165話--魔法陣--
剣を下ろして息を吐き、静まり返った会場全体へ視線を巡らせる。ふと我に返って辺りを見回した。
皆、固まっており状況を呑み込めていない。あまりの出来事の多さに情報を処理しきれていない感じだ。観客席の人々は口を開けたまま身動き一つせず、リング上のこちらを見つめている。
宙に浮いているルトリエを脇に抱え、リングの近くで呆然としている沙耶とカレンを引きずって通路へ駆け込む。慌てて控室に戻った。
「なんじゃ。礼を言われる覚えはあっても文句を言われる覚えはないぞ」
「いや、本当にありがとう。お礼は必ずするよ。ラストも呼んできてくれてありがとね」
「うむ! 覚悟せよ!」
「ははっ……私にできる範囲の事にしてね……」
何を要求されるか分かったものではないが、ルトリエが居なければ本当に大惨事になっていたので仕方ない。
どんどん未来の私への負債が溜まっていく……。頑張れ、未来の私。抱えていたルトリエを控室の椅子に下ろす。
放心状態の沙耶とカレンが動き出すまで待っていると控室のドアが開いた。
「アリエスとリシルじゃん。入ってきて良かったの?」
「わたしは所長だからねぇ~、それより聞きたいことがあるんだけど」
「魔法陣に関することなら私に聞かれても分からないよ」
「でしょうね。貴女は壊すのが専門ですものね」
アリエスが言った。ドアノブから手を離したアリエスが、部屋の中央に立つ私を見て肩をすくめる。
確かにラストが張った立体魔法陣の結界は破壊した。試練場でアリエスが自宅に展開していた魔法陣も破壊した記憶がある。
……あれ? 本当に壊すことしかしてない気がする。自分が複雑な術式を構築した記憶が一つも出てこない。
「別にそんなことはどうでもいいわ。……【塵骸の女――」
「ルトリエじゃ。仰々しい名で呼ぶのは止めい」
「わ、分かったわ。ルトリエ、貴女が展開したのは多次元魔法陣で合ってるか聞かせてほしい」
「うむ。六次元魔法陣じゃ。悠久を生きるハイエルフなら多次元理論ぐらい把握しておろう?」
「ろっ……?! 魔法陣における三次元の理解ですら完璧じゃないのに……」
何のことかはさっぱり分からない。
次元とか私の頭では理解が及ばないし、理解しようとすると多分間違いなく知恵熱が出るだろう。空間の座標や魔力線の接続といった単語を聞き流し、黙って一歩下がる。
「何じゃ。三次元――立体魔法陣如きで躓いているとは……難しく考える必要なんてなかろう。魔法陣に節を持たせてそこを交点として……」
難しい講義のようにルトリエが語り始めてそれを一言一句逃さないようにメモを取っている。アリエスとリシルが懐から手帳を取り出し、ペンを走らせる音だけが室内に響く。
いつの間にか沙耶とカレンが復活しており、一緒になってルトリエの話を聞いていた。
少しして立体魔法陣について話し終えたのか、話し声がしなくなった。ルトリエが指先から出していた魔力の光を消し、手帳のページを捲る音も止まった。
「――そっか。そういうことか」
沙耶がポツリと呟いた。目を瞑って手のひらを開いて魔法陣を展開し始めた。
一つ。その魔法陣に平面的に重なるように複数の魔法陣が展開されている。
そして、複雑に絡まった魔法陣が折りたたまれて球になった。展開された十数枚の陣が中心に向かって湾曲し、重なり合う。
目を凝らして魔法陣を見ると、球の表面の魔法陣の内側に尋常じゃない数の魔法陣が描かれている。円の中に一定の間隔で線を引いていくと奇麗な円が内側にできあがる図に似ているような気がする。
「できちゃった……」
「ふむ。お主、素質があるのう!」
「リシル。構築仮定メモしたかしら?」
「うん。アリエス、完璧にメモした」
「沙耶、その魔法陣起動してみたらどうかな?」
「……ここでやって大丈夫?」
ルトリエの方を見やる。攻撃系の魔法陣じゃないから起動しても問題は無いと思うけれど……。
「うむ。大丈夫じゃぞ。見る限り【光球】の魔法陣じゃから――」
「えいっ」
ルトリエの話が終わる前に沙耶が魔法陣を起動した。突き出していた右手の指先で、浮かんでいる球体の中央を軽く弾く。
その瞬間、目の前に太陽が現れたかのような錯覚が起きた。反射的に目を瞑って沙耶の目を手で隠す。
瞼越しに目が焼かれているような光が魔法陣から発され続けている。閉じた目の裏側まで真っ白に染まった。
魔力を込めて魔法陣を破壊して魔法を終わらせると光が収束して目が開けられるようになった。
「話を聞けぃ!! 何なのじゃ! お主ら姉妹は!!!」
ルトリエが大きめの声で言った。目を擦りながらこちらを指差して声を荒げる。
沙耶もだいぶ私に似てきているというか何というか……。大体私のせいなので私からは何も言えない。指の隙間からこちらを見上げている沙耶から手を離し、視線を逸らした。
「じゃあ、私たちはやることができたから」
「またね~!」
アリエスとリシルが早歩きで控室から出ていった。メモを取った手帳を胸に抱え、足早にドアを抜けて通路へ消える。
そうして控室には頬を膨らませて不機嫌を表しているルトリエと、話を聞かない姉妹こと私と沙耶。
いつの間にかネックレスに戻っているラストと唐突な光で目を焼かれて丸まったままのカレンだけとなった。部屋の隅では、床にうずくまって両手で顔を覆っているカレンの背中が小さく震えている。
混沌としている中にモニターからアナウンスが流れた。誰も口を開かない静寂を破るように、壁に備え付けられたスピーカーから音声が出る。
『えー、決勝戦に進出している方たちに連絡です。協議事項がありますのでリング横の本部まで来てください』
今度は何があるんだろうか……。スピーカーから流れる事務的な音声を聞きながら、私は小さく息を吐いて重い腰を上げた。




