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小さな教会

 やがて大きな購買部と、軽食が取れるオープンカフェが見えてきた。この区画は、およそ生活に必要なものはだいたい揃うような小さな町とも言えた。


「……あれ? あんなところに、小屋が」


 少し離れた場所にこじんまりしたとんがり屋根の小屋があった。半分茂みに隠れる形で異様にとんがった屋根だけがチョコンと頭を出している。改めて確認すると、確かにそこへ続く細い小道があり、眩しい太陽に慣れた目では見づらいが辛うじて奥にその建物が見えた。

 前に訪れた時に気が付かなかったのは、人の気配がなかったからだ。木々の隙間から見えるステンドガラスのような色付きの丸い窓があり、さらに覗き込むと粗末な木の扉がある。いたって粗末で小さな建物だ。

 白い装束に身を包んだ女性が、扉へ続く石畳を箒で掃いていた。


「あの白装束、なんだか見覚えがあるような」


 僕は思わず呟いていた。

 立ち止まった僕の視線を追って同じ物を見たニーナは、すぐにその答えを教えてくれた。


「ああ、あれは教会よ。いわば出張所ってところかしらね。私もベアトリーチェから聞いたんだけど、魔界には正規の教会が中央都市に一つしかないのよ」


 もともとソティナルドゥ教を信仰していなかった魔界。徐々に多文化を取り入れるようになっても、神の存在はなかなか浸透しなかったらしい。今の魔王になった時にようやく教会の派遣を許可し、それなりに立派な教会も準備したのだ。

 その延長として、この学校内にもいわゆる出張所のような小さな教会を設置したらしい。

 今でこそ、権威の衰えの兆しは見せているが、なにしろソティナルドゥ教はこの世界の半分の人が信仰している。塔の研究者はもちろん、学生にもたくさんの信者がいるので必須の施設といえよう。


「当初は、学校内の信者が管理していたらしいのだけど、ここ数年は教会から人材が送られてくるらしいわ……とは言っても、ここは辺境あつかいでしょうけれど」


 ここに来るのは、出世から縁遠い人材ということだろう。

 この場所では、ほぼお祈りだけしかできない。説教も月に一回のみ。学生が少ない休暇時には、完全に締めること。派遣される教会職員の任期は一年ごとで随時変更すること、人数は司教、または準司教を一人と手伝いを数人のみ、と制限が設けられているらしい。

 どの世界でも長く居座るとろくなことがないので、当然の配慮だ。

 他の条件はなく、種族の括りもないらしい。現に今ここに派遣されている司教は人族とのことだ。どうやらここにくる前にも、転々と各地に飛ばされている人材とのことだった。


「へえ……」


 すると、それまで僕の首元で居眠りしていたペシュが小さく鳴いて、警戒を示した。


「……どうしたの? ペシュ」


 髪の隙間から首まで出して、チチッともう一度鳴いた。

 何気なくその方向をみて、思わず固まった。白装束の女性の背後から、一人の小太りの男性が姿を現した。同じような長衣ではあるが、明らかに女性とは違い銀糸をあしらった肩掛けが上位の位を表している。


「あの時の……大司教!?」


 同じように気が付いたカエデが、叫ぶように、けれど思わず口を押えたので、辛うじて抑え込んだ声で反応した。

 向こうもこちらに気が付いたのか振り向いたようだ。けれど、気が付いているのかいないのか、すぐに踵をかえして扉の向こうに姿を消した。


「なに? 誰? 教会の人、だよね?」


 ニーナとアリスが、茂みの向こうの教会と僕達を見比べるようにして聞いてきた。


「前に話たことあったと思うけど、こっちでちょっとゴタゴタした時にイチャモ……ちょっとトラブルがあった人なんだ。でも、あの人って確か大司教だったよね? ここに派遣されるのって、ニーナの話だとよくて司教クラスってことなんだよね」

「……そのはずなんだけど、私もちょっと聞いただけの話だだから」


 もしかすると降格か、それとも異動とか、そんなことがあったのかもしれない。

 乙女の懐柔に失敗し、麒麟の怒りを買い、騒ぎを大きくした教会としては、何らかの対応を迫られたに違いない。騒ぎの張本人であるはずの帝国は、なんだかんだで頬かむりしてさっさと手を引き、知らぬ存ぜぬを押し通したのだと、お祖母様が呆れていたのを思い出した。

 教会の真意はわからないが、ある地点から、明らかに帝国の意図とは別の思惑が動いている気もした。

 ともかく粘着質に絡まれたのを覚えている。

 ――チラッとしか見えなかったし、薄暗かったから人違いかもしれないけどね。


「あっ、そういえば」


 急に思い出して、僕はカエデを振り返った。


「え? な、なに、どうしたの。リュシアン」

「今更だけど……ごめんカエデ、僕の気が利かなくて。せっかくこっちに来たのに、里帰りしてないよね?」


 いきなり謝った僕に、カエデは慌てて「そんなこと!」と首を振った。


「こっちには遊びに来てるわけじゃないし……それにリュシアンは忙しかったんだもの、気にしないで」


 こちらに着いた時に手紙を書いたということなので、ひとまず安心した。なんだかんだで僕もテンパってたんだなと改めて思った。

 僕がちゃんと本来の手順で魔法を使えたら、すぐにでも連れて行ってあげられるのに、と少し残念にも思った。今の状態では、従来通り双方に巻物がないと僕には転移魔法が使えないからだ。

 まあ、でも……昨日までの実験で少しは前進している、と思うんだけどね。

お読みくださりありがとうございました。

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