二十四、辿り着いた場所
深夜と言っていい時間だった。
ずぶ濡れでうずくまっていた下野薫を、加藤小春はとりあえず家に上げた。
髪や服はタオルで拭いても拭ききれないぐらい濡れていたので、仕方なく小春を薫にシャワーを浴びさせた。
濡れた服は乾燥機に突っ込み、代わりに薫の部屋着を用意する。
シャワーを終えた薫は、髪は結ばずロングヘアのままでまるで別人のようだった。
唯一、眼鏡だけが薫であること主張していた。
「でっ? なにがあったの?」
リビングのソファーに座った薫の前に陣取った小春は、聞いた。
「…………」
しかし、薫は絶望した様子でなにも答えない。
さっきからズッとこの調子だった。
もしかしたら、小春の声が届いていないのかもしれない。
「……ったく」
埒があかないので、スマホを取り出した小春は、メッセの通話機能を使った。
『小春?』
するとすぐに通話の主――――塚田純希が出た。
「まだ起きてた?」
『そろそろ寝ようかと思ってたんだけど……』
小春の問いに、既に眠気が襲ってきていた純希は正直に答えた。
「ちょっと厄介な荷物引き取っちゃってさぁ……今からこられる?」
不本意そうに小春は聞いた。
『うん、いいけど』
純希は即答した。
小春の物言いで、眠気もいっぺんに覚めた。
「じゃあ、お願い」
それで小春は通話を切った。
(委員長は前に、純希のことは大嫌いって、言ってたけど……)
小春は思案した。
(雨に濡れながら、純希の家まで来たってことは……)
そして、予想する。
(まだ、純希への想いが残っているからかも……)
それが当たりなら、純希には心を開いてくれるかもしれない。
そう思って純希を呼んだのだ。
ちょっと、シャクだったが。
すぐに、玄関の方で人の気配がした。
どうやら、塚田家の部屋の脱出は無事成功したらしい。
「荷物ってなに……」
リビングに入った純希は、言いかけて息を止めた。
「委員長!?」
それからソファーに座る薫を見て、驚きの声を上げる。
「雨に濡れて、純希の部屋の前に座り込んでいたんだよ」
驚きのあまり放心状態になった純希に、小春は説明した。
「なにがあったの?」
それで意識を取り戻した純希は、小春に聞いた。
「それが、あたしだと黙りで……」
小春は肩をすくめる。
それを聞いて、純希は薫のところに近づいた。
そして、薫と視線を合わすように、膝を折り座り込む。
「塚田……?」
そこで始めて薫は純希の存在に気付いた。
「塚田ぁ……」
薫の瞳から涙が零れる。
「どうしたの?」
純希は優しく語りかけた。
「ゆっくりでいいから、順を追って話してみて」
「ぐすっ……うん……ぐすん……」
純希の柔らかな言葉に、薫は嗚咽しながら語り始めた。
神谷海斗に恥ずかしい動画を撮られたこと。
それをネタに肉体関係を迫られ、実際にしたこと。
媚薬を使われ、理性が飛んだこと。
海斗が後輩を集めて、売りを始めたこと。
父が小春のことをまだ買っていたこと。
薄々感づいていたが、母が浮気をしていたこと。
「ちょっと待って」
そこで小春が口を挟んだ。
「委員長のお父さんは、もうあたしを買ってないよ」
そして、教える。
「動画流失のときに強制退会させられてる」
「でも、スマホには確かに加藤の写真が……」
戸惑う薫に、小春はあちゃーという顔をした。
「実はこの前、委員長のお父さんにストーカー行為をされたんだよね」
それから小春は言いにくそうに説明した。
「そうなの!?」
その話は初耳だったので、純希は驚いた。
「銀兄ぃが丸く収めてくれたはずだったけど、まだ諦めてなかったんだ……」
小春は、苦虫を噛みつぶしたよう顔をした。
「それで、委員長はどうしたいの?」
あくまで優しく、純希は聞いた。
「もう……家には帰りたくない……」
薫はポツリと言った。
「神谷先輩とも関わりたくない……」
「そっか……」
その答えに純希は頷いた。
「小春」
純希は真剣な目で小春を見た。
「ん?」
その眼力に圧倒されながらも、小春は首を傾げる。
「小春の事務所で委員長を保護できないかな?」
「えっ!?」
純希の提案に、小春は驚いた。
小春の事務所は、元々、あこぎなヤクザの下で売春を強要されていた小春の母、加藤昌美を保護するために設立された。
その噂を聞きつけた女の子たちが次々に保護を申し入れ、今みたいな大所帯になったのだ。
「今回の委員長のケースも保護の対象にならないかな?」
「うーん……」
小春は、純希と薫の顔を交互に見ながら悩んだ。
正直、小春は乗り気ではなかった。
薫との因縁もある。
それに不特定多数の男性とすることは、けして簡単ではなかった。
「もし、事務所で保護すると、委員長も仕事をすることになるけど、それでもいいの?」
なので、小春は抵抗してみた。
「……構わないわ……どうせもうわたしの身体は汚れちゃったし……」
薫はうなだれながら、応えた。
「それに自立するには、お金も必要だし……」
そして、付け加える。
「うーーーん」
薫の決意を聞いて、小春はさらに悩んだ。
「小春」
期待の目で純希は聞いた。
「わかった」
こうまでして純希に頼まれては、小春も断れない。
「とりあえず、銀兄ぃに聞いてみるよ」
それでいい? と純希に目配せした。
純希はコクッと頷いた。
スマホを取り出して、メッセの通話機能で、剣銀治郎を呼び出す。
『どうした?』
夜遅い時間だったが、銀治郎はコール一発で出た。
「実は……保護してほしい娘がいるの」
と、切り出した小春は、事情を説明した。
『話はわかった』
最後まで聞き終えた銀治郎は、いつもの固い口調で応えた。
『代表と相談してみよう』
「ありがとう、銀兄ぃ」
それで通話は終わった。
「代表と相談してくれるって」
小春は結果を純希に報告する。
「なら、あとは明日だね」
頷きながら純希は、ホッと胸を撫で下ろした。
「今日はお母さんの寝室で休んで」
「……加藤のお母さんは?」
小春の言葉に薫は首を捻った。
「入院中」
それに小春は、なんでもないような言い方をする。
(だから、仕事を……)
小春が母子家庭であることは知っていた。
一年生のときに純希の情報を集める課程で得たのだ。
寝室は主がいないにもかかわらず、誇り一つなく清掃されていた。
仕事のない日に小春が掃除しているのだ。
いつ母が帰ってきてもいいように。
「じゃあ、おやすみ」
薫がベッドに入ったのを確認してから、小春は部屋の灯りを消した。
眠りにつこうとした薫だったが、目がさえてなかなか眠れなかった。
身体は疲れているのに、それでも眠れない。
何回も寝返りを打って、薫はベッドでもがいた。
そうしているうちにトイレに行きたくなった。
「はぁ…………んっ」
トイレに行こうと小春の部屋の横を通り過ぎたとき、薫は小春の喘ぎ声を耳にした。
いけないと思いつつも、ドアをソッと開けて薫は中を覗き見た。
「!?」
そこでは純希と小春が、行為に及んでいた。
(なんだ……やっぱりつき合ってるじゃん)
薫は思った。
だが、自分でも驚くぐらいに心は平穏だった。
(こんなこといけないのに……)
本当はすぐにでも立ち去るべきなのだろうと思った。
けれども、二人が行為から目が離せなかった。
薫はソッと胸に手を伸ばした。
♢♦♢♦♢♦
「はぁ……はぁ……はぁ……」
行為が終わり、純希は荒い息で小春の横にな転がった。
すると、いつのなら余韻に浸っている小春が突然、起き上がる。
裸のまま、ベッドを下りてドアへと向かう。
そして、躊躇無くドアを開けた。
そこには、絶頂の余韻で呆けている薫がいた。
「委員長!?」
純希は驚いた。
「覗き見なんて、いい趣味してるわね」
腕を組んだ小春は、薫を詰問した。
「こ、これは……」
まだ頭が回りきって折らず、薫は言い訳を思いつけなかった。
「……嘘だったのね」
ようやく、それだけ絞り出す。
「何の話?」
薫の言葉に小春は眉を顰めた。
「加藤とはつきあってないって言ったのに……」
感情のブレで薫は涙目になった。
「そっ……!」
「つき合ってないよ」
純希がなにか言おうとしたのを遮って、小春は答えた。
「あたしたちは、ただの幼なじみだよ」
そして、言い切る。
「あっ、でも、してるから、ただの、ってことはないか」
だが、すぐに発言を修正する。
「そういういこともする、幼なじみだよ」
「それって、セフレじゃ……」
小春の言い分に、薫は唖然となった。
「そうかもね」
小春は薫の指摘を否定しなかった。
「あたしは、純希とするのが好き」
小春は今度こそ言い切った。
「だから、してるの」
そして、鋭い口調で薫を刺す。
「いけない?」
「…………」
それを聞いた薫は、地味にショックを受けた。
「……」
小春にそこまで言われてなにも言えなく言えなくなってしまう。
「つ、塚田はそれでいいの?」
なんで、薫は矛先を変えた。
「いいんだ」
動揺を悟られないようにしながら、純希は答えた。
「僕も小春とするのが好きで、してるんだ」
「加藤が他の男性としてても?」
「それでも、だ」
純希はハッキリとした口調で宣言した。
その結論ならもう出ている。
「そうなんだ……」
それを聞いた薫は、一応、納得して見せた。
だが、頭の中は未整理で、いろいろな思いが飛び交っていた。
(それって、恋人とは何が違うんだろう?)
フッと思う薫だった。




