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125話--休息--

 アリエスの家の中に入って案内された部屋の真ん中に置かれた椅子に腰を下ろした。

 壁一面に棚が並び、びっしりと薬瓶や金属の部品、見たこともない魔道具の欠片が詰め込まれている。

 床には魔法陣らしき線がいくつも描かれており、その隙間を縫うように書類の束が積まれていた。鼻をくすぐるのは薬草と金属と魔力が焼けたような錬金術の独特の匂いだ。


「それで、いったいどれだけ持ってるの?」


 向かいの椅子にどかりと座ったアリエスが身を乗り出すようにして問う。

 私は頭の中でざっくりと数を拾い直してから口を開いた。


「ゴーレムが大体68万個、たぶん言ってくれればここに来るまでのモンスターの魔石は殆どあると思う」


「ろっ……!? え? はぁ?」


 理解が追いつかなかったのか、アリエスの口が情けない音を漏らしたまま固まる。

 自分で口にしてみて、私もようやく実感する。ここに至るまで、どれだけの数を狩って、どれだけ拾い続けてきたのか。

 あれだけ延々と戦い続けて、まだ足りないとしか思っていなかったのは私の収集癖のせいだろう。

 これでもゴーレムの魔石は他と比べればまだ少ない方だ。


「ジャイアントゴーレムの魔石はある……?」


 アリエスの声の色が一段階変わる。

 さっきまでの驚愕ではなく、獲物を見つけた研究者のそれだ。


「傷が付いていないのは四十個ぐらいしかないかな」


「持ってるの!? アレを……??? 傷なしで??」


 椅子の背もたれを蹴りそうな勢いで立ち上がるアリエス。

 私は魔石袋に手を差し入れ目的の魔石を指先で探る。

 ずしりと重く濃密な魔力の手応えを確かめながら、ジャイアントゴーレムの魔石をいくつか取り出してテーブルの上に並べた。


 掌ほどの大きさの結晶が室内の光を鈍く反射する。表面には欠けひとつなく内部を流れる魔力の筋がゆらゆらと揺れていた。

 アリエスの翡翠色の瞳がさらに輝きを増して喉が上下する。ゴクリ、と生唾を飲み込む音が、はっきりと聞こえた。


「……いくら?」


「金貨百枚でいいよ。金欠なんでしょ?」


「本当に……? 足りない分は体でとか言わないでよ?」


「言わないよ……」


 どんな偏見を持たれているんだろう、私は。

 じとっとした視線でアリエスを見ると、彼女は気まずそうに視線をそらして指先で頬をぽりぽりと掻いた。


「長年生きているけど貴女みたいのは初めてだから何か裏があるんじゃないかって疑っちゃうのよ」


「……確かに。私でも警戒するね」


「でしょ!? 怪しさ満点なのよ、貴女」


 言い切られて言い返せない。

 一人で深層近くまで来て、魔石を山ほど持ち歩いていて対価は安くていい――客観的に自分のことを整列させてみると首を傾げたくなるぐらいの条件だ。


 対価の釣り合っていない取引は怖いのは確かだ。何か裏があるのでは、と考えるのは自然だろう。

 けれど何かを要求しようにも特に欲しいと思うものが今はない。

 

「じゃあ貸しにしといてよ。百九十五層に行けば浅い安全地帯行き来できるらしいから、その時に聞くよ」


「……ここ千年は百六十五層から更新されてないのよ? みんな百七十層でランキングから名前が消えてる。歴代最強と言われた【大賢者】も【拳王】も皆、そこで死んでるのよ」


 アリエスが真顔に戻る。ふざけた色が一切抜け落ち、冷静な観察者の目になっていた。

 この試練場を長く見てきた者の口から紡がれる現実。

 百七十層――そこに何かがいる。ルトリエの分身体がいる二百二十階層よりも手前に、別種の壁が立ちはだかっている。


「誰も突破していないから情報が無い。ここまで一人で進んできた貴女でも流石に……」


「行くよ。私は行かなきゃならない約束があるからね」


 口に出した瞬間、胸の奥の芯が熱を帯びる。

 ルトリエとの約束。

 二百二十階層と三百二十階層。分身体たちの力を集めてクリアすると告げた。

 そして、この試練場を抜けて地球に必ず戻り、沙耶や皆と再び顔を合わせる――。


 階層を跨ぐたびに時間の流れ感覚がリセットされているせいで自分でどれだけの時が経っているか分からなくなっている。

 どれだけ待たせてしまっているのかも分からない。

 だからこそ、私にできるのはただひとつ。可能な限り早く、前に進み続けることだけだ。


「そう言って誰も帰ってきてないのよ。まあ、今回も期待せずに居るわね。私からすると帰ってこない方が借りを返さなくて済むから有難いけどね」


 アリエスが調子を取り戻したように笑う。

 軽口にしては、そこに滲んだ本音は重かった。何度も「行ってくる」と言って戻らなかった背中を見送ってきたのだろう。


「回収しに来るよ。絶対にね」


「はいはい、一応は準備しておくわね」


 まったく信じていない声音。

 肩をすくめるような言い方だったが、その一言で、またひとつ進まなきゃいけない理由が増えた。


 にこりと笑ってアリエスを見る。

 必ず戻ってきて、このエルフをこき使ってやる。山積みの依頼を突きつけて、こちらの都合で振り回してやる。

 そう決めた瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。


 ◇


 その後はアリエスの家でしばらく時間を過ごした。

 予想していた通り、というか予想以上に騒がしい日々だった。


 渡した魔石の研究結果を語り始めれば、彼女は止まらない。

 一を聞くと十、十を聞くと百返ってくる。魔力の流れ、構造、過去の事例、聞いたことのない仮説。

 錬金術師というより、魔石オタクと言った方がしっくりくる熱量で、私が何も言わなくても勝手に話を積み上げていく。


 アリエスの家には小さめながら風呂も付いていた。

 石造りの浴槽に熱めの湯を張り、魔力で温度を保つ仕組みらしい。

 稽古や戦闘で酷使した筋肉を湯がほぐしていき、皮膚の隙間から疲労が抜けていくような感覚が心地よかった。


 食事は、さすがに錬金術師の家だけあって見た目こそ怪しいものも多かったが、味は悪くない。見た目に関してはルトリエに出された物の方がやばかった。

 起きては食べ、風呂に入り、柔らかいベッドで眠る――そんな、総力戦や百層とは真逆の、怠惰で平和な生活をしばらく繰り返した。


「ありがとう、世話になったよ」


 出立の日、玄関先でアリエスに向き直る。

 久しぶりにゆっくり眠れたせいか、身体の芯に残っていた重さがだいぶ抜けているのが分かった。


「本当に何もなかったわね……。私も久しぶりに誰かと話せて良かったわ」


 アリエスは肩を竦めながらも、どこか名残惜しそうに笑っていた。

 世話になった礼として、私は予定より多めに魔石を渡すことにした。

 ゴーレム魔石やその他の高純度の魔石を選んで床に並べていく。


 多いと言われるだろうが研究に使うのであればいくらあっても困ることはない。

 不要ならば今度戻ってきたときに返してもらえばいいだけだ。


「貴女が深層に進んでしまえば、この階層に居る私は買えなくなってしまうから多めでも助かるわ」


「じゃあもっと渡しとくね」


「ちょっ!? それはいくら何でも――」


 制止の声を聞き流して私はリビングの中心に魔石を一気にぶちまけた。

 硬い音が連続して床に響き、そのうち床板の木目が見えなくなるくらいまで魔石の山が広がっていく。

 濃密な魔力が室内の空気を押し広げて空間そのものが少しだけ重くなった気がした。


 当分は素材に困ることはないだろう。

 アリエスが悲鳴とも歓声ともつかない声を上げているのを背中で聞きながら、私は玄関に向かう。


 広場へ出て、転移石の前に立つ。

 石の表面に手を置くと、ひんやりとした感触と共に魔力の流れが指先に絡みついた。


 ひとまず休憩なしでアリエスの言っていた百七十層まで行ってしまおう。

 誰も越えられなかったという壁。その先に、私の約束の続きがある。


 移動を選択した瞬間、視界が白く反転して足元の感触がするりと抜けていった。


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