた朋花の所に真っ直ぐ向かった。
「朋花、朋花、ちょい話あんだけど。」
「あ、航おはよう。何、話って?」
「ちょい、こっちこっち、」
さすがに関係ない他の女子の前だと、聡太が怒るだろう。
俺としてはその方がいいと思うんだが、テレ屋だからな・・・。
だから、少し強引にながらも、朋花を聡太の席のとこまで引っ張って連れてきた。
「聡太がとうとう、うちのねーちゃんとくっついた。」
後ろから聡太の両肩に手を置いて、そう告げた。
朋花だってずっと気にしてたんだ、当然報告の義務はあるだろう?
「・・・何、この紹介?」
聡太は首を捻って半眼で俺を見上げてくる。
・・・気にすんな、めでたい事じゃないか。
「あ、本当? それはおめでとう。」
ほら朋花も祝福してる。多少近くのやつらの視線も感じるが、それは些細な事だ。
きっとお前にゃプラスになる。
ここから噂が広がれば、諦めるやつも出て、その分身軽になれるだろう?
「・・・そっか、じゃ本当に未来の義兄上に近付いたね。」
そう言った朋花にニヤリとに笑いかけられ、俺は再び複雑な気分に囚われてしまったらしい。
俺は、どんな顔してたんだろう?
ちなみに聡太は、赤い顔して俯いていた。
「シスコンはみっともないよ。それとも私よりお姉さんがいい?」
そう朋花が言ってきて、驚いた。
「航も、うちのバカ兄貴みたいになる? 堂々とシスコンやる?」
「・・・それは勘弁してくれ。」
俺、今あの人を思い出させるような顔してたのか?
・・・あれはきつい。
もしああなったら、人としての何かが終わるような気がする。
「それは嫌だ・・・俺、朋花が良い。いや、俺は別にそんなんじゃねーよ。」
・・・たぶん、まだもう少し覚悟が足りないだけだ。
実はこの話が、時系列的に一番最初です。