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「落ちたかな?」

「だれが、落ちただって?」


壁とバイクに挟まったってのに、元気な声だな。


「網羅、もう少しスピードを落とした方がいいと思うよ」

「いい度胸だな。手荒い歓迎で、うれしいよ」

「別に歓迎してない」

「俺に気づいたのに、急いで閉めたな」

「いや、カラスだと思って閉めたんだ。でも、カラスより質が悪かったな」

「お前、記憶が戻ったのか?」

「いや、なんで?」

「お前のその態度、ここ2年間の俺に対する態度そのものだぞ」

「そうなんだ?」


網羅を嫌ってると言う意識などないが、自分でも失礼な態度だなと思いつつ口を衝いて出てしまう。でも、以前からそういう付き合いなら、気にすること無いか。と思った時、同じ意見が聞こえた。


「悩むな、了以。体が覚えているだけだろう」


夕貴が階段を降りながら、網羅を睨んでいた。


「ようこそ、と言いたいが、不意の客に真理が食材がないと困ってる。できるなら又の機会にお越し願えないか?」

「飯ならトールの所で食べた。俺は酒さえあればいい」


遠慮と言う言葉は、網羅の回路にはないんだろう。ずかずかと上に上がって行った。


「何もされてないだろうな。」

「へ? ああ、入ってきた時に壁にひび入れられたぜ」

「その壁なら大丈夫だ、ヒビぐらいなら自然にふさがる」

「なにそれ、この壁生き物なの? 怖いなこの世界」

「しょっちゅう壁を壊すお前に言われたら、壁もそのうち愚痴でも言いそうだな」

「うるせー」

「ほら、いくぞ」


しょうがないやつだと、いいながら俺の頭をひとなでして先に階段を上がっていった。

その様は、喜多を思い出させた。


「だめ! 了以は服も着替えてきて! すごく埃っぽい。それじゃお料理がまずくなるわ」

 

俺は、小学生か!

しぶしぶ、二階の部屋に入って、服を脱いでから箪笥をかき回した。


あれ?


中に入っているのは、見覚えのある服ばかり。

俺が着ていたTシャツに、チノパン、ジーパン。

そのなかに、懐かしい一着があった。


喜多にもらった、白のシャツ。


白いシャツは喜多のトレードマーク。

俺は制服の白シャツしかなかった。

これは、俺の誕生日に喜多がお気に入りの一着をくれたものだ。


「よう、はだかんぼう。風邪ひくぞ」

 

部屋の入り口に網羅が立っていた。


「何か用?」


白シャツを羽織って、ボタンを留めながら網羅の方を向く。


「手伝おうか?」

「遠慮しとく」


一体、何をしに来たんだ?

すべてのボタンをはめて、階段に向かう。

2段降りた時、後ろから右腕を取られた。


「うわ!」


いきなりで、バランスを失い落ちそうになった。

上を見ると、にやにやした網羅の顔。

手をひくと、案外すぐに腕は離された。

ほっとしたのも、つかの間。今度は両肩をひどい力で階段の壁に打ちつけられた。


「っつ!」

 

なにするんだ!

と言いたかった言葉は、網羅の口の中に消えてしまった。

冗談にしてはやりすぎだ。俺の態度に対する報復なら別のやり方にして欲しかった。

一発なぐって離したいが、肩に体重を掛けられていて腕が上がらない。

足は、網羅の足にぴったりと押さえつけていて、これもだめ。 

いつまでも離れないヒルのような口と、口腔を嘗め回す舌にうんざりした時、救いの声が下から上がった。


「網羅!いい加減に止めないと、この家から退去してもらうわよ」

「おや、お嬢ちゃん。無粋じゃないか?」

「了以の分の夕飯を何度も温めさせるつもり? それなら、考えがあるわよ」

 

真理がゆっくりと階段を上がってきた。

網羅の手は俺の肩から離れた。


「いや、冗談だ。さあ、了以。食事を済ませてくれ」

 

網羅は焦ったように早足で降りて行った。


「真理」

「まったく、記憶がないのがこんな時にネックになるなんて。いい、網羅はあんたをずっと狙っていたの。あんたはずっと、網羅から逃げてたの!あいつと二人っきりになるなんて、さあ、食べて下さいっていってるものでしょ! しっかりしてよね!」

「そ、そんなこと分かるわけないだろ! なんでもっと早く言ってくれないんだよ!」

「夕貴が教えてるものだと思うでしょ。あんたが反発するから、わざと教えなかったんじゃないの」


あ・い・つ!



真理の料理は頬が落ちるほど上手かった。


夕貴は先に済ませていて、酒を飲んでいた。

文句が山ほどあったが、とにかく腹が減っていたので食べることに集中した。

網羅は一人ソファーに座ってワインを飲んでいた。

全ての皿を平らげた時、真理が、梅酒をもってきた。


「あたしが、作ったのよ。了以は好きでしょ」

「え? ああ、そう言えば義理姉さんが作った梅酒。良く飲んだな」

「お前、姉貴がいるのか? 初耳だな」


網羅がソファーに座ったまま俺の方を見た。

夕貴は黙って、梅酒を飲んでいる。


「俺にだって、家族はいる。」

「どこにいるんだ? もしかして長期休暇を取った時はその家族の所に会いに行っていたのか?」

「さあ。わからない」

 

そんな事を言われても困る。記憶はないって言ってるだろうが。


「あれ? 了以は未成年だよな。確か、19才だって。おい、夕貴、酒なんか飲ませてもいいのか?」

「え? 俺、17だろ?」

「お前は19だ。自分の年ぐらいはおぼえていろ」

「17だとしたって、酒はだめだろ」

「ああ、ドームの中は未成年の飲酒はだめだったな。ドームの外ではそんな法律はない。

あれは、単にドームの秩序を守るためだけのものだ。ドーム内はワイン一本を所持するにも登録される。まるで、監獄だ」


吐き捨てるように言った夕貴の顔は、おぞましいものを体験したような顔だった。


「へえ、俺はドーム生まれのドーム育ちだからな。外ではそんなに自由に酒がのめるのか、知らなかった」

「正確には、外だって、20歳以上は飲酒厳禁なのよ。ただ、規制する機構がないだけよ。お酒だって、ドーム3に行けば、何本だって買う事が出来るわ」

「つまり、空には警察機構がないって事なのか?」

「ああ、そうだ。必要な場合は、ドーム4の警察庁に要請すると、1人ぐらいは来ると言う話だがそんな者は見た事ない。とにかく、1から100あるドームの管理さえ果たせれば、この世は機能すると言う考えさ。」

「相変わらず、反ドーム派的思考だな。お前だってドームで生まれ、ドームで育った一人なのにな」

「え? 夕貴が、ドームで生まれた?」

「ああ、俺と同じ」

「同じにするな。俺はドームから出れて本当の人間らしい生活が出来たと思ってる。お前はドーム以外の場所には、行きたいとさえ思わないだろ」

「俺がいなけりゃ、あそこは機能しないだろ。まあ、出たいとも思わないがな。必要とされるってのは生きがいがあるってもんだろ。夕貴の生きがいは―どこに行っちまったんだろうな?」

「俺はもう寝る」


がたっと派手にいすを鳴らして、夕貴は二階に上がって行ってしまった。


「何を怒ってるんだ?」

「さあな。了以、お前の生きがいは何だ?」

「俺の生きがい?」

「そう、生きてる意味を感じる時だな」


生きがい?

そんなこと言われてもわからない。

俺は、17才になったばかりで、医者から、長くは生きられないと言われて、それからは未来を考えたことがない。


生きていても、死んだようなものだった。

兄貴は俺がちゃんと大学に行って、社会人になって義姉さんみたいな良妻賢母を絵に描いたような人を見つけて結婚しろって、よく言っていたっけ。


俺達は早くに両親とも無くして、年が離れた兄さんが俺の面倒をずっと見てくれていた。


同じ境遇の義姉さんと兄貴が結婚して、義姉さんの弟だった喜多との四人で暮らし始めて、家族ってにぎやかで1年中暖かくて、こんなにいいもんだったんだ、って思った。


俺と喜多は、性格こそ北と南のように離れていた。

あいつは頭がすごくよかった。でも、それをひけらかす性格じゃなく、いつも自然体で俺の側にいた。


ケンカもしたが、長く続く事はなかった。


学校の皆には二卵性の双子ってよくからかわれた。

喜多が科学者としての頭脳を認められて、16歳でアメリカの研究機関に行った時はさびしかったけど家族であるって言う思いは消えなかった。


むしろ、離れたからこそなお、思いが深まったようだった。 

毎晩のようにメールで連絡しあった。

機械が苦手だった俺も、メールのやり取りだけは必至こいて覚えたんだ。

そういう意味では、俺は喜多が生きがいだったかも知れない。

喜多が研究で成功する事。

喜多が、世界に名だたる科学者になる事。

唯一それだけを考えてれば良かったのに、

死を迎える恐ろしい感情には勝てなくて、言わなきゃいいのに「会いたい」の一言をメールで流してしまったんだ。


そして、喜多は日本に帰って来た。

今は、俺の記憶はそこから先に行けない状態。


喜多の行方はわからない。

自分の事もわからない。

19歳ってことはあれから、2年がたったのか?

それなら、なぜ俺は生きている?


「了以?どうした。ぼーっとして。」

「ああ、いや何でもない。網羅、あんたはドームは自分が居なくちゃ成り立たない。必要とされている。それが生きがいだっていった」

「ああ、それが?」

「ドームがあんたを必要としているのはどうして?」

「ああ、そういうことか。そうだよな。何もかも忘れていたっけな。

俺は、ドーム4の全ての道を把握しているたった一人だ。ドーム4には、直樹のつくった地下道の他に何百と言う個人が作った地下道がある。皆、無許可だ。古いものもあれば、新しいものもある。それをすべて自分が作った道のように、迷うことなく歩き回れるのは俺だけだ」

「古いものから、新しいものまで、すべて?」


新しいものをどうやって見つけるんだろう。


「俺の頭にはD4の構造がすべて入っているんだ。誰かが、違法に道を作れば、D4の中の微弱なパルスを感じて、俺の頭の中の設計図が変更される。」

「頭の中がコンピューターみたいだな」

「そうだ。俺の頭の半分は機械だよ」

「え?」

「生まれてすぐに事故に遭って、脳みその半分をやられた。おやじが医者で科学者だったおかげで、頭の半分を機械にして生きる事が出来た」

「お父さんはD4に居るの?」

「いや、15年前の中央病院の火事の時に、たまたま健康診断用のカプセルに入っていてな、そのままそのカプセルが棺桶だ」

「15年前の火事・・・」


直樹と直海の母親が死んだ火事だ。


「その病院の火事の原因は何?」

「そんなことを聞いてどうする? 俺に少し興味が出てきたのか?」


網羅の顔がワインで赤くなっていた。


(げ! やばい。さっきの事をすっかり忘れてた)


「ああっと、もう遅いから、俺も部屋に戻るわ。じゃあな。」


網羅は追いかけてはこなかった。

二階に上がって、部屋に戻ると足がふらふらした。

思いのほか、真里が作った梅酒は強かったらしい。

強い眠気に教われて、ベッドにダイブしたまま眠ってしまった。


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