2-3
「速過ぎだろ……!?」
レンは咄嗟にその場を転がり、ギリギリのところで躱していた。刃が通り過ぎる風切り音とともに髪の房がいくつか散るのを目の当たりにして背筋が凍る。
「何のつもり!? 早く葬奏機を出しなさい!」
一方、レンの戦意が感じられないことにトウカは怒りをぶつけた。
「俺にお前らと戦う理由が無いだろ!?」
「……でもわたしたちにはキミと戦う理由がある」
ネルの決意を秘めた瞳を向けられ、レンの体が強張る。
「キミが戦いたくないなら結構だけど――キミは葬奏者なんでしょ?」
その言葉に、レンは右手をぎゅっと握り締めた。
今そこに宿る、力の重さを実感する。
「そしてアンタの隣にはとても心外だけどイノリが居るの。アンタはそうやって葬奏者の力があるのに、これから何度も立ちはだかる無骸霊と戦うのを躊躇って、救える命を見捨てて、イノリを危険に晒すつもり?」
「……っ!」
トウカの鋭い目がレンを射抜く。
何のために葬奏者になったんだ?
何と戦うのか?
何を守りたいのか?
誰に応えたいのか?
そのために超えなければいけないものは何だ?
葛藤をする時間はない。
恐怖を乗り越えろ。
ふたりの想いに応えろ。
「……アンタの覚悟を見せなさい!」
トウカの紅夜叉が迫る。
「――っ!」
レンは即座に対応をしていた。
ただシンプルに焔魂を振りかざし、トウカの居合斬りを弾く。
トウカのように洗練などされていない、あまりにも不格好な攻撃だった。
「下手くそ」
「……0点。ネルポイント無し」
ふたりはほんの少し、口端を緩めていた。
それはレンがこちらの思惑通りに戦いに応じたことか、こちらの真意を悟ったことかは自分たちにもわからない。
ただ真正面から向き合ってくれたことが嬉しいのかもしれない。
しかしすぐに唇をきつく結び、感情を押し殺す。
(思った通りだな……!)
レンは内から湧き上がる強い衝動に耐えていた。
それは忌まわしき黒い炎の誘惑だ。
この力に身を委ねれば、ふたりを一瞬で倒せると。
しかしレンは意志の力で捻じ伏せる。
自分は葬奏者だと、内で燻る黒い炎を握り消した。
「はぁああああッ!」
トウカの横薙ぎに袈裟斬りをぶつける。
質量とパワーはこちらが上なので真正面からやり合えばトウカが押し返される筈だ。
しかしトウカはレンの反撃を受け流し、己の力として利用することで素早く身をひねり、横薙ぎの一閃を放った。
一方でレンもギリギリのところで反応し、大剣で刀を受け止め、そのままスラスターのように刃から炎を噴出させ、その推力をもってトウカから距離を取る。
相手は刀使い。つまり近距離主体で飛び道具には弱いはずだとレンは算段を付け、焔魂の鋒をトウカに向けてグリップ上部のトリガーを連続して引く。
トウカは紅夜叉を構え直す。
レンの大剣から放たれるのは高い霊子エネルギーを圧縮した霊子弾だ。数は3発で、それらは高速でまっすぐ飛来する。見たところ非殺傷レベルには威力を抑えられているが、まともに食らえば手痛いダメージなのは間違いない。
しかしトウカは当然この程度の反撃は見切っている。
彼女は縮地を用いて迫る弾に寄り、刀を横薙ぎに奔らせた。刃が3発の弾に触れ、一気に切り裂くように掻き消す。刃に纏うトウカの霊子エネルギーがレンの霊子エネルギーに干渉して打ち消したのだ。まさにそれは神業であり、容易にできるものではない。
レンは再度地面を蹴り、トウカから距離を取った上で、霊子砲を放つ。一方でこちらに通用しないのをわかっている上でなお同じ攻撃を繰り返すレンにトウカは呆れたように肩を竦めると手にしていた刀を鞘に収める。一見戦意を喪失したように見えるがそれは違った。
彼女は納刀状態の刀の柄を握り、脇に抱えて鞘の先端部をレンに向ける。直後、杭のような弾丸が3発放たれ、レンは次々に大剣で弾いていく。グリップ越しに感じるのは弾の重さであり、弾かれた弾丸は周囲の木の幹や石畳の地面を穿ち、小さな爆発と破片を生んでいく。
つまり彼女が発射していたのは霊子エネルギーの塊を鋼で覆った榴弾だ。大気中では減衰しやすく、霊子同士で干渉すると相殺する霊子弾を鋼でコーティングすることで弱点を補ったそれは優れた貫通力と破壊力を発揮する。似た仕組みの弾丸は開発されているものの、非常にコストが高いため普及はしておらず、トウカの霊能である“鋼”の力でなければ気軽に使えないものだ。
一方、榴弾を弾いたレンだったが、その衝撃の強さから彼は姿勢を崩しており、体勢をどうにか立て直そうとしている最中だった。トウカはその隙に一瞬で距離を縮めてレンへと迫り、再び腰から吊り下げた鞘から刀を抜いた。
対してレンは大剣をスイングし、その遠心力でバランスを無理やり取り、地面を踏みしめるとトウカ目掛けて一気に振り下ろした。
頭上から迫りくる、燃える刃に対してトウカは左腕の肘から先の表面を鋼で硬質化し、防ぐ。
その硬さにレンは驚愕するが、
「――ぉおおッ!!」
「っ!?」
レンの膂力が上回り、焔魂の刃はトウカの身体を押していく。対するトウカも負けじと右手の紅夜叉をレンの脇腹目掛けて振るおうとするが、焔魂の刃からオレンジ色の炎が一気に噴き出し、トウカの肌を炙る。咄嗟にトウカは常時展開の霊子シールドの出力を高め、炎から身を守るが、ジワジワと炙る熱量にみるみるうちに自身の霊子エネルギーが減るのを実感する。
レンはこのままトウカの力を使い果たさせ、彼女を傷つけることなく勝利する算段だったが、
「動けない……!?」
レンの身体は見えない力に縛り付けられ、一切の身動きが取れなかった。さらには焔魂から噴き出す炎もみるみるうちにその勢いを弱めていく。
「……トラクタービーム、だよ。トウカはやらせない」
ネルが両腕に装着した鉄の巨腕――臨界巨星の掌部から照射された不可視の念動波による攻撃だ。
「ナイスよネル! さぁアンタを死なない程度に痛めつけてその化けの皮を剥がしてやるわ!」
ネルのサポートにより危機を脱したトウカは、“死なない程度”と言いつつ刀を両手でまっすぐ構え、レンの脳天目掛けて振り下ろす。
回避も防御もできないレンは死ぬだろソレと思いつつ、イノリと過ごした短いものの充実した日々を思い出し、
「走馬灯だコレ!?」
叫んだ直後だった。
突然横合いから黒い何かが飛び出した。




