第11話:才能の誤解
アオイは、いつも通りの一日を送っていた。家の中は静かで、母親が家を出てからの空虚さを感じながらも、学校では他の子どもたちと同じように過ごしていた。しかし、最近その「普通」の境界線が、どんどん曖昧になっている気がしていた。
算数の授業中、先生がホワイトボードに問題を出すと、アオイは一瞬で計算式を完成させる。その結果、問題を解く速度が速すぎて、周囲の子どもたちは驚きの顔を見せていた。
『でも、これは習ったことだから、解けて当然だよね?』
頭の中で自分にそう言い聞かせる。だが、その後、クラスメートたちがアオイの答えを見て目を丸くするのを見ると、ふと疑問が湧いた。
『どうして、みんなが驚くんだろう? 算数は教科書に載っている通りの問題を解いただけなのに』
疑問が胸に残ったまま、次の授業は音楽の時間だった。今日の課題は、ピアノの鍵盤を使ってメロディを弾くこと。先生が指導を始めると、アオイはすぐに指を鍵盤に置いた。
『音階を覚えたから、こんなものは簡単なはず』
しかし、アオイが弾き始めると、クラスメートたちの顔が一斉に驚きに変わった。その様子を見て、アオイの胸は少し痛くなる。
『なんで、こんなに驚かれるんだろう? 先生から教わった音階だし、鍵盤の並びも覚えている。なのに、どうしてこんなに注目されてしまうんだろう』
「すごい、アオイちゃん! どうしてそんなに上手なんだ?」
クラスメートの声が、少しだけ耳に響く。アオイは無理に微笑んで答える。
「ただ練習してるだけだよ」
だが、その答えが心の中で虚しく響く。練習なんてしていない。ただ、音楽の授業で教わったことを忠実に再現しただけだ。それなのに、どうしてこんなに自分が注目されるのだろう?
放課後の体育の授業で、今度はリレーが行われた。アオイは特別に意識して練習していたわけではない。ただ、自分の体を動かすことを計算していただけだ。過去に全国1位を出した小学生のタイムを参考に、身体の動きや走り方を分析して、自分の中で最適なフォームを作り出した。だからこそ、走り終わった後、タイムが予想以上に速く、周りの子どもたちが驚きの表情を浮かべるのを見て、再び胸の中で違和感が広がった。
『どうして、こんなに驚かれるんだろう? だって、これはただの計算通りに動いただけなのに。過去にそのタイムを出した小学生を参考にしただけだ』
他の子どもたちの反応を見ながら、アオイは自分の中で何かが狂っているように感じていた。これが「普通」のはずなのに、どうしてこんなにも「異常」に見えるのか。
放課後、クラスメートたちは「すごい」と言いながらアオイに話しかけてきたが、その声がどこか遠くに感じた。彼女は答えを探しながら、少し立ち止まって考えていた。
『私は、何をしているんだろう? みんなが普通にできることを、私はどうしてこんなにも異常だと感じるんだろう?』
その問いに答えられないまま、家に帰ると、部屋はいつも通り静まり返っていた。アオイはその静けさの中で、ふと自分の姿を鏡で見つめた。
『これが普通の私だよね? でも、なぜか私だけは違う』
その夜も、アオイはその答えを見つけることはできなかった。ただ、どうしても心のどこかで「普通」を演じることが難しくなってきた自分に、気づいていた。




