秘薬
弾き飛ばされた椅子を、ユアンはわざわざ戻してくれて座るように促した。無意識にそれに従って、僕はストンと腰かける。
意識はなかなかノートから離れなかった。
「やっぱり、君にもそう読めるかい? でも直訳すると、蘇る身体になっちゃうんだけどね」
「え……? あ、いや……あれ、そうなるのかな」
そう言われれば変な言い回しだ。
身体が蘇る、で蘇生という意味で解釈したが、この場合「命」や「魂」の方がしっくりくるような気がする。
ユアンが何気なく言った言葉に、僕は頭を殴られたよなショックを受けた。
もしこれが、生き返るという意味でないとしたら、それは即ち文字通りの意味となる。
「本当にそうなら、これは……」
※※※
僕の想像が正しいとして、一つの可能性を見出すことが出来た。
飽くまで希望的予測ではあるが、あの薬は蘇生薬ではなく、欠損部をも修復する外傷薬なのではないかと考えた。
ユアンの話によると、先祖はかなり有名な薬師として名を馳せたそうだ。あの文字からも示されるように、もしかしたら、それは今の魔界と呼ばれる地で……。
書物でも確認したように、魔法でも同じ作用のものが開発されているのだ。錬金薬でそれを試そうとした薬師がいても不思議はない。
ただ、このレシピは完成品とは限らない。開発段階だとしたら、成功するとは限らないし、思ったような成果が得られない可能性もある。
「これを基に、薬の調合を試して構わないと、ユアン先生に許可を貰った」
ここは、薬草畑にある小屋の中。
チームが全員が座れるように、大きめのテーブルセットが部屋の真ん中に置いてある。以前は、ほったて小屋で今にも崩れそうな小さな作りだったが、今では小型のキッチンと、暗室にもなる調合室を完備している。
校舎からもっとも遠い、不便かつ整備されていない畑を、一から使えるようにするのにはかなり苦労したが、それでも今では、どこよりも快適な場所になっていた。
そして、そのテーブルの向かいにはニーナが座っていた。
「……お兄様の、足が治るの?」
彼女は、手元の小さなメモを見つめてうわごとのように呟いた。
「ごめん、断言はできない。それが僕が思った通りの薬だという確証もないんだ」
ちなみにメモには、魔界言語で幾つかの材料が書かれているが、もちろん全部ではないし、作製手順も書かれてはいない。ニーナに頼みたいことがあって、その部分だけ許しを得て、書き写してきたものだ。
固まったように動かないニーナに、僕は説明を続けた。
「素材集めのために、ニーナお願いがあるんだけど」
「……え? あ、うん。も、もちろん構わないわ。私にできることなら」
「一つ、エドガーに秘密の共有者になって貰うのを許可して欲しい」
「……っ!」
彼女が、息を呑むのがわかった。躊躇うように視線を動かして、けれど僕と目が合うと唇を引き結んだ。
「エドガーは、もちろん信用に値する人よ。でも、本当はこれ以上秘密を知る者を増やしたくないわ……」
「わかってるよ、ただ……」
「それもでも、リュシアンがそう言うからには、どうしても必要なことなのでしょうね。私の答えは、常にかわらないわ。リュシアンを信じてる」
「……ありがとう。あとで詳しく話すけれど、エドガーの協力は不可欠なんだ」
僕が重ねて言うと、ニーナはコクリと頷いた。
「あと一つ、そこにも書いてあるけど、それら素材について学園長に頼んで欲しいことがあるんだ」
「……この素材? ああ、ここに書いてある……鉱石と、あと何かしら、これ」
五十階以上のダンジョンで採掘される鉱石と、レアモンスターのドロップ品。普通なら、かなり苦労しそうな材料だが、実はこれにはユアンが心当たりがあると言ったのだ。
「学園長に、あるダンジョン探索をスムーズにするための、橋渡しをお願いしてほしいんだ」
それは以前、僕達が成長の過程を目撃した記念すべき初ダンジョン(魔界のダンジョンは例外として)、学園近くのダンジョン実習に使われた、例の地下ダンジョンだった。
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