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124話--識者--

 百層で二人目のルトリエの分身体と別れてから胸の奥に溜まった寂しさを振り払うみたいに私はひたすら階層を進み続けた。

 歩みを止めたら、さっきまで隣にいた声や自分が孤独であることを思い出してしまいそうで、それが嫌だった。


 そうして階層を駆け抜けた。

 百三十五層の安全地帯に足を踏み入れ、肩の力を少し抜いたそのときだった。


「貴女が【剣鬼】ね!?」


 背中に、やけに張りのある声が飛んできた。

 反射的に振り返ると、私の胸ぐらいの身長しかない影が一つ。深くフードを被ったローブ姿の人物が、こちらを睨み上げていた。


 厚めのローブの前が少しだけ盛り上がっていて華奢な体つきのわりに胸元に主張がある。口元から覗いた八重歯がどことなく七海を思い出させる。

 けれど、この階層に知り合いなんて一人もいない。


 首を傾げる私の前で、その人物はふん、と鼻を鳴らして勢いよくフードを払った。


「私よっ!」


「……誰?」


 視界に飛び込んできたのは透き通るような白い肌と、耳の先がすっと尖ったエルフ特有の輪郭。

 陽光を弾く金髪がさらりと肩に落ち、翡翠色の瞳がこちらをじろりと値踏みするように見ている。

 典型的なエルフだったが、やはり見覚えはない。


 当人は私の反応を見て露骨に肩を落とした。


「えっ、マジで知らない訳……?」


「知らないなぁ……誰……?」


「交易所で貴女の物を沢山買ったじゃない!! 最近貴女が完品のゴーレムの魔石を出さないから研究が進まないのよ!!」


 言われて、ようやく記憶のどこかが引っかかった。

 四十五層で大量に魔石を預けてから交易所に顔を出していない。あのときも即決価格で落札していった誰かがいた。


 ポーチからカードを取り出して残高を確認する。

 十五層で見たときより数は一桁増え、妙に現実感のない数字が並んでいた。そっとカードをしまい、何も見なかったことにする。


「【剣鬼】が女だったことは想定外……。男なら色気仕掛けで値切れたのに……」


「一方的に私の事を知ってるみたいだけど、そろそろ名乗ってほしいかな」


「仕方ないわねっ! 私はこの試練場の錬金術師の中で唯一この階層まで辿りついた【識者】のアリエス・フォト・カルデンよ!!!」


 胸を張って宣言した名前が広場に響き渡る。

 【識者】――その二つ名は確かに覚えがあった。


 十五層の交易所。私が魔石を出品した瞬間、即決価格で買っていった謎の人物。


「あぁ、私が魔石を出した瞬間に即決価格で買った人」


「なんか覚えられ方が不愉快だけれども、間違いではないのがムカつくわね」


「それで、その【識者】さんが私に何の用?」


「アリエスでいいわ。さっき言ったからまた言わなくても分かってるでしょ?」


 言われて、さきほどの名乗りを頭の中でなぞる。

 アリエス。錬金術師。ゴーレムの魔石。研究が進んでいないという事から欲しているのはゴーレムの魔石だろう。

 

「じゃあ今から交易所に――」


「ちょっ、ちょっと待って! あのねっ? できれば交易所を通さないで売ってくれればなぁって……」


 踵を返して交易所の方角に歩き出そうとしたところでアリエスが慌てて私の袖を掴んだ。

 ぐい、と遠慮のない力で引き留めつつ、上目遣いでこちらを覗き込んでくる。八重歯がちらりと覗いて、妙に小動物じみた迫力があった。


「交易所を通すとね、ちょっとばかり高くって……最近研究しかしてなかったから資金繰りが厳しいのよ……」


「つまり?」


「交易所を介さないで手数料を抑えた分とお得意様として少しばかり値引きしてほしいなぁ……」


 語尾が尻すぼみになっていく。言いにくさが全身から滲み出ていた。

 交易所の仕組みを思い出す。手数料込みのオークション形式で、珍しい品は勝手に値段が跳ね上がる。魔石に傷がないというだけで、ゴーレムの魔石はとんでもない値段だったはずだ。


「いいよ。その代わり条件がある」


「……私にできることなら何でもするわ」


「この階層に居る間……大体一週間ぐらいの衣食住を提供して。そうしたら格安で売ってあげる」


「因みにいくらぐらいになるの……?」


「一個あたり金貨百枚」


「本気で言ってるの……? 今、貴女の品物は傷が無いから交易所での評価は異様なほどに高くて、魔石一個あたり普通に一万は超えてるのよ?」


 カードの残高が急激に増えていた理由が、ようやく数字として繋がった。

 それでも、首を横に振って答える。


「金の亡者ってわけでもないし、この先の階層の素材を売ればそれ以上に稼げるだろうしね」


「一人でこの階層まで来た貴女が言うと説得力が違うわね……」


「何だったら大量にあるからもっと安くてもいいよ」


「……いったい私に何をさせる気? まさか貴女――」


 アリエスが、そこで言葉を飲み込んだ。

 私を上から下まで、改めてじろじろと眺める。装備のほつれから筋肉のつき方まで確認するみたいに、丹念な視線だった。


 やがて何かを決めたように、目を細めて小さく息を吐く。


「貴女だったら別にいい、かな」


 頬がわずかに赤く染まり、翡翠色の瞳が揺れる。

 その様子だけ見れば妙な勘違いを誘発しそうな雰囲気だ。さすがに初対面の相手に手を出すほど私は無節操ではない。

 安全地帯の娯楽事情がどれほど乏しいにせよ、方向性がおかしい。


「何で私が変な目で見られないといけないのよ。貴女の提案がそれほど異様ってことなのよ?」


「私のせいなんだ……まあ、とりあえず一週間よろしく頼むよ」


「分かったわ……」


 肩を落とし、ローブの裾を引きずるようにしながらアリエスが歩き出す。

 私はその背中を追う形で並んだ。


 安く手に入るなら飛び跳ねて喜ぶかと思っていたが、反応は予想外だった。

 歩きながら彼女の横顔を盗み見る。困ったように眉を寄せながら、それでも口元には少し呆れた笑みが浮かんでいる。


「この試練場を一人で突き進んでる人に常識なんて求めちゃダメかぁ……」


 ぼそりとこぼれた独り言が耳に届く。

 そんなのを聞いたら、こちらとしても何も言い返しづらい。


 私はただ、少し肩をすくめて前を向き直った。



 アリエスの後ろをついて行く。

 広場の喧噪が少しずつ遠のき、石畳も人の往来で磨かれた色から、ところどころ砂や埃をかぶった落ち着いた色合いに変わっていった。

 建物の密度もまばらになり、行き交う人影もほとんど見えなくなる。


 やがてアリエスが足を止めてくるりと振り返って私に向き直った。


「ここが私の家」


 視線の先には他の家々より一回り大きな建物があった。

 石と木材が組み合わさった二階建てで壁には蔦が絡んでおり窓には色ガラスがはめられている。

 玄関先には鉢植えや見慣れない薬草らしきものが並び、かすかに甘くて苦い匂いが漂っていた。


「結構大きいんだね」


「そりゃそうよ! 何たって一番最初にこの安全地帯にたどり着いた部隊に居たんだからっ!」


 アリエスが胸を張るとローブの裾がふわりと揺れた。

 その仕草には妙な説得力がある。ここで長く根を張っている者だけが持つ、居場所への自負みたいなものがにじんでいた。


 しかし、それは一体いつの頃の話なのだろう、と目を細めてアリエスを見る。

 私の視線の意図を勘づいたのか彼女は眉をひそめて鋭く言った。


「なによ、私が歳喰ってるって言いたいの?」


「いや、そんなことは微塵にも思ってないけど……どのぐらい前の話なのかなって気になっただけ」


「たった三千年前よ。短命種の人族には膨大に感じると思うかもしれないけど私からすれば人生の一割にも満たないわ」


「さんぜん……」


 喉の奥で言葉がひっかかる。

 エルフは長命だと聞いてはいたが、実際に数字として突きつけられると、時間の感覚そのものが違うのだと嫌でも思い知らされる。


 私が驚きそのままの顔で見ていると、アリエスは不貞腐れたように口をとがらせた。


「エルフってそんなに長く生きれるんだね」


「まあ、私は悠久の時を生きるハイエルフだからね。魔力があれば老いることはないし、老衰で死ぬこともない。何万人も深層に行った子たちを見てきたわ。先が短い人族は大変ね、短い時で頑張らないといけないのだもの」


 しんみりとした空気が、私たちの間にゆっくりと降りてきた。

 出会いも別れも彼女は何千、何万と繰り返してきたのだろう。そう思うだけで、その言葉の重みが少し増した気がした。


「疲れちゃってね。だから私は誰とも関わることなく引きこもって研究を続けることにしたの。貴女が試練場に来るまではね」


「私と何の関係が……?」


「ゴーレムの魔石よ。あんな低階層で完璧なゴーレムの魔石を売りに出すバカはどんな奴なんだろうって思ってね? 完璧な魔石って貴女が思っているより貴重なのよ」


 ずい、とアリエスが距離を詰めてくる。

 翡翠色の瞳が真っ直ぐにこちらを射抜いた。小柄な体格なのに、ぐいっと押し出されるような圧がある。


 ……本当にそんなに貴重な物なのだろうか?

 半信半疑のまま魔石袋の口を少し開き中に手を突っ込む。中身を【全知】にリスト化してもらって確認するとボス級以外の魔石は数十万単位で袋に入っている。


「聞いて驚かないで欲しいんだけど、ほんっとうに魔石は大量にあるんだよね」


「……何? まさかここに来るまでのモンスターの魔石を全部拾ってるんじゃないでしょうね……?」


「その言葉の通りなんだけど……」


「は?」


 アリエスの顎が、きれいに落ちた。

 目を見開いたまま固まって言葉を失っている。まさしく「開いた口が塞がらない」という状態だ。

 少し時間を置いてから、彼女は盛大に息を吸い込み――。


「バッッッカじゃないの!?」


 安全地帯の一角に、よく通る声が響き渡った。

 少しばかり耳に痛いくらいの音量で周囲の空気がびりっと揺れる。


 煩わしい、とほんの一瞬だけ思ったが、その騒がしさが胸の奥にじんわりと染み込んでいく。

 孤独を感じていた感覚が少しばかり解れた気がした。



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