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59話--戦いと言う名の手ほどき--

 開始の合図が響いた瞬間、タンクの男が肺の奥から絞り出すような雄叫びを上げた。

 鼓膜がびりっと震える。観客席からも「おおっ」とどよめきが上がった。


 そして――鉄塊みたいな重装備のくせに、信じられないほどの勢いで、一直線に私へ突っ込んでくる。


(なるほどね……)


 見れば分かる。

 【盾術】の技能【雄叫ウォークライ】で防御を底上げしつつ、【突撃チャージ】で移動速度と攻撃力を肩代わりさせた、教科書通りのオープニングだ。


 【突撃】は、ただのダッシュ強化じゃない。

 移動中だけ攻撃力が防御力に加算される、タンク職にとっては必須級の技能。

 重い防具をまとって「当たっても死なない」ことに全振りした型だ。


 肉薄してくるタンクの男。

 木剣を握る手に、ほんの少しだけ力を込める。


(技能ナシ、魔脈も加速ナシ……このくらいなら、沙耶でも七海でも小森ちゃんでも普通に避けるし、もらっても立て直せるはず)


 突っ込んでくる男の懐へ、すれ違いざまに踏み込んで――

 私は、可能な限り“普通の速さ”を意識しながら、木剣で二十発ほど、コンパクトな連撃を叩き込んだ。


 ――おかしい。


 手応えはある。

 だけど、反応が、ない。


 避けもしない、ガードもしない。

 まるで、私の攻撃が「見えていない」かのように――。


 タンクの男は、そのまま勢いを殺せず、私とすれ違って数歩。

 がくり、と膝から崩れ、前のめりに顔面から地面へと倒れ込んだ。


「へっ?」


 予想外に打たれ弱くて、間抜けな声が漏れた。

 こっちは技能も使ってないし、魔脈も回してない。

 “あの程度”の速度と威力なら、うちの三人は当たったところで「いっっってー!」って文句言いながら反撃してくるレベルだ。


 私はてっきり、立ち上がって再度突っ込んでくるものだと思っていた。

 ところが、倒れたままピクリとも動かない。


(……何かの作戦? 死んだふりとか、カウンター狙いとか?)


 そう思って、木剣の先で鎧の腹部あたりをつん、と突いてみた。

 ……やっぱり、反応なし。


 ふと顔を上げると、大スクリーンには私の腑抜けた顔がドアップで映し出されていた。

 慌てて表情を引き締めるが、時すでに遅し。

 沙耶と七海は、ベンチで肩を震わせて笑っていた。


「えっと、解説の島田さん。何が起きたか分かりますか?」


『……ごめんなさい、わかりません』


「分かりやすい解説ありがとうございます!! では何が起きたかスーパースローで見てみましょう!!」


 司会者のテンション高めの声とともに、スクリーンにさっきのシーンのスロー再生が流れた。


 かなりフレームを落とした映像のはずなのに、すれ違いざまの私の木剣は、ただ“線”になって残像を引いているだけで、一本一本の軌跡が全く見えない。


「え? これ以上遅くできないんですか? スローですら木剣が移動した軌跡が見えないんですが……島田さん、何か分かりますか?」


『恐ろしく素早く攻撃しているのは分かりますね』


「そうですね、見れば誰でも分かるコメントありがとうございます!」


(解説の人に辛辣すぎじゃないかな……)


 心の中でツッコミを入れていると、スクリーンの端で慌ただしく動く人影が映った。


「あ、今の映像を見て救護班が駆けつけましたね……気絶してるそうです! 1戦目、勝者『銀の聖女』!!」


 場内が一瞬ざわめき、その後、拍手と歓声が爆発した。


 続く二戦目は、後衛の魔法使いの女性。

 再び、開始のアナウンスが響く。


(タンクであの程度なら、かなり、レベル差あるなぁ……)


 このまま“フルパワー”で押し潰してしまうのは簡単だけど、それだとただの処刑だ。

 できれば、この試合を見ているハンターたち全員にとって「何かのヒント」になるような戦い方をしたい。


(そうだね。少し、教えてあげるつもりでやろうか)


 そう考えていると、ふっと周囲の魔力の流れが歪んだ。


 空気の層が、一枚薄く捻じれたみたいな違和感。

 魔法陣の構築が始まっている。


 私は木剣に少量だけ魔力を纏わせて、一歩踏み込み――

 ちゃんと「目で追える」程度の速度で、形成途中の魔法陣を斬り払った。


 ぱりん、とガラスが砕けたみたいな澄んだ音が、会場中に響く。


「ほへっ?」


 女の子は、魔法陣が壊されるとは思っていなかったのか、目を丸くして情けない声をあげていた。

 どこか、ハンターになりたての頃の沙耶を思い出して、少しだけ微笑ましい気持ちになる。


 なら、ここからは――少しだけ“お姉さんムーブ”でいこう。


「構築が遅いっ!!」


「ひゃいっ!?」


「何も考えずに技能を使うんじゃなくて、技能が発動した時の“形”を頭の中でちゃんとイメージして! どういう魔法を出したいのか、具体的に!!」


「えっ、はっ、はい!」


 彼女の周りの魔力が、さっきよりもはっきりした流れを持ち始める。

 魔法陣の展開速度も、ほんの少しずつ早くなっていくのが肌で分かった。


 ハンターになったばかりの頃は、みんなそうだ。

 手探りで、失敗して、怪我をして、それでも試行錯誤を続けていく。

 回帰前の私だって、剣を振っては倒れ、スキルを試しては頭を抱え……そんな日々だった。


 先人がいない苦しみは、よく知っている。


(タンクの子には悪いけど……せっかくの“舞台”だし、少しでも道標を見せておこうか)


「多重詠唱も、もっとできるはずだよ。四重なんかで満足しないで。百も二百も、理屈の上では可能なんだから、上を目指しなさい!」


「はいっ!!」


「近接スキル持ちの“間合い”を覚えること! 剣の届く範囲の中で魔法を使うんじゃなくて、届かない位置に魔法陣を置きなさい!」


「ありがとうございます!!」


 私は、彼女が構築した魔法陣を片っ端から木剣で砕きながら、その都度、気づいたことを口にしていく。


 魔法陣が破壊される度に、彼女の体から魔力が抜けていくのが分かる。【魔法】スキルの魔法陣は、一度壊されると使った分の魔力は戻ってこない。

 額に汗が浮かび、肩で息をし始めている。

 杖を支えに、かろうじて立っている、という感じだ。


 最後の魔法陣を砕き、彼女の目の前まで歩いていって、そっと木剣の切っ先を向ける。


「まだ、続ける?」


「ありがとう、ございました……降参します……」


 蚊の鳴くような声でそう言って、糸が切れた人形のように、私の胸元へと倒れ込んできた。


 私は慌てて抱きとめ、そのまま駆け寄ってきた救護班へと預ける。


 誰もいなくなったフィールドの中央で、小さく息を吐いた。

 そして、『開拓者』のベンチの方へ視線を向ける。


「次は誰?」


 三戦目の出場者なのだろう。

 一人の男が、静かに手を挙げて立ち上がった。腰に帯びているのは――刀。


(刀、か。【剣術】持ちだね)


 スキル的には、剣も刀も同じ【剣術】で括られる。

 私も、昔、一度だけ刀を試したことがあるけど……手に馴染まなくて、すぐにやめてしまった。


「……よろしく頼む」


「同じスキル同士だね、よろしく」


 軽く会釈を交わすと、三回戦目開始のアナウンスが鳴り響いた。


 男は、刀を正面に構えた。

 背筋に一本、まっすぐな線が通っているような、綺麗な構え。


(ああ、剣道上がりかな)


 人間同士、あるいは自分と同じくらいのサイズの人型モンスターと戦うなら、武道はよく通用する。

 ただ――あくまでそれは「想定内の敵」と戦う場合の話だ。


 いざという時は、型を捨てて、泥臭く戦う覚悟が要る。


 彼は、刀を真っ直ぐ振り上げ、そのまま私の頭上目掛けて斬りかかってきた。


 ――がら空きの腹部へ、私は遠慮なく前蹴りを叩き込む。


 重い手応えとともに、男の体がふわりと浮いて、来た方向へそのまま吹っ飛んでいった。


「あまり防具を過信しちゃ駄目だよ。ダンジョンは戦場なんだから、泥臭く戦わないと」


 磨き上げられた武道を馬鹿にするつもりはない。

 ただ、想定している“敵”が変われば、型そのものも変える必要がある。

 回帰前でも、一度武道は低迷したけれど、やがて魔物用に独自進化して盛り返した――それだけのポテンシャルがあるのは知っている。


「……あれ、また加減間違えた?」


 視線の先、逆側の壁に衝突した刀の男が、そのまま動かない。

 救護班が駆け寄り、しばらく様子を見てから、審判へ向けて手でバツ印を作った。


 それを確認した司会者が、三回戦目終了のコールを叫ぶ。


 会場からは、悲鳴とも歓声ともつかない声が上がっていた。


(……やっぱり、力加減って難しいな)


 カレンが魔力も技も「制御しない」のをポリシーにしている理由が、少しだけ分かった気がした。

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