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126話--到達点--

 百三十五層を出立した私は、ひたすらに深層へと進んだ。

 一つ一つの階層で立ち止まることもなく、出会ったモンスターはすべて淡々と屠っていく。攻撃パターンを読むまでもない相手ばかりで、剣を抜くより先に、身体が勝手に最適解を導いてくれる感覚だった。


 そうして、苦戦という苦戦もないまま――この試練場に居る者たちが踏破した最終階層である百六十五層へと辿り着いた。


 視界が切り替わり、広場の真ん中に転移される。

 百七十層に何が居るか分からないから準備だけは万全にしたい。ここを越えれば、誰も知らない領域だ。


 ……そう思った矢先、背中に視線が刺さった。


 私が広場に現れてからというもの、周囲からの視線が異様に刺さる。

 戦場で向けられる殺意や敵意とは違う、ねっとりと絡みつく種類の視線。好奇心、期待、侮蔑、嫉妬――色々な感情がごちゃ混ぜになって皮膚の上を這い回っている。


 正直に言って居心地は最悪だ。

 見世物になりに来たわけじゃない。さっさと準備を済ませて安全地帯を離れよう。


 武器防具に関しては表面の血汚れこそ落ちているが刃こぼれも歪みもない。

 闇の力を纏わせるようになってから本当に壊れにくくなった。鍛冶屋に預ける必要はなさそうだ。


 問題は別のところ――調味料が底を尽きてしまったので持てるだけ買いこもう。

 まともな味の飯は心を戦場から引き戻すための数少ない手段。ここから先を走り抜けるならば尚更だ。


 他の安全地帯と建物の作りは同じなので広場を離れて調味料の売っている場所へと向かう。

 石畳の通りを歩きながら行き交う人影をざっと見渡す。


 人の往来はまばらで明らかに他の安全地帯と比べて人の絶対数が少ない印象を覚える。

 それぞれが自分の身だけを守るように固まった小集団で動いていて、知らない顔に声をかける者はいない。

 ここより先に行くことを諦めているようなそんな感じだ。


 店に着くと棚に陳列されている品物の中で、ひと際目につくものが飛び込んできた。


「調味料、袋……?」


 分厚い布で作られた地味な色合いの袋。口の縁にだけ魔法陣のような細かい刻印が縫い込まれている。

 そんなものまであるのか、と感嘆して眺めているとカウンターの奥にいた店主らしき人物が気配を動かし、こちらに声を掛けてきた。


「嬢ちゃん、新顔だな? ってことはお前さんが【剣鬼】か」


「皆よく一発で特定できるよね。そんなに特徴的かな?」


「そんなんじゃねぇよ。この階層に居る奴は全員二つ名持ちで俺はそいつらの顔を一人残らず記憶してる。そんな狭い世界で一人で進んでくるアホがいるって噂が持ち切りだっただけだ」


 言いながら店主は値踏みするようにこちらを眺めた。剣の柄、身のこなし。そういうもの全部を見て納得している顔だ。


「ふぅん……で、値段ついてないけどこの袋は売り物?」


 調味料袋を指さして店主に尋ねる。

 店主は「お」と小さく目を見開いてから、少し悩んだ表情を見せて言った。


「そいつぁ、心の折れちまった錬金術師の失敗作だ。全ての素材を入れれる袋を創ろうとして失敗して調味料だけしか入らなくなってる」


「その製作者は?」


「【識者】だ。未だに百三十五層で生きてやがる。俺が試練場に来た時から百三十五層に居るんだが何年生きてるんだ、あのババア……」


 アリエスの事だ。

 こんな便利なものを作れるなら言ってほしかった。あの家の倉庫を思い出しながら、小さくため息をつく。


 安全地帯を行き来できるようになったら素材を渡して色々作ってもらおう。調味料袋がこの出来なら他にも面白いものが作れそうだ。


「まぁ、調味料だけしか入れられねぇ袋なんて安全地帯じゃ使い道のねぇ代物だ。当分の間、深層攻略隊なんて募集されねぇだろうしな」


「これいくら?」


「おっと、悪かったな。無駄話が多くなっちまった。金貨十万枚でいい。俺らには不要なものだがお前さんには必要なものだろ?」


 値段だけ聞けば高いが、ここから先を単独で潜ることを考えれば十分に元は取れる。食事の質が維持できるなら、むしろ安い。


「そうだね。この袋とあるだけの調味料を売ってほしい」


「あぁ。次入荷してくる時までの在庫以外全部売ってやる。お前さんには期待してるんだ」


 盛大に笑いながら店主が店の奥へと消えて行った。

 棚の奥から瓶や袋を抱えては台の上へ積み上げていく。香辛料、塩、乾燥ハーブ、保存の効くソース類……。見ているだけで、しばらくはちゃんとした味の飯にありつけそうだと分かる。


 しばらくすると調味料袋を回収して台に乗せた調味料を店主が全て袋に入れた。


「全部で金貨三十万枚だ。あれだけ荒稼ぎしてたんなら持ってるよな?」


「あるよ」


 カードをポーチから取り出して店主に見せて端末にかざす。

 鈴の音が鳴って支払い完了のメッセージが出た。

 調味料袋を店主から受け取ってポーチに入れる。袋の口から、ほのかに香辛料の匂いがした。


「どこまで行くんだ?」


「最後まで行くよ」


「いいじゃねぇか。お前さんが最終層まで行く方に俺は全ベットしてるんだ、よろしく頼むぜ」


「知らないところで賭けの対象になってたんだね。損はさせないよ」


 肩をすくめてそう言い、店を後にした。


 広場に戻ってくると、さっき以上に、ちくちくとした悪意の視線が私を刺した。

 店主と話していることで本物だと確認できて、ますます興味本位の眼が増えたのだろう。好奇心はまだいい。だが、私の背中に向けられているのはそれだけじゃない。


 嘲笑、敵意、うらみがましい感情。見たこともない他人から、それを向けられる筋合いはない。

 ……ちょっとした仕返しをして次に行こう。


 大きく息を吸って、肺の奥まで空気を満たす。

 外に漏れ出そうとしていた濁流のような魔力を意図的に抑え込んでいた制限を外す。ルトリエに鍛え上げられた闇をその魔力に乗せて、一気に拡散する。

 黒い波が地を這い、空気の密度を変える。視線を向けていた連中の神経に、直接指を突っ込んだような圧が走った。


 至る所で人の倒れる音が聞こえてくる。

 膝をつき、その場に座り込む者。顔面から崩れ落ちる者。歯を食いしばって耐えている者もいるが数としてはごく少数だ。


 ――そんなものか。

 思ったより骨のあるやつは居ないようだ、と肩を落として転移石の方へ向かおうと一歩を踏み出したそのタイミングで後ろから声がした。


「まっ……待てっ……!」


 掠れた声。けれど、不思議なくらい耳に残る響きだった。


 その声に聞き覚えがあった。

 忘れもしない、死の間際に聞いた声と光景がフラッシュバックする。毒で痺れて動けない体を落とされた穴の中で最後に見た顔。


「……勇者?」


「僕の、二つ名は……知っている、ようだね?」


 ぽつり、と言葉が漏れ出た。

 振り返った先、そこに立っていた男、記憶の中の姿とほとんど変わらなかった。少し幼く見えるが纏っている空気は同じだ。


 眼前に居るのは、回帰前に私が死ぬ元凶を作った勇者そのものがそこに居た。


 色々な考えが頭の中を駆け巡る。

 何故ここに?

 地球とは別世界のはず――。

 

 いくら考えようと結論が出てこない。

 そうしていると、目の前の男が口を開いた。


「僕は今、創造の神の使徒になる試練を受けているっ! 神の使徒候補として君の蛮行は認められないッ!!」


 そう言って剣を抜いた。

 鞘から滑り出た刃は、私の知っている勇者が使っていた剣だ。磨かれた銀色の刀身に、神性を示すような紋様が淡く光っている。


 けれど勇者は魔族から洗脳されて人類の戦力を削っていたと【全知】から教えられている。【全知】が間違っていることは考えにくい。

 ――私は何を見落としている……?


「君のような強大な闇の力を持つ者に神々は振り向かない。使徒になればクリアせずともこの試練場から出れるんだ!! 僕はっ、試練のために君を討つ!」


「うん、洗脳されてなくても理解できないや」


 悩んでいたのが馬鹿らしく思えてきた。


 私はどこかで勇者を理解しようと思っていたのだろう。

 洗脳されていた事情を知って普通の状態の勇者なら理解できると、どこかで甘い期待を持っていた。


 だが、目の前の男は自分と自分が信じているものが正義であると一片も疑っていない。

 考えを変えようとしない。こちらの話を聞き入れようとすらしない。そういう種類の人間だ。


 そんな相手にいくら言葉を尽くしても意味はない。時間の無駄だ。神々の使徒になると試練場から出れるという情報だけは感謝しておこう。

 斬りかかってきた勇者の剣を伸ばした右手の指先だけで受け止める。

 刃と皮膚が触れた瞬間、ジュッ、と肉を焼く音が指先から聞こえた。熱が皮膚を焦がし、ぴりぴりとした痛みが神経を走る。


「やはり悪かッ! 僕の聖剣は――」


「悪を断つ、でしょ。自分で悪だと思ったものを身勝手に断罪しようとするクソみたいな剣だ」


 回帰前に聞いたセリフだ。

 肉の焼ける匂いを無視して剣を摘まんでいる指にさらに力を込めながら指先から闇を流し込む。


 刃が徐々に黒く染まり、聖なる光を塗り潰すように闇が浸食していく。

 刀身が全て塗りつぶしたような黒色になった瞬間――ガラスが割れるような甲高い音と共に、剣が砕け散った。


「……は?」


 勇者の目から何かが一瞬だけ抜け落ちる。自分の拠り所そのものを否定された顔だった。


「殺す価値もないから今回は、殺さないであげる」


 勇者の胸当てに手を当てて、そこに溜めた魔力を一気に解放し吹き飛ばす。

 圧縮した魔力が爆ぜて勇者の身体が放物線を描いて吹き飛んでいく。空気を裂く音と共に遠くの建物の陰へと消えていった。

 多分、死んではいないだろう。骨の数本……数十本は折れているだろうけど生きることはできる。


「次、その顔を見かけたら遠慮なく始末しよう」


 何故勇者がこの世界に居るのかは知らない。

 けれど、今の私なら赤子の手をひねるよりも簡単に対処できる。それだけははっきりとした。


 今はそれが分かっただけで、十分に行幸だ。


 勇者の気配から視線を離して広場の中央に立つ転移石に向かう。冷たく光る石に手を触れ次の階層への移動を選択する。

 そうして私は百六十五層の安全地帯を後にした。


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勇者って大体が身勝手な生物よね 独りよがり、クズ、害悪、公害
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