第13話:見え始めた歪み
アオイの手元に送られてくる課題が変わり始めたのは、ここ数週間のことだった。最初は、いつも通り新薬や素材の特性を分析するものだった。しかし、最近の課題内容には妙な偏りがあった。
「毒素の構造とその拡散速度を計算せよ」
「特定の細菌を使った効率的な感染経路を設計せよ」
「ミサイルの制御システムにおける最適化アルゴリズムを提案せよ」
アオイはタブレットの画面を見つめ、眉をひそめた。一見するとただの学術的な問題にも見えるが、背後に潜む意図が不気味だった。
「…これ、人の役に立つものなの?」
心の中でそう呟いたが、答えは出ない。ただ、これまでの課題とは明らかに違う。以前の課題は、新素材の開発や環境改善につながるものばかりだった。それがいつの間にか、人を傷つける技術へと変わっている。
アオイはタブレットを閉じ、深く息をついた。研究所が自分に課しているこれらの課題には、何かがおかしい。
夜、アオイは部屋の片隅に座り、いつものようにタブレットを操作していた。ただし、今回は課題を進めるためではない。研究所の背景を調べるためだった。
研究所のサイトや公開資料にアクセスしても、表向きはただの「未来志向の科学技術開発機関」というだけで、特に怪しいところは見当たらない。しかし、いくつかの資金提供者の名前が目に留まった。
アオイはその名前をさらに検索にかける。次々と現れる情報に、背筋が凍るような感覚があった。
「大手兵器メーカー」
「海外の軍需産業」
「反社会的組織と関連が疑われる団体」
画面に並ぶこれらの名前が、研究所の実態を如実に物語っていた。アオイはタブレットを閉じ、しばらく何も考えられなかった。
「…これ、全部、そういうためのものだったの?」
新薬や素材の開発に携わってきたのも、ただの隠れ蓑に過ぎなかったのかもしれない。自分が解いた課題の結果が、どう使われているのか。研究所からの報告はなく、ただ課題を送られてくるだけだった。
アオイは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。自分が望んでいた「普通の生活」は、研究所との契約で得たものだ。だが、その契約自体が、人々を傷つけるものに基づいているとしたら――。
「…このままじゃダメだ」
アオイは心の中で決意した。このまま流されていれば、自分は取り返しのつかない場所へ進んでしまう。何とかしなければならない。それが具体的にどういう方法かは分からないが、少なくとも現状を変えなければならないという思いが、胸の中で膨らんでいく。
翌朝、アオイは学校に向かう準備をしながら、ふと赤いランドセルに目を向けた。母親と最後に買ったもの。そこにしまった手紙が、心の奥を重くさせる。
「普通の生活を守るために、頑張ったのに…」
しかし、その「普通」はもう壊れかけている。それを取り戻すために何ができるのか、アオイは考えながら、学校へ向かった。
道の先にあるのは、平穏な日常か、それとも新たな試練か――。それはまだ誰にも分からない。




