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魔族少女の人生譚  作者: 幻鏡月破
第二章 第二回人間軍大規模侵攻
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第三十九話 開戦

第四話、第五話をリメイクしました。

魔法実技のテストのところですね。

 海の香りを乗せた風が、甲板にいる身を正面から押すのを、ヘルミナは感じていた。


 セチリア公国騎士団を乗せた輸送艦群は、魔境へと向かう海を進んでいる。

 地図上では魔境まで残り少しと言ったところだが、未だその地の姿が見えてはいない。


 ヘルミナは魔法陣から懐中時計を取り出し、時間を確かめる。


「……午前七時半。艦上にいるとあまり分かりませんが、この時間でこの距離ということは、恐ろしく速いですね、この艦」


 勿論魔法の力が働いているのがわかる。それは機関部への魔力の流れ以外に、この艦自体に加護がかかっていることも。

 波による揺れ、速さ故の風、そして水を進み裂く音。それらが加護によって軽減されていた。


 ……運航への支障を減らすためか、それとも船員のためでしょうか……。


 試作でこの質ならば、一体ウォルロード国は何を造ろうとしているのだろうか。

 人類のためになるものならばいいのですが……と、ヘルミナは思った。


 秋の今、少し涼しくなってきた。少し風に当たりすぎたのか、体が震えた。懐中時計の蓋を閉めて魔法陣の中に戻し、艦橋へと戻る。


「現状はどうですか」


 窓の外を見る艦長にヘルミナはそう問うた。

 今乗る艦の艦長であり、そしてこの騎士団を乗せた大型輸送艦隊の総艦長でもある彼は、帽子の鍔に手をかけ振り向く。


「午前七時半の現在、特に異常がなくこの速さであれば残り一時間ほどでトルマ沿岸部に到着する予定です」


「……残り一時間ほどの距離であれば、既に魔境が見えていても良いのではないでしょうか?」


 ふと疑問に思ったことを訊いてみると、


「魔境周辺には少し特殊な結界が張られています。それの影響で遠くからは見ることができないのです」


「ならば向こうからも我々を見ることができないのではないでしょうか」


 艦長は苦笑いをする。


「それがそのような事はないのですよ。実は結界の外側に大規模な感知結界も張られていまして、向こう側は我々を感知することができるのです。

 今も既に感知結界内に入っているので我々の存在はバレていますよ」


「……歴史上に奇襲の成功例がないのはその為ですか……」


 過去の文献や歴史書などをいくつか見てきたが、どれも奇襲が成功した例はなかった。以前痕跡の大図書館でも資料を読んでみたが、やはりそこにも書かれていない。いずれも奇襲を行おうとしたら、既に魔王軍が待ち構えていたらしい。


 ……その強固な守りの中で、一体何を企んでいるのでしょう。


 厄介なものですね、とヘルミナは思う。

 だが、


「我々は騎士団です。正々堂々と戦い抜いて見せましょう」


 それが騎士の心だとそう思う。

 そして、


「では私は個室にいますので、着いたならば伝えてください」


 と言ってヘルミナは艦橋を出た。



  ◇



 辺り一帯に響き渡る角笛の音に、ウィディナは飛び起きた。


「ふぁっ!? なな、何ですか!?」


「おっ、ようやく起きたかァ嬢ちゃん」


 アーガードがこちらを見て笑っている。だがその顔には何とも言えない強気のようなものが篭っていた。


 今の状況を見るに、肉などを食べた後、自分はどうやら寝ていたらしい。

 肉を食べた後そこら辺にあった椅子に座って、机に突っ伏していたら睡魔に襲われたのは覚えている。


 ……いや寝てたから覚えてないのは当たり前か。


「で、一体何があったんですか!?」


「ンァ? 人間軍が来た。だから戦闘準備の角笛だァ」


「っ!」


「来たっつっても、向こうの艦群が着いたってだけだ。まだ攻め込まれちゃァいねェ」


 言われて海を見ると、そこには艦群があった。

 今までに見た事ないような、異質な形をした大型輸送艦。その数は十五隻。

 恐らく真鍮や銅などの金属で出来ている船体には配管が張り巡らされており、上部の煙突のようなものからは煙が上がっている。


「な、何ですかあれは……」


「俺も今まで見たことがねェ艦だな。人間の新しいヤツだろうよ。……それにしてもあのデカさで十五隻、ぜってェ一万超えてんだろ」


「一隻で一千人くらい乗ってそうですもんね……」


「じゃァ一万五千かァ……。多かねェが同量かよ。まァ、大丈夫か」


 兵の数が同じだと戦況はどうなるのだろうか。多い方が有利だということくらいはわかるが、自分は戦の経験がない。

 同数ならば、後は兵の強さや戦略で勝敗が決まるのだろうか。


「まァ相手の大将首を掻っ攫っていきゃ済む話だ」


「あーそういう決着もあるんですね。……ちなみに戦略とかは?」


 アーガードはこちらを見ずに言う。


「……無ェよンなもん」


「えっあっえっ? いや戦略無しで勝てるもんなんですか……!?」


「いや、今まで無くても勝ってたしなァ。……まァ始まりゃわかる」


 アーガードがばつが悪そうに頭を掻く。

 だが何か思い出したようで、パッとこちらに振り向く。


「そうだ、思い出したぜ。嬢ちゃん、開戦後は少し戦を見てもらう。参戦はその後だァ」


「あっわかりました。まぁ確かに「戦に慣れろ」って言われたので、まずは見てからですよねぇ」


 そう言ってから、平野に並ぶ戦士達を見る。


 一目見ると一万五千人がただいるだけのように見えるが、よく見てみるとどうやらきちんと並んでいるらしい。


 最前列には小鬼族(ゴブリン)が四列。

 その後ろに犬鬼族(コボルド)大鬼族(オーク)が三列ずつ。

 それらを挟むようにして両側に巨人族(ギガス)

 そして後列に弓兵部隊と術士部隊が二列ずつ、という並びになっていた。


 一列で約一千人が合計十五。だから一万五千人という計算だ。


 改めて見てみるとやはり多い。

 北クルメア魔法学園の全生徒が一ヶ所に集まったときは多いなぁと思ったが、こちらはもう規模が違う。視覚的にくる圧がこの空間を占めている。


 今は丘にある陣幕にいるため上から眺めることができるが、実際下で戦うことになったら、私はちっぽけな一人なんだろうなぁと、そう思った。


「……で、何時くらいに始まる予定なんです?」


「んァー、さっき人間共が着いたんだァ。向こうの準備を含めると後三十分後くれェじゃねェか?」


「はーなるほど。わかりましたぁ」


 後三十分、戦争が始まることへの覚悟と気持ちを、今のうちに整えておくこととしよう。



  ◇



 ヘルミナは甲板の上で、トルマ海岸平野で構える魔族の軍勢を眺めていた。

 少しばかり様子を見ていたが、どうやら向こうからこちらに攻めてくることはない様子。

 恐らく先の第一次侵攻の海戦にて、四天王を一人失ったため、海上の戦いはしないのだろう。


 つまり向こうは我々の上陸を許している。


 その証拠に向こうの軍勢は少し内陸側にあり、海岸側には我々が収まるくらいの空間があった。


 ……上がって来いと、そういうことでしょう。


 無礼られたものですねと、そう思う。


 だがその挑発に、我々は乗る。

 何せ我々は騎士団。陸上での戦いを最も得意とする。


 一万五千の騎士対、一万五千の亜人。


 負けるなんて、思わない。

 完全勝利ができるとも、思わない。


 だが。


 だが我々は騎士団。

 主であるストローネお嬢様が望むならば、それを叶え届けるのが我々の使命。


「待っていて下さい、お嬢様」


 一度深呼吸をし、気を切り替えた。


 さあ、時間だ。


 戦争が始まる。



 右手を一気に横へ振ると同時に、各艦への通信魔法陣がそれぞれ展開される。


「各艦、準備は宜しいですね」


 三十分も猶予があったのだ。準備ができていないとは言わせない。だから「宜しいですね」と、そういうことだ。

 返答は勿論、


「「「既に整っています!」」」


「無論ですね。では戦闘態勢に入ります。

 ――術者部隊、座標を海岸の空間に設定。転移門を展開しなさい」


「「「了解!」」」


 各艦の甲板に立つ術者部隊から光が溢れるのが見える。

 術者部隊が言うと同時に、海岸に大規模な魔法陣が幾つも展開されていく。

 そして魔法陣が全て同じ大きさになり、


「転移門の展開、及び安定化が完了しました!」


 報告が入った。


「宜しい。では公国騎士団、転移門を潜り陣形を組みなさい」


 返答はない。だが応じる様に艦体が揺れた。騎士が移動し、転移が始まったのだ

 その証拠に向こうの魔法陣は光を放ち、騎士達が現れる。


 一万五千の騎士が並び終えるまで、結構時間がかかるものだと思っていたが、案外そうかからなかった。


 戦が始まるという緊張と少しばかりの興奮が、時の流れを早く感じさせているのだろう。


 銀色の鎧が、陽の光を浴びて輝いている。


 ヘルミナが甲板に残り、向こう側へと行かないのは、開戦後様子を見て、単独で戦闘を開始するためだ。

 そのため最序盤は甲板上からの基礎指揮を行なって、後は副団長に現場指揮を任せる。


 ……準備は整いました。


 自分の心音が聞こえる

 いつもよりも、ドクン、ドクンと耳に響く。


 さあ、始まる。


 戦争が始まる。



  ◇



 午前八時五十九分。晴れた秋の日だ。


 魔境北西部、トルマ海岸平野にて、向かい合う亜人の軍勢と白銀の騎士団がそこにはあった。


 双方武器を構え、睨み合う。


 何か動くものがあればすぐさま貫く様な、そんな緊張感が辺りに漂う。


 一刻一刻と時計の針は進み――。



 そして時は来た。


 午前九時。


 開戦の合図である亜人軍の角笛と、騎士団の喇叭の音が重なり、響く。



 遂に第二回人間軍侵攻が、ここに開始された。


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