対価と謹慎
これは対価である。
黙々とオークモドキを解体している少年を、じっと見つめながら己を納得させるようにリュシアンは頷いた。
なんでも自分でやらないと、と決意した矢先、こうしてピエールに解体を任せているあたり情けないが、人間すぐにどうにかなるものでもない。
(うう、だってまだ殺生は厳しい……)
本当はオークモドキを運ぶのを手伝ってもらおうと思っていたのだが、意外なことにピエールは解体作業ができるとのことだった。しかもモンスターから助けてくれたお礼だからと、自らその役割を買って出てくれたのだ。冒険者ギルドの下働きとして、こうして解体などの作業で小銭を稼いだりしていたらしい。
少し話してみると、本来とても快活な性格なのかすぐに笑顔が垣間見えた。
本来はこうして、ごく当然のように人の手助けできる優しい少年なのかもしれない。
だからこそ、リュシアンは少し心配になる。
彼が足をつっこんでいるだろう、今の危うい現状に。
むろん好きでやっているわけではないのかもしれない。奴隷なら主人の意向なら逆らえないだろう。
余計なお世話なんだろうけど、見るからにお人よしそうな彼に対しての老婆心というやつだ。
「終わりました、これですよね、背脂」
「手際がいいね。ありがとう、ピエール助かったよ」
お礼を言うとすごく驚いた顔して、激しく首を振ってうつむいた。めっちゃ照れてる。たぶん、正当に評価されたことがないんだろう。
この辺の心理は、実のところよくわかる。前世で同じような思いをしたことあるからだ。リュシアンが、ピエール少年に肩入れしてしまいそうになるのはそのせいなのかもしれない。
受け取った背脂を、持ってきた紙で三重くらいにくるんでリュックのポケットにしまう。
リュシアンは、バンの中身を盛大にぶちまけたことを思い出して、モンスターに襲われたあの場所に戻らなくてならないと立ち上がる。なにもかもを放り出してしまったから、瓶に入った薬とかがちょっと心配だった。
余裕がなかったから、かなり乱暴に扱った自覚がある。
「あ、あの…」
「ん?」
ほとんど空になっている肩掛けカバンを覗いていたリュシアンに、もごもご口を動かしていたピエールが意を決して話しかけてきた。
「このオークモドキの肉…、どうするんですか?」
「……肉?あ、そうか、うーん、そうだね」
思いがけない角度からの質問に、リュシアンは一瞬なんのことかと思った。それはそうだ、背脂だけ取ってあとは知らないじゃ、オークモドキも浮かばれないというものだろう。
とはいえ、ポシェットは今から拾いにいく荷物でパンパンになってしまうだろうし、リュックは背脂とツリーの皮ですでにいっぱいである。
オークを捌いたナイフを拭いていた少年は、そんなリュシアンにぐるんっと身体を向けた。
「あ、あのっ、ずうずうしいお願いですが、貰ってもいいですか?」
「えっ、ホントに?いいよ、てか、ありがとう。このオークモドキも報われるよ」
渡りに船のその言葉に、リュシアンは助かったとばかりに頷いた。
勢い余って前のめりになっていたピエールは、自分で聞いておいて思わずぽかんと口を開けた。
肉を包むのに丁度よさそうな大きな葉をピエールに渡すと、リュシアンは荷物を拾ってくると言ってさっさとタイガービーに襲われた場所へ歩いて行った。
残されたピエールが、戸惑いにも似た複雑そうな表情でそれを見送っていたことはもちろん知る由もない。
「よかった、瓶、割れてないや」
獣道の脇、草むらの境目あたりに転がっている小さな瓶を慎重な手つきで拾った。蓋もしっかり閉まっているので中身もこぼれてない。
あたり一面に散らばっている素材たちは、踏み荒らされていたので状態の良さそうなものだけ拾い集めていくことにした。
「それは…、まさか薬?」
肉を包み終わって、ピエールがいつのまにか荷物拾いを手伝っていた。
「ん?そうだよ、でも僕が作ったやつだから、正規のものじゃないけどね。これは回復薬。傷薬もあるよ」
「……回復、薬」
透明な青い液体の入った瓶を、穴が開くくらいじっと見つめている。
興味があるのかなとも思ったが、どうやら違うらしい。
「これが欲しいの?」
「あっ、はい!…い、いえっ!」
どっちつかずの返事にリュシアンは苦笑した。おそらく、とっさに飛び出した最初の言葉が本音だと思われた。
「……この回復薬は徐々に体力を回復するんだ、傷薬とちがって傷は治らないけどね」
何も聞かずに、リュシアンは付け加えるように説明して、その瓶を少年の手のひらに乗せる。とっさにピエールはギュッと掴んでしまい、すぐに思い直したように慌ててリュシアンに押し返した。
「それは解体のお礼だよ。すごく助かったから」
カバンからもう一本取り出して合わせて二本、それをもう一度ピエールの手のひらに戻す。
これは正当な対価だから、そう言うと、躊躇いながらもようやく受け取った。
ひどく大事なものを持つように胸に抱え持って、ピエールは深く頭を下げた。それは土下座なんかよりずっと心からの気持ちがこもっていると思った。
※※※
リュシアンが屋敷に戻ってきたのは、すっかり日も暮れて星の瞬く頃だった。
まさに捜索隊が結成されようかという、とんでもない騒ぎになっていた。
そして生まれて初めて、リュシアンは優しい母が怒るのを目の当たりにした。あまりの形相に思わず叩かれるかと身を縮めた瞬間、潰されるかと思うくらい抱きしめられた。泣きながら怒る母の姿に、めちゃくちゃ反省したのは言うまでもない。
初めての大冒険は、こうして大波乱のうちに終わったのである。
そしてもちろん、やったことへの対価は支払わなければならない。
父親によって、一週間の謹慎を言い渡された。
屋敷の外へは一切出てはいけないと厳命されてしまった。薬草園にも行ってはいけないと。
リュシアンは結局、書斎にこもっていた。
ただ、せっかく集めた素材を無駄にするのはかわいそうだと言って、アナスタジアは錬金に必要な道具を書斎の隅に設置してくれた。大掛かりなものは無理でも、紙の精製くらいならギリギリできそうだ。
あんなに心配させたというのに、母はどうしてもリュシアンに甘いのだ。
錬金の傍ら、冒険者向けのモンスター解体の本なども読んだ。記憶はできても、こればかりは実地で覚えなくてはどうにもならない。とりあえずは知識だけ詰め込むことにした。
一週間もあったが、勉強と錬金であっという間に時間は過ぎていった。
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