第10話:監視の目
研究所の一室。所長の机に積まれた資料の山が、ここで繰り広げられる膨大な計画と事務処理を物語っている。彼は机に向かいながら、部下たちに次々と指示を出していた。その中で、目の前に立つ若い職員に目を向ける。
「それで、アオイの様子はどうだ?」
職員は緊張した面持ちで資料を確認する。アオイに関する報告は、研究所で最も重要視されている情報の一つだ。
「特に問題はありません。ただ…最近は父親の行動が目立っています。協力金の増額要求がさらに過剰になってきています」
所長は眉間に皺を寄せた。
「父親はともかく、アレ自身に異変はないのか?」
「はい。アオイさんは至って冷静です。必要な協力はすべて行っていますし、タブレットの利用履歴も確認しましたが、外部への情報漏洩の兆候はありません」
所長は資料をペンで叩きながら考え込む。
「いいか、アレは私たちにとって最高のプロジェクトだ。それ以外の要素、つまり家族の問題で無駄にリスクを増やすわけにはいかない」
その言葉に、職員は軽く頷いた。しかし、アオイを「アレ」と呼ぶ所長の無感情な態度に、違和感が胸に刺さる。彼の冷徹な姿勢に、職員の一人は思わず反論しそうになるが、それをこらえる。
「それで、母親の動向は?」
所長が尋ねると、職員はタブレットを操作して最新の情報を引き出す。
「母親は現在、愛人と思われる男性と共にいます。昨晩も彼と共に過ごしており、口座から引き出された現金の一部を使って生活しているようです」
所長は軽蔑の色を隠さず、ため息をついた。
「普通の家庭を望んでいた女が、不倫相手といるとはな…人間というものは本当にくだらない」
言葉は辛辣だったが、そこには母親への関心など微塵もなかった。所長にとって重要なのはただ一つ、アオイの協力がこれからも得られるかどうかだ。
「最低限の監視は続けろ。ただし深入りする必要はない」
「母親を見限るということでしょうか?」
「見限る? そもそも期待などしていない。だが、アオイが気が変わって『母親に会いたい』と言い出す可能性は否定できない。その時に何も手を打っていないというのは、私たちにとって問題になる。監視はそのための保険だ」
職員は納得したようにメモを取ったが、内心では所長の冷徹さに驚かずにはいられなかった。だが、冷静さを装い、彼は黙ってメモを取った。
「所長、もしアオイが私たちに心を閉ざしたら、どうしますか? 彼女に無理に協力させることは…」
別の職員が口を開いた。その声は、普段の所長の冷徹な態度に不安を感じているようだった。
所長はその質問に一瞬だけ顔をしかめたが、すぐにその表情を隠して冷淡に答える。
「心を閉ざす? それなら、徹底的に管理するまでだ。アオイに選択肢は与えない。」
その答えに、職員は言葉を飲み込む。だが、心の中で一人の職員は、何かが違うと感じていた。
疑念が職員の心に巣食い、疑問はますます深まるばかりだが、誰もその思いを口にすることはなかった。
その後も会議は進んだが、所長の決定は揺るがなかった。彼の中で、アオイは単なる研究資源であり、それ以上でもそれ以下でもない。だが、職員の一人は心の中で思っていた。
「アオイが本当に化け物だとしたら、それを生み出したのは我々自身ではないか?」
その疑念を口にする者はいないまま、会議は終了した。そして、所長は机に戻り、次なる計画書に目を通すのだった。




