来客
カエデが朝食を終えると、アリソンさんは僕達に食後のお茶を出してくれた。
チョビやペシュたちのご飯も先ほど貰ったので、空いている椅子で、今は二匹並んで食べていた。チョビは朝採れの新鮮なみずみずしい野菜、ペシュは洋梨に似た柔らかい果実である。
乙女の恩恵なのか、アリソンさんの畑にはいつも新鮮な作物が育っていた。
「じゃあ、乙女なら井戸の浄化もできるんだ」
「みたいだね……だけど、絶対にいや! って言ってたけど……」
湖に流れ込む汚水を乙女が浄化していると聞いた時、僕は村の井戸も浄化してくれるようにお願いしてみたのだが、……その答えがそれである。
自分たちで汚したんだから、自業自得だろうと。うん、正論だよね。ぐうの音もでないというやつだ。
「そっか、リュシアンが乙女と会話できるってことで、何らかの解決策があるかとも思ったけど、難しそうね」
カエデは肩を落としたが、アリソンさんは「乙女と意思疎通が叶っただけでも大きいわ」と僕にお礼を言った。実を言うと村に住んでいるカエデの一家は、ここの作物を食べることによってかなり状態が良くなっているのだ。村とは少し距離があるため、生活で使う水のすべてをここから家に運ぶのは大変だが、食事に使う材料を、ここで採れたものだけにすることはできた。それだけでも、かなりの回復が見られたのである。
乙女がここの水を浄化していると知って、その対処が間違ってなかったと確信が持てたとアリソンさんは胸を撫で下ろした。本当は水も全部運びたいところだが、呪われた水と言われているものをわざわざ運んでいると、また何を噂されるかわかったものではないと複雑そうだ。
「それなんだけど、乙女……リィヴがね」
僕がそう言いかけた時である、いきなり扉を叩く音が聞こえた。コンコン、というよりドンドンと荒っぽい叩き方だ。
確かにここは冒険者ギルドでもあるけど、今は閑散期でダンジョンには誰も居ないはずである。フィールドクエはいくつか掲示板に貼ってあるが、誰も受けていないと言っていた。
アリソンさんが扉の前に立つのとほぼ同時に、待ちきれなかったのか、いきなり扉が大きく開いた。ノブを掴んだ手を危うく扉に持っていかれそうになって、アリソンさんは慌てて手を離した。
何事かと僕達も腰を浮かせたが、そこに立っていたのは普通のおじさんだった。あえて言うなら、ちょっと感じの悪そうな、と注釈がつくかもしれない。
「村長さん。まあ、どうなさったの? そんなに息を切らして」
どうやらその人はこの村の村長だったらしい。中に迎えたアリソンさんにふんと鼻で答えて、ずかずかと入って来る。僕に目をやり、またしてもふん、と鼻を鳴らした。そこまできて、僕はハッと息を呑んだ。
――あ、カエデ……!
慌てて振り向いたが、既にそこにはカエデはおろかゾラさえいなかった。
たぶん、扉が開いた瞬間にカエデごとゾラは身を隠したのだろう。その辺には居ると思うが、相変わらずぜんぜんわからない。
村長は、そのまま中央のテーブルまで歩き、勧められもしてない椅子にドカッと座った。アリソンさんが言うように、まるでマラソンでもしてきたかのように汗だくでゼイゼイと息を切らせている。
「……ったんだ」
長い息を大きく一つ吐いて、彼はぼそっと呟いた。掠れた声で良く聞こえず、アリソンさんがキョトンとすると、イラついたように首を振ってバンッと腿を叩いた。
「迷ったんだよ、ここへたどり着くまでたっぷり一時間以上な!」
「え……村からおいでになったんですよね?」
村からここまでは一本道だ。僕も昨日歩いたけど、普通ならどうやっても迷うことのない道筋だ。割と距離はあるが、少なくとも一時間もかかることなどない。
そうなれば、もう誰の仕業か考えるまでもないだろう。
「お一人でいらしたんですか?」
そこそこいい歳のおじさんが、モンスターも徘徊する林を一人で歩いて来たのかと、アリソンさんは心配して聞いたのが、彼はまたしてもふんと鼻を鳴らした。
「……そ、そんなことはどうでもよろしい」
その口調から、たぶんゾロゾロ若い衆でも連れてきたのだろう。バツが悪そうに、何度も咳ばらいをした。なにをしに来たのか知らないが、少なくとも相手を威圧するための人材を用意していた様子である。
どうやら途中で、不可思議な力によって一人、また一人といなくなったようだ。
話し合いには、彼一人いれば済むと判断されたようである。――彼女に。
「アンタに頼みたいことがあって、こうしてわざわざ足を運んだんだ」
お願いに来たにしてはかなり態度が大きいが、アリソンさんは慣れたものでちょっと苦笑して肩を竦めた。
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