第三十八話 亜人種の戦士達
白色に染まる視界が、徐々に色づいていく。
玉座の間にて防衛戦への参戦を命じられたウィディナは、魔王城にある転移階から、開戦予想地点であるトルマ海岸平野へと飛んだ。
大陸である魔境を四つに区切ったうちの北西部、トルマ区と呼ばれる地域は、南に山脈を構えているが全体的になだらかで平らなことが特徴だ。
トルマには魔族八種のうち亜人種の都があり、周囲に街や集落もあるため亜人種のほとんどがトルマに住んでいる。
理由としては主に二つあり、一つは亜人種の族数が魔族の中で最も多いため。魔境の区域の中で最も広く、平地であるトルマは数の多い亜人種にはぴったりな場所だったのだ。
そしてもう一つ。トルマ沿岸は人間達から見て攻めやすい場所であり、実際幾度も侵攻が行われている位置だからだ。
亜人種はその圧倒的な数で敵を圧し潰すことを得意とし、平地であるため広範囲に戦力の展開ができるから、やはり適所であると言えよう。
「――お、着いたぁ」
着いた場所は、部屋の中だった。
石レンガでできた質素な部屋には、潜ってきた転移門と扉、それぞれ一つずつしか無い。
「とりあえず出ればいいのかな?」
扉の取手に手をかけ、開く。
すると声が聞こえた。
「オ、ようやく来たかァ」
その地面から響くような野太い声の持ち主は、
「――〈喰暴将軍〉アーガード様!」
「オ、知ってたかァ。だが様付はいらんぜ、風の嬢ちゃんよォ」
身長が軽く二メートルを超える、大鬼族だった。
その左目には大きな傷がついてる。
見るだけで数多もの死線を潜り抜けてきた気迫が感じられるのは、それもそのはず。
彼は魔族八種のそれぞれの長、〈八大将軍〉の一人なのだ。
〈八大将軍〉は魔王、四天王に次ぐ位の立場で、その力は強大だ。個人でも一師団以上の戦闘力を持ち、種を動かす権限も持つ。
学校でも習ったが、アーガードは実際に戦争にて数々の功績を残している。
そのことから言えるのは、彼は単純に強いのだ。
「魔王から連絡は来てたぜェ。とりあえず今回はよろしくなァ」
「あっはい! よろしくお願いします!」
見た目や纏う雰囲気とは裏腹に、その声からは優しさが感じ取れる。
するとアーガードはこちらをじーっと見つめ、そして何か思ったのか、頭をボリボリと掻いた。
「な、なんです?」
「いや、こんな嬢ちゃんが四天王になるなんて、世も末だなァってな」
あぁ、とウィディナは思った。やはり私では心配なのかと。
アルハバナと闘った時もそうだったが、名も聞いたことない若者が急に四天王になったら、やはり不安になるのだろう。
そう思っていたのだが、違った。
「安心しろ、俺は別に不安だとかは思っちゃいねェよ。例え魔王や四天王が俺よりも弱かろうと、皆に選ばれたんだァ。俺はきちんと尊敬するぜ? 俺には無い何かで選ばれたんだってなァ」
そうアーガードは笑った。
……魔王様が言ってたけど、優しいってこういうことなんだ。
彼は頼れる人だと、心の中でそう安心した。
「こんな所で時間を食うのもあれだ、さっさと戦場まで行くぞォ」
と言ってドシドシと部屋を出るアーガードに、ウィディナはついて行く。
部屋を出て、廊下を歩き、門を出れば、そこは外だった。
今は朝。少し涼しくて、辺りは当然明るい。東を向けば太陽が燦々と輝いている。
振り返れば、石レンガでできた大きな要塞。だが攻め込まれたような痕はなく、しかも周りに防壁すらない。周りには灯りの消えたテントがたくさんあるが人の気配はないため、皆どこかにいるのだろうか。
「ここは海岸平野の手前にある、丘の上の防衛要塞なんだがなァ? 平野で全員ぶっ飛ばしてるからここまで攻められたことはねェんだ」
「へぇぇ、それはすごいですねぇ。無敗じゃないですか」
道を歩きながら話す。
「ここからの眺めはすげェ綺麗なんだ。だから戦場にするには勿体無ェっていつも思うんだけどよ、しょうがねェよなァ」
「見てみたいですねぇ! ……でもこの後の戦闘で見られなくなっちゃうのかぁ」
「人間共が攻め込んでくるのをやめてくれりゃ、それでいいんだがなァ」
若干音量が下がった彼の声を聞く。
戦争の厳しさと、彼が思う寂しさを、少しばかり感じ取った気がした。
「……ところでアーガードさん、さっきから何食べてるんです?」
そう、先程からアーガードは話している間何かを口に入れてはバリボリと食べている。
んァ? とアーガードは言い、
「石」
「――え? 今なんて?」
聞き間違えたと思った。
「だから石だっつってんだァ」
聞き間違えではなかった。
「え、は? お腹壊しますよ!?」
すると彼は急に笑い出し、
「ガハハ、いやァそれがな? 俺ァ他の奴らと違って何でも食えんだよ。それに俺ァよく腹が減るんだ。……まぁそういう能力だっつっとけばわかるかァ?」
「はぁ、成程。だから石食べても……って、そういう話なんでしょうか……?」
「細けェこたァ気にすんなや」
そんなことを話しながら歩いてどれくらい経っただろうか。アーガードが急に立ち止まった。
丘の下り坂で、周りには特に何もない。他に何かあるのだろうか。
するとアーガードは顎で下の方を指し、
「嬢ちゃん、向こう見てみィ」
景色の奥には朝日に煌めく海。そして手前に広がる平野には――
「――うわぁ」
数え切れないほどの人達が並んでいた。
体の色は異なり、姿形も皆違う。そう、亜人種の兵達がそこにはいた。
その数は、
「ざっと一万五千くらいの兵だなァ。いつもよりかは少ねェけど、何とかなるだろェ」
「一万五千……って、少ないんですか? 充分多い気が……」
「いやァ? 勇者が来る時なんかはもっと多いぜェ? 向こうも本気で落としに来るからな。最低五万で多種族も集まってくるんだァ、そりゃあとんでもねェ数になる」
「一種最低五万人……。とんでもないですねぇ……」
アーガードが石を口に放り込む。
「どうやら今回、人間共は一万人くらいで来るんだろォ? こっちも被害は抑えてェ。だから少し上回る一万五千くらいで丁度良いってわけだァ」
そう言いながら、丘を下る。
丘の麓、平野よりも少し高く全体を見渡せる位置に、陣幕が張ってあった。
どうやら全体に指示を出す用の場所らしい。
先程よりも低い位置にいるため、一万と五千もの数の兵が視界を埋める。
大鬼族や小鬼族、犬鬼族、巨人族など、多種多様な種族がこう一ヶ所に集まっていると、圧のようなものが感じられる。
潮風に乗ってくるのは金属や獣、汗の匂い。改めてここが戦場だと認識する。
そう思っているとアーガードがこちらに向き、
「嬢ちゃん、少し叫っから耳塞いどけェ」
え? と少し戸惑うが、一応両手で耳を塞いでおく。
すぅ――、と息を吸い、
「お前らァァァ――――!!」
空気の響きが手を通り越して耳を貫く。
思ったよりも大きい……ともっと強く耳を塞いだ。
ただその声は全員に届いたようで、アーガードのその一言にざわめきは止まり、全ての兵がこちらを向いた。
「いいかお前らァ。この後の朝ァ、人間共がこの平野に攻め込んでくる。
俺等ァそいつらの侵攻から魔境を守るのが役目だァ」
ドンッ、と片足を踏み鳴らす。
地面が揺れる。
「いいかお前らァ。魔境を守れるなら死んだって構いやしねェ。それが俺等亜人種の役割だァ。
だがそれは覚悟の話だァ。
お前らァ、そういう死ぬ気で戦う覚悟でいろ。死なねェから。俺が保証する」
ふと、彼の顔を見る。
するとどうだろう。その口角は上に向いていた。
「お前らァ、後悔だけはするなァ。後悔をするような死に方をした奴ァ、俺がぶっ殺してやる」
そして、
「いいかお前らァ。己に誇りを抱いて戦え。わかったかァァァ!?!?」
「「「オオオ…………!!」」」
最後にそう叫ぶと、一万の咆哮がこの平野を満たした。
その咆哮は緊張を纏った鋭いものだったが、恐怖はなかった。本質的なものは、単純にやる気というもの。
アーガードの言葉が兵士達、否、戦士達を鼓舞したようであった。
「よーゥし、お前らァ、開戦までまだ時間はある! 今のうちに食っておけェ! だが酒はまだだぜェ? 酒は勝ってからだァ!」
アーガードがそう伝えると、亜人種達は魔法陣の中に手を突っ込み、パンやら肉やらを引っ張り出して、ワイワイガヤガヤと食べ始めた。どうやら共通空間内に食料が保管してあるようだ。
戦争前とは思えない賑わいようだなぁと、そう思っていたらアーガードが、
「ほれ嬢ちゃん、嬢ちゃんも食っとけェ」
と言って、いつの間にか手に持っていた鳥の丸焼きの一部を渡してくれた。
「あ、じゃあいただきますね」
思い切って大口でかぶりついてみると、パリッという皮の食感が第一印象だ。その香ばしい皮を貫くと、歯応えのある肉が、しかし歯で簡単に切れるような柔らかさで、口の中に入る。
そして皮に閉じ込められていた肉汁が、口の中へと溢れ出す。
……あ、香草の上品な香りが肉の旨みを引き立たせてて、いい感じかも。
息をつく間も無くペロリといただくと、もっと食べたく思い、彼の方を見たのだが、
「あ――んぐっ」
そこには目の前で残りを一口で骨ごと食べるアーガードの姿があった。
現在は午前七時半。魔王軍と騎士団の衝突は近い――。




