10
奇妙な感覚で目覚めた。
目を開けると、まだ室内は暗い。
腹の上で何かが動く感覚。
夕刻の車庫内の出来事が一瞬、脳裏に浮かぶ。
もしかして、また、網羅なのか?
「誰だよ!」
空気が、すこし動いた。
でも、何も言わない。
もう一度、誰だと叫ぼうとした時、窓からサーっと月明かりが降りてきた。
そして、俺の上にまたがった人物の顔を、惜しげもなく照らした。
それは、にっこりと微笑む少女の顔。
「なお・・み」
乗っていたのが男でない事にはほっとしたが、女なら良かったという体質でもないので焦る。
「ふふ、了以の寝顔ってかわいい。もうちょっと寝ていてくれたら良かったのに」
「冗談。さっさと降りてくれ」
「どうして?」
「かゆくなる」
「ああ、女性アレルギーだったわね」
トールにでも聞いたんだろう。
余計な説明の手間が省けて助かった。
直海はゆっくりとしたペースで降りた。
ふふっと笑って、俺をじっと見た。
「どうしてここに来たのかは聞かないの?」
「俺に会いに来たんだろ」
今度は、にっこりと微笑む。
「ええ、それとあなたを夜のデートに誘いに来たの。夕方、約束したでしょう?」
「直樹に俺を提供するつもりか?」
「いいえ。誤解があるようだけど、私と兄は結託しているわけじゃないの。二人の目的は違うのよ。直樹は直樹の都合であなたを監禁しただけ。私はわたしの目的があってそれにしたがって動いているだけよ」
「俺をどこに連れて行く?」
「もちろんD4よ。あなたが会いたい人に会わせてあげる」
直海は、一回り大きくなった目で俺をみた。
直海の顔には無邪気さはなく、それは駆け引きをしているといった顔だった。
「俺の会いたい人って?」
「喜多博士。あなたの親友。そして、兄弟」
俺は、喜多が義理の兄弟だとは誰にも言ってなかった。
ついていかないわけに行かない。
直樹と同じく、この子も俺と喜多の事を知ってる。
「どうやって、D4に行く? また不法侵入か?」
「許可証ならあるわよ」
直海は赤いジャケットのポケットから俺の写真入りの許可証を渡した。
「偽造か」
「いいえ。本物よ」
「許可は申請して最低でも2週間はかかるんだろ。」
「どんな世界にも、抜け道はあるのよ」
「直樹の力を使ったんだな」
「さあ、どうかな」
直海は、出窓に腰かけると、くるりと向きを変えて外に足をだした。
そこには、月あかりに白いバイクが光を反射して、まるでおとぎばなしの中の白い馬のようにそこに居た。
窓から出てそれにまたがり、後ろをさしてどうぞというしぐさ。
「また後ろか」
「運転しても良いのよ。後ろに乗るのも好きだし。了以の腰に腕を回すのは心地よさそうね」
「うしろがいい」
腰に腕を回されるなんて、創造しただけで痒い!
直海に触れない様に細心の注意でもって、後ろにまたがった。
「酒がまだ残ってるから、できればゆっくり行って欲しいね」
「ええ、わかったわ」
直海の運転は、勇気や網羅にはない繊細さがあった。正直いって心地よかった。
後ろを振り返ってみた。
家のどこにも明かりはない。誰も起きたものは居ない。
夕貴の顔がちらっと頭のなかに浮かぶ。勝手な行動をしたと言って、また起こるだろう。
今度は、追い出されるかも。
夜の空中ドライブは月明かりが奇麗で、神秘的だった。
俺達は月に向かって走っている。
「ねえ了以。あなたにとって、喜多博士はどんな人?」
「知ってるだろ。親友で、兄弟だ」
「違う。それは一般の言い方。あなたにとって、どんな位置づけの人だったのかと聞いているの。」
「そんなことを聞いてどうする?」
「知りたいだけ。心の結びつきを知りたいだけかな。私や、直樹には分からないものを理解したいだけ」
わからないって、そんなことはないだろう?
俺達と違って、本当の兄妹なんだから。
「俺が、喜多にもっている感情は君が直樹に持っている感情と同じだと思うよ。お互いを必要として生きる。俺と喜多は、血は繋がってないけど、本当に兄弟のようだったからな」
「喜多博士もそう思っていた?」
「そう思っていたさ」
「その思いが、研究を成功させた」
「え、なに。研究?」
直海は、それ以上は話そうとはしなかった。
着いたのは、D4の北門。
門番にIDカードと許可証を見せて、門にある機械に通す。この操作は東西南北、同じらしい。
「あれ? 耳につけるものは? もらわなかったのか」
「ええ、もらったわ。でも、あれは危険区域を教えるだけじゃなくて、それを付けている人を監視する役目があるのよ。」
「え! それじゃ、昨日の俺達は監視されていたって事?」
「いいえ、トールに渡された監視装置解除があったはずよ。夕貴がちゃんとそれを付けて居たと思うわ。最もその機能は知らなかったと思うけど」
「それじゃ、カムツーで監視されている事を知っているのはトールだけ?」
「いいえ世界中でトールとドームの政府機構の者だけよ。他の人は知らないわ。政府機構の超シークレット事項ですもの。」
「え? それって…」
「そう、トールは政府の一員って事ね」
「でも、それはありえないだろ。警察に知られないうちに、D4に侵入した人を外に連れ出す。ってのがカムツーの仕事だろ。」
「ええ、そうね。私もそれで助けてもらったわ」
「何が言いたい?」
「了以。ここで、あたしと貴方に与えられた時間は5時間よ。わたし、急いでいるの。その話は後でしましょう。さあ、行きましょう」
直海は居住地区の入り口にカードを差し込んで、俺を先に入れた。
「そのカードは?」
「住人に会いに行く手続きを取った人がもらえるのよ」
「誰でも入れるわけじゃないのか」
「犯罪防止のためよ」
「監視といい、どこに行くにも許可がいる事といい、ここは自由がないのか?」
「夕貴が監獄って言った意味が分かった?」
夕食時に、夕貴が吐き捨てるように言った言葉を聞いていたらしい。
「どうやって聞いていたんだ?」
それには答えず、
「私も同感よ」
と夕貴の言葉に同意した。
それから、目的地の住居に行くまで、3回のチェックがあった。
それらのチェックを終えて、やっと着いたのは、赤い煉瓦作りの4階建てのマンション。
「ここに知り合いが居るのか?」
「ええ、表向きのね。でも、そこには行かないわ。私達が用があるのは、この後ろの建物よ」
赤レンガの建物の後ろに建物?
表からは見えない。
直海に続いて表から入り、そのまま真っ直ぐ行くと裏口の扉に出た。
鉄の扉にはカードを入れる機会がない。
ドアの取っ手に昔のダイヤル式の鍵がかかっているだけだ。
「どうやって入るんだ?」
「こうするのよ」
そういうと、鍵をチョンとつついた。
すると、鍵がカチッと音を立てて開いた。
「ここね、ダミーなの。夜だけこの鍵を掛けているというだけ。壊れた鍵をね。住民の誰も無断でここに入る人は居ないの。恐いのね。きっと」
「こわい?」
その意味は鉄のドアを開けてみてわかった。
蔦がからまった一軒家。屋根はかわら屋根。
ここに入ってはじめてみた。馴染み深い木造の家。
しかし、年季が入ったこの家は今の時代の人々にはお化け屋敷のようにしか見えないのだろう。
俺の家も、木造だった。死んだ両親が残してくれた唯一の思い出。
「了以こっちよ」
直海が、明かり一つない家の中に入ろうとしている。
「おい、かってに入って良いのか?」
「この家はね、記念物なのよ。この世界に残った唯一の木造家屋。他はすべて、戦争で消えてしまった。どうしてこれだけ残ったのかいまだに解らないの」
「じゃあ、誰も住んでいないのか」
「さあ、それはどうかしら。幽霊には政府も住むなとは言えないものね」
「ゆ、幽霊?」
「さあ、入りましょう」
ずんずんと、全く臆する事なく進む足。
「すごい神経だ」
かく言う俺も、不確定物体にはお目にかかった事がないので、恐いという感覚は持ちあわせていないが。
女の子って普通怖がるもんだと思ってた。
「了以、開けて」
やっぱり少しはこわいのか?
玄関の丸い取っ手をとる。
簡単に右に回ってがチャリと開いた。
その手の感触が妙にしっくりする。
(?)
直海を見ると、にっこりと微笑んでいる。
そのまま、外に開く。
「あ!」
信じられない。こんな事ってあるのか。




