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それぞれの思惑

 魔境の魔物を、屋敷へと向かわせる。

 それがピエールに与えられた任務だった。腰にぶら下げた匂い袋を、無意識に手で確認する。魔境に至るこの森の奥地から、順に道しるべのように落としながらモンスターを誘導するのだ。

 もちろん彼は自分の命が危ないことも承知していた。それでも主人の命令には逆らえない。

 彼は契約に縛られた奴隷だった。

 しかも、家族奴隷……この依頼を断れば、妹の命がない。むろん、そのような奴隷の扱いはこの国の法律では許されていない。

 しかし、そんなことを言っても始まらないのだ。

 そしてつい先日までは、命をかけてもこの使命を果たそうと思っていた。


 でも、ピエールは迷っていた。

 教会の魔力検査の同行人としてターゲットを確認、その後、しばらく彼を監視していた。

 標的だと教えられた少年は、聡明そうな碧の瞳が印象的だった。

 伯爵家の三男坊、知っていたのはそれだけだ。

 なぜこんな小さな子供が命を狙われるのか、奴隷風情の自分などには知る由もない。ただ確かなことは、これから引き起こす事態によって彼の命が失われるかもしれないということだ。


 さらさらの金髪を顎のラインで切りそろえ、ふくふくとした健康そうな手足に、血色のいい綺麗な肌。見た目はいかにも坊ちゃん然としていたが、なんというか妙に大人びた不思議な少年だった。

 身分の高い人間などみんな同じだと思った。

 だからこの依頼だって、家族の為ならなんの痛痒も覚えないと思っていた。

 空の瓶をポケットから取り出す。

 妹はずっと体調不良を患っていた。まだ幼い妹は、奴隷になった環境の変化と過剰労働のせいで身体を壊してしまったのだ。

 それでも主人は彼女を虐げ続けた。本当に、このままでは死んでしまうと恐ろしくなった。


 ……藁にもすがる気持ちだった。

 小さな子供が作った薬だとか、聞いたこともないような作用だとか、そんなことはどうでもよかった。なぜかこれで助かる、まるで天啓のように感じたのだ。

 それだけ追い詰められていたのかもしれないが、貰った薬を寝込んでいた妹に与えると、身体が嘘のように楽になったといって今朝には起き上がっていた。

 数か月ぶりに食卓を飾った肉料理も、喜んで食べていた。

 彼女の笑顔を見たのは、果たして何年ぶりだっただろう。

 同じ生活をしていれば、また妹は倒れるかもしれない。

 だからこそ、この仕事を引き受けたのだ。なにより、成功させれば妹を奴隷から解放して学校へも行かせてくれると約束してくれた。すべて鵜呑みにするほど馬鹿ではないが、断れないのも事実なのだ。


 もうすぐ夜明け。

 ずっと森に潜んでいたピエールの髪は、夜露で濡れていた。

 ……俺は、何をしているのだろう。

 命の恩人ともいえる人を、こうして命の危険にさらそうとしている。

 妹を、俺を、虐げる主人の為に。

 

 夜闇に紛れて、幾人かの仲間が来た。仲間というか、恐らく俺が裏切らないように監視させるためと、#無事__・・__#おとりになるのを見届ける男たちだ。


「準備はいいか?ちゃんと、強そうなの引き連れて来いよ」


 俺が何も言わないでいると、にやけた顔で剣をすらりと抜いた。


「わかってるな、逃げたら…、どうなるか」


 唇をかみしめて、下を向いた。その態度が気に入らなかったのか、剣の柄でいきなり額を打たれた。思わず倒れこんだところに、追い打ちで蹴りが入る。

 苦しそうに身を丸めた俺の姿に、彼らは心底楽しそうに笑った。

 なにがそんなに楽しいのか、ピエールにはさっぱり理解できない。こいつらには何を言っても、言わなくても、常に暴力を振るわれるのだ。

 もう、そういうものだと諦めていた。

 用は済んだとばかりに、彼らはゲラゲラ笑いながらこの先の伯爵邸のほうへ歩いていった。


(まったく、何をしに来たんだって話だ!)


 のろのろと身体を起こしながら、吐き捨てるようにそう罵った。そして、ゆっくり立ち上がりながら自らをも罵る呟きを漏らしていた。


「本当に、俺…何やってるんだ」


※※※



 今日が謹慎最終日。

 完成した魔法陣用の巻物を、リュシアンは満足そうに見ていた。

 背脂の質は申し分なかった。素材剥ぎが、的確かつ丁寧だったからだ。


 ピエール――リュシアンを監視していた少年…、間違いなく今までの暗殺に関係のある人物が、どこか遠くで糸を引いている。それがわかっていても、今はどうすることもできない。

 もし彼を排除したところで、黒幕は痛くも痒くもないだろう。糸を辿る前にあっさりと切ってしまうのがオチだ。

 憂鬱になりそうな気持を振り払うようにゆるく頭を振った。

 綺麗に装丁された巻物を広げて、さっそく魔法陣を念写してみた。ぼんやりと光りながら紙に定着した魔法陣に、リュシアンは念入りにチェックを入れる。裏映りしてないし、すごくノリもいい。

 とりあえず初級の攻撃魔法をいくつか作ってみた。きちんとした資料には、残念ながら初級魔法の魔法陣しか載ってなかった。

 まあ、難しそうな分厚い本には、まるでネタのようなものすごい魔法陣が載っていたが、あれは伝説(眉唾)に近い。だって、五連魔法陣なんだよ…、火属性超級魔法らしいけど、加えて言うなら世の中にはもっとすごいのもあるらしい。

 カバンに巻物を仕舞いながら、ふと先日のことを思い出していた。


 ピエールの妹は、平民には珍しく中程度の魔力があるらしい。

 あの大冒険の帰りの道すがら、少しだけピエールの家族のことを聞いた。

 両親は数年前に亡くなったという。はっきりとは言わなったが、残された妹と二人、それでやむなく奴隷になったのだろう。

 魔力を持っている妹を王立学校へ行かせたい、そう、彼は言った。なんでも魔力持ちなら、奨学金を受けることができるというのだ。

 王立の初等科学校は、発掘された人材を早いうちから取り込む準備をする機関だ。基本的に貴族が通う教養科とは違って平民も多いのもそのためである。

 そうは言っても、おそらく奴隷の入学は難しいだろう。もちろんピエールもそれをわかってないはずがない。

 無茶なことに足を突っ込んだのは、案外そんなとこが原因なのかもしれない。

 

(……初等科学校か。いいな、僕も行きたい)


 なにしろ貴族ばかりの教養科は、なんだか面倒が多そうで気が重いのだ。リュシアンは本気でそう考えて、ほとぼりが冷めたら父親に相談してみようと思った。

お読みくださりありがとうございます。

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