60話--決着--
「さぁ! ついに、ついにやってまいりました! 誰しもが望んだ対戦カード!! 『開拓者』リーダー対『銀の聖女』リーダーの戦いです!」
どよめきが、波みたいに客席を駆け抜けていく。
その中を割って、『開拓者』のリーダーがフィールドへ上がってきた。
表情には、怒りと焦りがぐちゃぐちゃに混ざり合ったような影が差している。
自信家特有の余裕は既にどこにもなく、ぎり、と歯ぎしりする音がここまで聞こえてきそうだった。
「実力を……隠していたな? 俺たちが荒唐無稽な道化になるように仕向けたな!?」
「何を言ってるのか分からないんだけどさ、因果応報って言葉、知ってる?」
売り言葉に買い言葉。
わざわざ煽るつもりなんてなかったけれど、彼の物言いに釣られて、私の声も自然と鋭くなる。
これ以上言葉を重ねる必要はない。
木剣を軽く構え、顎で「来い」と合図して、仕掛けてくるよう挑発した。
「てめぇ!!」
「あっ、試合開始です!!」
開始のアナウンスが流れる“前”に飛び出してきたので、司会者が慌てて開始の合図を上書きするように叫んだ。
『開拓者』のリーダーが握っているのは槍――いや、刃の形状やバランスからして、どちらかといえばハルバードに近い。
大きく横薙ぎに振るわれた刃を、私は木剣で受け流し、その勢いのまま足払いを掛ける。
「ぐっ……!」
彼は踏ん張り切れず、尻餅をつくように派手に後ろへひっくり返った。
「ほら、怒りで我を忘れて基本が疎かになってる。ダンジョンじゃ死んでるよ?」
追撃はせず、あくまで“指導”するみたいに諭す。
今の彼の耳には届かないだろう。それでもいい。プライドも何もかも、今日この場で粉々に折るつもりでいるから。
荒く息を吐きながら立ち上がった彼は、小刻みな突きを連続で繰り出してきた。
速い。
――一般的なハンター目線で見れば、の話だ。
カレンの速度に慣れてしまった今の私からすれば、止まって見えるとまでは言わないけれど、十分“間”のある速度だ。
突きの軌道を全部手で弾いて捌き、溜めを込めた強い突きだけを木剣で上へ弾き上げ、その懐へ滑り込む。
遠慮なく、頬へと平手打ちを叩き込んだ。
パァンッ、と破裂音のような乾いた音が、ドームの空気を裂く。
そのまま腹部めがけて蹴りを入れた。ダメージよりも“飛ばす”ことを優先した、威力を殺した蹴りだ。
「そもそも、槍はリーチがあるんだから牽制しながら戦うべきだよ」
「うるせぇ!! 俺がっ……俺の方が強いに決まってるんだ!!!」
白く磨かれた上等な金属鎧。
ダンジョン産の高級そうな武器。
寄ってくるだけのメンバー。
そういったもの全てを、自分の「実力」だと思い込んできたのだろう。
彼は懐から小さな何かを取り出し、そのまま躊躇なく飲み込んだ。
途端に、全身から噴き上がる魔力の質が変わる。さっきまでのものより、ずっと“人工的な”自信を纏った魔力に。
「『覚醒の薬丸』。ダンジョンから出てきたアイテムを使ったね?」
「だから何だってんだ! ルールには違反してねぇだろ!?」
確かに、ルールブックには「回復系アイテムの使用禁止」とは書いてあるが、ドーピング系のアイテムまでは禁止されていなかった。
――そこまで想定が及ばなかった、日本人らしい“フェアプレー精神の罠”だろう。
覚醒の薬丸の効果は、攻撃・防御・素早さ。
全てを一時的に二倍に引き上げる。持続時間は三分。
副作用こそないが、強烈な“快感”と中毒性があり、一度使うと覚醒状態の感覚が忘れられず、薬丸を求め続ける者が続出する。
回帰前の世界では、使用禁止アイテムとして有名な代物だ。
薬が効き始めたのか、動きも技のキレも目に見えて鋭くなった。
ああ、これでようやく腑に落ちた。
「この感じ、普段から使ってるね?」
「黙れッ!! お前に言われる筋合いはねぇ!!」
先ほどまでとは比べ物にならない速度で突きを連打してくる。
速い――七海の矢と同じくらいだろうか。
十分脅威のはずなのに、避けるのに苦労はなかった。
ひらりと身を捻って躱すと、彼は喉が裂けそうな声で怒鳴った。
「気に入らねぇんだ! 聖女だかなんだか知らねぇが余裕ぶっこきやがってよォ!! 俺は強いんだ、本気で戦いやがれッッッ!!」
「……そっか」
胸の奥で、何かが「ぷつん」と切れる音がした気がした。
「じゃあ今から本気の力を込めて斬るから――絶対に当たらないでね」
望まれた通りに、私は全力を出すことにした。
魔脈をフル稼働させ、出力を一気に跳ね上げる。
視界の端が少しだけ暗くなって、世界の輪郭がくっきりと浮かび上がる感覚。
彼へ向けて接近する。
――が、その目には私の動きが、まるで見えていない。
剣を振りかぶって、ほんの数瞬だけ止まった。
「避けて」
忠告のつもりで声をかける。
けれど、彼の身体からは、避けようとする気配が欠片も伝わってこなかった。
(……仕方ないか)
私は軌道を、ほんの少しだけずらす。
標的を彼の身体ではなく、その横の地面へ。
剣を、振り下ろした。
――ドォンッ。
爆発音に似た轟音が、フィールド全体を揺らした。
視界を茶色く染め上げる土煙が、竜巻みたいに天井へ向かって巻き上がる。
土煙が薄れていくにつれて、足元の光景が露わになっていく。
私の立っている場所を中心に、円形に大きく抉れた地面。
直径十メートルほどのクレーター。まるで隕石でも落ちた後のような光景だった。
『開拓者』のリーダーは、衝撃波に吹き飛ばされたのか、少し離れた場所でひっくり返り、白目を剥いて泡を吹いている。
殺気も、魔力も、何もかも隠さずに全力で叩き込んだ。
当たらなかったのは正直、ただの幸運だ。
もし直撃していたら、間違いなく死んでいただろう。
「木剣が折れないように魔力で補強したの……間違いだったなぁ」
クレーターの中心で、小さくぼやく。
木剣が途中で折れてくれていれば、衝撃はどこかで逃げて、ここまでの惨状にはならなかったはずだ。
気を失っている『開拓者』のリーダーの片足を掴んで、ずるずると引きずりながらクレーターの縁まで登る。
この穴の修繕費用は、後で相田さんに謝りつつゴールドで送っておこう。
上まで戻ると、耳を塞ぎたくなるほどの拍手と歓声が一気に押し寄せてきた。
引きずってきた彼を救護班に預けたところで、司会者が息を切らしながら駆け寄ってくる。
「『銀の聖女』さん! 『開拓者』は強かったですか?」
「うん、強かった」
即答する。
「ハンターになってからそこまで時間が経ってないのに、あの水準で戦えるのは努力の賜物だと思う。まだまだ荒い部分があったから、そこを直せればもっと強くなると思う」
「リーダーに試合前とか色々と挑発されてましたが、その辺についてはどう思いましたか?」
「まあ、誰にでも過ちはあるだろうし……」
少し視線を落としてから、続ける。
「これを機に、相手を貶めるような発言が無くなっていくと、パーティーとしてももっと良くなっていくと思う」
全部、本心だ。
私が何を言おうと、変わるかどうかは本人たち次第だけれど。
司会者はさらにマイクを向けてきた。
「戦闘中に指導のようなものをしていましたが、何でですか? 敵を鍛えるって、良いことじゃないと私は思うんですけど」
「敵……?」
小さく首を傾げる。
「敵ってモンスターでしょ??」
会場の空気が、ぴたりと止まった。
「私たちは一丸となって、ダンジョンに居る、出てくるモンスターと戦わないといけないのに、人間同士で敵とか言ってる場合じゃないと思うんだよね」
それは、回帰前からずっと胸の中に澱のように溜まっていた違和感だった。
敵はモンスター。
なのに、人間同士で足を引っ張り合い、罵り合い、縄張り争いをする。
――本当にそんな余裕があるのか、と何度も思った。
私には、今でもよく分からない。
静寂に包まれた会場のどこかから、ぽつん、と拍手が上がった。
一人、また一人と増えていき、やがてそれは大きな波となって、東京ドーム全体を包む拍手の渦へと変わっていく。
これ以上インタビューを続ける空気ではなくなってしまったので、軽く一礼してフィールドを後にした。
ベンチへ戻ると、沙耶と七海が満面の笑みで立ち上がり、両手を突き出してくる。
無言でハイタッチを交わす。
ぱちん、と心地よい音が鳴った。
そのまま、私たちは肩を並べて会場を後にした。




