140話--再会と取立--
風竜を倒し終えた後の階層は私が攻略した時と同じで特に苦戦することもなく、魔力の順応をしてボスを倒すだけの繰り返しだった。
単調と言えば単調だけれど今は皆の動きと魔力の伸びを確認する方が大切だ。そうしているうちに本当に、あっという間に十五層の安全地帯に辿り着いた。
私だけで来た時と同じく広間は人で溢れており、ざわめきと金属のぶつかる音、料理の匂いまで混ざってむせ返るような熱気がある。
前に来た時より増えている可能性すら感じさせた。
七人で現れた私たちを訝しむように広間の人たちが一斉に視線を寄越してくる。
値踏みするような目もあれば純粋な興味だけの視線もある。
私の時もそうだったなぁ……、と思い出に浸っていると後ろでドサッ、と紙袋が落ちるような音がした。
何かを取り落としたみたいな少し間の抜けた音だ。
「お前、アキラか……?」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。
声色から分かるお人好しの声。
振り返る前から誰か分かってしまうぐらいには印象に残っている。
「ジャックじゃん。元気だった?」
私が十五層に初めて来た時と同じように後ろからジャックがやってきた。
信じられない、と言った顔で私を見てから目を擦って幻覚かどうか確かめている。
何度も瞬きをして、それでも消えない私を見て肩の力が抜けたようだった。
近づいてくるジャックに警戒して沙耶が私の前に出た。
さりげなく一歩前に出て、私とジャックの間に体を滑り込ませる。
「沙耶、大丈夫だよ。不審者じゃなくて私がこの階層に初めて来たときにお世話になった人だ」
「顔見せに来たら言いたいことがあったんだ。お前、よくも去り際に爆弾投下してくれたな? あの後アリアに説明するの大変だったんだぞ!?」
「はははっ、隠してたジャックが悪いと思うよ」
軽く笑って答えながらも背中に複数の視線が突き刺さる。
沙耶、七海、小森ちゃんからの誰だか説明しろ、という無言の圧がひしひしと感じられた。
「……ジャック。みんなに自己紹介してくれない?」
「何で俺が……まぁ、そうだな。俺の名前はジャックだ。そこのアキラがいつ来るのか妹のアリアに毎日聞かれてる立場の狭い兄でもある」
「お姉ちゃん? こんな所でもやらかしてるの?」
沙耶が冷たい目で見てきた。
やらかしている……と言われても十五層でのことで思い当たる節がない。
私は普通にしていたはずだ。
「ごめん、本当に心当たりが無いんだけど……」
「お前さんたちは――アキラの身内か。こいつの鈍さと常識の無さをどうにかしてくれ……」
「え、そんな風に思ってたの!?」
私を除く六人が、揃ったように頷いている。
そんなに私って常識が無いのか……?
思わぬところで精神攻撃を食らってしまい気分が沈みかけたが安全地帯でやりたいことを思い出して何とか持ち直す。
「まあ、数日は滞在するから明後日にでもアリアに顔見せに行くよ」
「そういうところだぞ!? よくこの空気感で言えたな!?」
「いいんです、ジャックさん……お姉ちゃんは常に我が道を行く人なので……」
沙耶が他所向けの敬語でジャックに言った。
確かにマイペースと言われることは何度かあったけれど……。
人付き合いは難しいな、と再度認識した瞬間だった。
手を振ってジャックと反対方向へ歩みを進める。
目指すは私の剣を作ってくれた親方の居る鍛冶屋だ。広間の喧騒を背に石畳の通路を抜けていく。
◇
「親方ー。入るよー」
返事を待たずにドアを開けて中に入る。
木の扉の向こうからは鉄と油の匂いが一気に押し寄せてきた。
丁度仕事の無い時間帯だったのか中に居るドワーフたちが一斉にこっちを見た。炉の火だけが赤く揺れている。
「今回は随分と大所帯じゃねぇか! 元気にしてたか!?」
「親方の剣のおかげでね、無事にクリアして帰れたよ」
「やっぱりお前さんが【剣鬼】か。ランキングを見てたからすぐに分かったぜ」
「それで、また装備を作ってほしいんだけど……弓と杖と短剣と……手甲?」
「なるほどな。そっちの嬢ちゃんたちの装備か。いくらお前さんの頼みと言えど身の丈に合ってない装備は作らねぇぞ?」
「大丈夫だよ。一応四人で力を合わせて風竜を倒してきてるからさ。渡す素材は全部私は関与していないものだ」
魔法陣のある部屋に案内されて、その中にあるテーブルに沙耶たちが倒した風竜の素材と魔石を置いた。
鱗が光を受けて淡く輝き、魔石は内側でゆっくりと脈打っている。
「どうするんだ? セット効果付けるのは魔石が必要だが魔石は一つ……。どの装備につける?」
「うーん……風と相性のいい弓が一番いいかな。骨で矢も作ってほしいかな」
「随分と贅沢な使い方しやがる。まあ、金さえ渡してくれれば作るがな、ガハハッ!」
親方と方針を決めて前金を払った後、採寸と武器の形状を皆で親方と話してもらった。
布を巻いて腕や足の長さを測られている沙耶たちを見届けて、リリィとエルアにこの場を任せて私は一人で転移石の方へと歩みを進めた。
「【全知】、階層間の移動ってできるの?」
『可能です。安全地帯間の移動は安全地帯の転移石から選択できます』
よし、ならばやることは一つだ。
転移石に触れて百三十五層を選択する。さあ……取り立ての時間だ。
◇
百三十五層の安全地帯に転移が終わり、空気が切り替わる感覚と同時に一目散に【識者】――アリエスの家へと向かう。
他の家より大きいので非常に分かりやすい。
「邪魔するよー」
バキ、と何かを破壊する音がドアから聞こえた。
鍵と結界の魔法陣が張られていたが……壊したものに関しては後で謝ろう。
今は勢いが大事だ。
「……はぁ!? あんた――何で居るのよ!?」
目の前から大きな声が飛んできた。アリエスだ。
濃紺のローブの裾をはためかせて信じられないものを見たように口を開けている。
取り立てに全然来ないから私が死んだと思っていたのだろうか。
「貸しの取り立てに来たよ」
「あっ、えっと……その……まだ準備が……」
「必ず回収しに来るって言ったよね。まさか来ないものだと思って準備をしていないなんて事……ないよね?」
笑みを作ってアリエスに圧を掛けた。
こういった研究にのめり込むタイプは優しくすると付けあがる。リシルで学んだ。
「っすー……。何っっっっっにも用意してないです!!!」
大きな声の謝罪と共にアリエスが床に土下座した。
ローブごと床に額を押しつける勢いだ。
まあ、去り際でも信じてなかったからそうだろうとは思っていたけれど……。
「ふーん……。どうしようかなぁ……?」
「深層に行く以外だったら何でもしますっ!!! 研究を続けられるのなら――」
「今、何でもするって言ったよね?」
「えっ、あっ、それは言葉の綾と言いますか……その……」
アリエスの言葉が尻すぼみに小さくなっていく。逃げ場を探して視線が泳いでいた。
いい案を思いついた――。
「じゃあ、私の世界に来ない?」
「……どういうこと?」
「言葉の通りだよ。試練場とは別の世界で私はその世界の出身で自由に試練場を出入りできるんだ」
「メリットは……?」
私の言っていることが嘘ではないというのが分かったのか、アリエスは真剣な表情で聞いてきた。
アリエスが地球に来る利点か……。
「魔族の研究者と技術交流ができるよ。確か錬金術師だし」
「他には無いの?」
「私の持つ素材と魔石を自由に使って研究をしていいよ」
「うぐっ……それは魅力的ね。貴女がどんな素材と魔石を持っているか教えてもらっても……?」
「うん。口頭だと面倒だから自分で確認して」
アリエスに魔石袋と素材袋を渡す。
彼女は慣れた動作で魔力を流し込む。
「え゛? 噓でしょ? 古代竜……? キマイラにマンティコア、ツインヘッド種まで……」
袋系は魔力を流せばリストとして頭に浮かんでくる、というのを家に帰ってからルトリエに教えてもらった。
こっちの世界では常識なのだろうか、平然とアリエスもそうしているようだ。
額にじわりと汗を浮かべながら無言でリストを浮かばせているようだ。
「本当に、これを自由に……?」
「いいよ。ただし、私が装備とかアイテムを作ってと言ったら研究を中断して作成を最優先することが条件かな」
「……確か人族の寿命は長くて百年。うん、貴女が生きている間なら構わないわ」
「交渉成立だね」
「じゃあ身支度をしないとダメか。少しだけ外で待っててくれる?」
アリエスに言われて外に出る。
扉の向こうから荷物をまとめる音や、紙をめくる音が聞こえてきた。
しばらくするとアリエスが大きな袋と何かの装置を持って出てきた。
「それは?」
「私が開発した携帯化装置よ。これを四隅に置いて、持ち運びたい物をその内側に入れれば……この通り!」
一瞬の光と共に目の前にあった家が消滅した。いや、消滅というより魔石に圧縮されていた。
装置の置かれた中心点には魔石が落ちており、その中にさっきまであった家が刻まれているようになっている。
小さな結晶の中に精巧な模型が閉じ込められている感じだ。
「あとはこれを私の作った重量軽減のついた袋に入れればいいんだけど……」
「普通に手に取って入れればいいじゃん」
「やっぱり貴女は馬鹿ね。この装置は携帯化するだけで質量は保存されるのよ? 一軒家の重さを圧縮したんだから持ち上げるなんて――」
「はい。袋出して」
「ほんと規格外ね……」
アリエスが理屈を捏ねていたが結局は力が正義だ。
私の装備している黒タイツの方がよほど重い。差し出された袋の中に魔石を入れて、ついでにアリエスを小脇に抱える。
小さめの身長なので非常に持ち安い。
「何で人を拐すのをこんなに手慣れてるのよ!? 貴女、まさか……」
「はーい、転移するからねー」
何か言っているアリエスを無視して広間の転移石で十五層に戻る。
この世界の住人を連れていくことができるのか不安だったが、転移が終わって抱えているアリエスを見て安心した。




