第三話「テスト」
「はーい、テスト終了ー! 皆の衆お疲れであった!」
『よっしゃー! 終わったー!』
時代を間違えた担任のコールの後に随所から聞こえてくるそんな声。
ふぅ……。俺も一息吐く。
やっと終わった……。一日五時間連続を二日間の計十時間テストは過酷だった。精神力、身体力、共に限界値だ。
こういう時は、さっさと帰って、寝るに限る。ふかふかのベッドが待ち遠しいぜ。
「えー、このテストは月曜日までに採点して、点数をインプットしておくから。勿論一教科でも赤点を取ったものは補修だから覚悟しておいてねー」
赤点って。確かに中学と比べれば格段にレベルの高いテストだったが、この高校に入れる実力を持っているのにこの程度のテストで赤点取る奴なんかいるわけないだろ。
「あっ、それと月曜日の午後からは大会に向けて、実戦練習を行いまーす。ということで、楽しみにしとけば良いんじゃないかな」
『よっしゃー!』
やっとか。俺の能力が知れるのもそうだが、いきなり戦闘が出来るってのは嬉しい。こんなに学校が楽しみだと思ったのは久しぶり、いや、初めてかもしれない。
――って、そういえば俺のスマートギアのメンテナンスはすんだのだろうか。昨日はまだだと言われたが。
終わったら聞いてみるか。
「ということで、解散! じゃあ皆、また再来週の先週会おうぞ!」
なに、その漢文並に遠回りな言い方。等と考えたのは俺だけなのか、皆ある程度出来始めてきたグループでさっさと帰っていく。
じゃあ、俺も帰るとするか。
「叡、一緒に帰ろっ!」
と思い、席を立とうとしたところで憧に声を掛けられた。
んー……まっ、もう何度か一緒に登下校した訳だし今更断る理由もねえか。
「そうだな。一緒に帰るか」
「うん!」
「あっ、でも俺、担任にスマートギアの件で話あるけど、とうする?」
「なら、私ここで待つよ!」
「そうか。分かった。多分すぐ終わる」
「了解!」
ニシシといった笑顔で敬礼をする憧を見送って俺は席を立つ。
そしてそのまま教卓でまだ何か作業をやっている担任の元に向かう。
「先生」
「んっ、吉川君「吉野です」えっと、何かしら……って、ああ。スマートギアの件ね」
「はい。メンテナンス終わりましたか?」
「ええ。終わったわ。でも、テストで忙しくて返すの忘れてたの。ごめんね」
そういって、ポケットから取り出したスマートギアを手渡してくる。
なんの保護も無しにポケットに入れっぱなしって、一応預かった身としては扱いが雑過ぎではないだろうか。
「ありがとうございます。で、どうでしたか?」
「――それが、面白いことになったわ」
「えっ、どういうことですか?」
面白いこと? やはり壊れていたのか? もしかして、それを聞いた時の俺の顔でも想像して楽しんでいるのだろうか。
と多少本気で疑念を抱いた俺だったが、次に担任が放った言葉は全く予想していなかったものだった。
「……無かったのよ。全く不備が。点数も、スマートギアも」
ニヤッと怪しい笑みで言う担任。
不備が無い? それはおかしいだろう。
「じゃあ、昨日のあれは何だったんですか!? 点数表示は出ないわ、魔法は発動しないわでしたが」
腕は動かしたし、イメージもし続けたのにだ。
「そうね……。確かに昨日のあれはおかしかった。だから、この場合考えられる可能性は二つ……。その内一つは、単純に微塵も無いあなたのセンスにスマートギアが対応しきれず発動に失敗し、尚且つその影響でシステムエラーを起こしたというものだけど、このシステムは点数さえあれば魔法の発動自体は初心者でも容易なうえに、それなら私のもエラーした理由が説明出来ない。だから、その可能性は薄い――となると残された答えは一つ……」
ちょくちょく言葉に棘があるよな、この人。なんていうのも思ったが、今はそれは良い。
担任は嫌らしい間をたっぷり作ってから、再び口を開く。
「――単純にあなたの能力によって、という線よ」
どれくらいかかっただろうか。その言葉を理解するのに。
聞いた時、俺は一瞬自分の耳を疑った。いや、理解した今でもまだ、受け入れられない。
「あっ、あれが俺の能力……だと!」
何だ、それ!? 水とか炎とか、そんな派手な能力を期待していたのに……何っ、まさかのエラー表示誘発能力って! 利便性無さすぎだろ。
こんなに絶望という言葉を体感したのは初めてだ……。
「今のところ、その可能性が高いわね。それだと、魔法が発動出来なかった理由も、既に発動していたから、ということで説明がつくわ」
「…………」
「そんな明らかに落ち込まなくても……。まだそれが全てと決まった訳では無いわ。ひょっとしたら、能力の一部かもしれないじゃない。それに、私は面白いと思うけどね、君の能力。スマートギアに直接影響する能力なんてシステム導入以来初よ。聞いた時はびっくりしたわ」
初、というのは少し特別な感じがして嬉しくなったが、それでも冷静になると、期待していた派手さが皆無な我が能力に失望してしまう。びっくりしたのは、俺の方だ。
こんな能力が広がったところでどうだっていうんだよ。
「……そして、驚かされたのは、能力だけじゃない。点数にも驚かされたわ」
担任が相変わらずの怪しい顔で言った言葉には、やはり疑問が付属される。
点数がおかしい……?
「それって、どういうことですか?」
「まあ、それは自分の目で確かめなさい。多分月曜日にテスト返ってくれば分かると思うから。今度こそはちゃんとした点数だろうしね。――まあという訳で、能力については今はスーパーコンピューターが点数インプットに使われていてシステムは使えないから何とも言えない。でも、月曜日に使えば何か分かるかもしれないから、楽しみにしといたらいいんじゃない」
言葉にウインクを添付し送信してくる担任。
……正直まだショックは隠せないが、なるほど。確かにそうだ。
やっぱりあんな能力が広がったとしてもまともな能力になるとは思えない。でも、ならないとも限らない。望んでいた見た目の派手さが無くても、ひょっとしたら面白い能力である可能性はまだあるんだ。
それに、そんな面白い能力で敵を倒すっていうのも面白そうだ。
落ち込んでいてもしょうがない。ポジティブに行くか。
「……そうですね。ありがとうございます、先生。点数も含めて楽しみにしておきますよ」
「そう。それは良かったわ。それじゃあ、私採点しなきゃ駄目だから行くわね」
担任はニコッと、満面の笑みで応対してくれた後に、扉に向かって歩き出す。
少々言動に難があるが、少なくとも平凡でつまらないってことは無いし、案外この先生は当たりかもしれないな。
「あっ、やっば! 荒井君のテスト落として踏んじゃった。……まっ、いっか」
……当たり、だよな?
「叡! もういいの? 先生行ったけど」
不意に後ろから呼ばれたので振り返る。
どうやら、担任が行ったのを確認した後すぐ駆け付けたらしい憧が微笑みを引き連れて立っていた。
「ああ、もう終わった。ということで帰ろうぜ」
「うん。そうだね」
憧と二人、横に並んで教室を出ていく。
「スマートギアどうだった? やっぱり壊れてた?」
四階から三階までの階段の踊り場で憧が、話題を提供してくる。
まあ、当然来るのは予想していた話題だ。
「いや、正常だってよ。どうやらあの現象は、俺の能力かもしれないらしいぜ」
「えっ、あれが能力!? それ、実用性なさすぎじゃ……」
「…………」
「ごめん、叡。私が悪かったわ。だから、そのお前の能力を寄越せみたいな顔はやめて」
……お前の能力が欲しい!
「んー、えっと……あっ、そういえば昨日、勉強教えてくれてありがとうね」
憧が続けたらヤバイと悟ったのか、話を変更してくる。
「ああ、そうだな。せっかく俺が六時間もぶっ通しで教えてやったんだから、良い点取れんだろうな?」
この幼馴染みの勉強を見るのは最早恒例だ。差し詰めテスト前、幼馴染み限定の無給家庭教師といったところか。
最初は中学生の時に憧の母親に、一時期成績が落ちた憧の為に勉強を教えてと頼まれたのが始まりだった。それ以来、惰性というか何というか……ともかく毎回テスト毎に憧に頼まれて教えている。その分俺の勉強時間は潰される訳だが、元々勉強などやる気は無いし、憧に教えることで自分の復習にもなるので問題はない。
「勿論! ひょっとして、北川さん越えちゃったりしちゃったかもよ」
「あぁ……、まあ夢を見るのは人の自由だからな」
「あれっ、ひょっとしてバカにされてる!? 私だってそれなりに勉強出来るんだから、あり得なくはないでしょ!」
「そうだな。来年人類が滅亡するくらいの可能性はあるんじゃないか」
「それ、ほとんどあり得ないよね!」
確かに憧は、中学三年間で俺が教えたお陰でって言ったらあれだが、偏差値の高いこの学校でも高得点で入るぐらいの実力は得た。
でも、あいつを越えるのは無理だろ。このクラスのトップだぞ。
「そういう叡はどうだったの? って、聞かなくても分かるけど」
「どういう意味でお前が理解しているかは分からないが、勿論完璧だったぜ。空欄は全部埋めたからな」
「やっぱりね。こりゃあ、本当に北川さんも抜けちゃうんじゃない?」
「それは、どうかな。でも、まっ、自信はあるから期待しときな」
「うん、楽しみにしとくよ!」
そんな話をしながら帰り道を歩いていった。
☆★☆★☆★☆
「はいっ、じゃあこれでテスト全部返したわ。皆、ちゃんと確認しといてね」
「先生、何故か返ってきた僕の答案に靴に踏まれた後が付いています」
「何を勘違いしているのサライ君。それは靴の後じゃなくてただのシミでしょ」
「先生が何を勘違いしているんですか。僕は荒井です。別に日本武道館で歌われません。というかこれどう見ても靴に踏まれた後です」
「私が踏んだ跡は一応軽くは拭いといたんだから、そんな訳ないわよ」
「先生。普通に自白しています」
テストから三日空けた昼前の四時間目の時間、テスト返却後のそんなやり取りが聞こえてくる。だが、それが遠くに聞こえるぐらい俺は焦っていた。
紙の白を埋めるように枠毎に刻まれた文字の集団。その集団を囲むようにように並ぶ赤丸。しかし、どの用紙の上部にも刻まれているのは丸い数字一文字。まさか、まさかの……
――オール零点だと!
しかも何だよ。名前の書き忘れでって! それぐらい大目に見てくれても良いだろ! 中学の時もあったけど、流石に零点は無かったぞ。
しかも枠にはこんな丸あんのに、何で上は丸一つなんだよ!
……これはヤバイな。
いや、何がヤバイって、システム、補習もそうだが、何より昨日憧にあんだけ大口叩いたのにこれは恥ずかしい。これは、バレては駄目だ!
何としてでも隠し通さなくては。
「ねえ叡、今の数学のテストは何点だった?」
小声で話し掛けてくる憧。
なっ、こいつ何て的確に急所を突いてきやがるんだ! あまりにも仕掛けられるのが早すぎる。ここは、ごまかすしかない!
「まあ、それは後の楽しみだ。聞いて、驚くなよ」
驚くの趣旨が違うと思うがな。
「全部のテストそれだよね! ……そんな、教えたくないの?」
憧の顔は訝しげになっていく。
くっ! やはり流石に十回連続全て同じ台詞でごまかすのは無理があったか。
「いや、だからさ、俺の華麗なる点数は後で教えてやるから」
ヤバイ。動揺が隠せない。声が震えだした。このままじゃ、長年一緒のこいつには、マジである意味華麗な俺の点数がバレちまう!
「……もしかして、叡……また、名前書き忘れて零点――」
「いやいや、んな訳無いじゃん! だって俺だよ。この俺が零点な訳が――」
「まあ、大体皆よく出来てたわね。赤点はいないわ――唯一人を除いてね。ねえ、オール零点の吉野君!」
ギャアー! 言っちゃったー!
なに人の点数言ってくれてんの、あのダメ教師!
一瞬で集まったクラス中の視線が痛えよ! 特に隣からの視線が痛えよ!
「あっ、でも零点と言っても、名前の書き忘れの所為ね。本当の点数はもっと高いわよ」
補足すんの遅えよ! もう充分皆さんからの視線攻撃頂いたわ! ていうか、その状況で本当の点数が零点より高くない奴がいたらもうそいつは終わってるよ!
「まっ、そういう訳だから吉野君、補習頑張ってね。それから皆、午後からは別校舎の体育館で実戦あるから遅れずに来るように! じゃっ、昼休みってことで、散!」
担任が教室から出ていくのとほぼ同時、スピーカーが高音を奏でる。
と、今度はチャイム終了と同時、待っていたかのように憧が俺に話し掛けてくる。
「……やっぱり、またやっちゃったんだ」
「……ああ、やっちまった」
「はぁ……昔から叡は頭良いクセに抜けてるところが多かったからね……。今回もチェック忘れたの?」
「いや、まあ……今回も直前までは覚えてたんだが、いざ始まると先に問題に目が行ってな……」
「終わってから確認は?」
「……解答だけ」
「はぁ……」
溜め息を吐きたいのは俺の方だ。
こんな大事なテストで、しかも全部零点はヤバイだろ。初回からこれは、成績の方も心配になってきた。
「おうっ、吉野!」
突如、右斜め前方、つまり憧の前方辺りから聞こえてきた明るい声。
……瀬良か。
「あっ、瀬良君! テストどうだった?」
と聞いた時点で俺の顔を一瞥した憧が、しまったという顔になった。
つい聞いてしまったが、その話題はNGだと気付いてしまったといったところか。
別に気にしなくて良いんだが……。
「その前に、お前は何点だった、夢美谷?」
言いながら瀬良は、無人になっている憧の前方の席に弁当箱を置く。
さりげなく一緒に食う気か。
「えっと……私は、八百三十八点、かな……」
徐々に小声になっていく憧。
そんな気を使われた方がいたたまれない。さっき担任が言ってた平均点よりかなり高いんだ。素直にその点数なら喜べよ。
「憧、気にするな。寧ろ、そっちの方が辛いから……」
「ごっ、ごめん……」
もうやだっ、これ!
「ふっ。そういえば、吉野――お前何点だった?」
ドラマで悪女が見せるような嫌らしい笑みで質問してくる瀬良。
こっ、こいつ、うぜぇー!
「せっ、瀬良君。それはちょっと……」
「そうだ! お前それ、嫌味にも程があるぞ!」
「嫌味? ああ、君、合計が零点なんだっけ?」
こっ、このヤロー!
こいつも腹立つけど、こんなバカに負けたという事実も腹が立つ!
「俺の点数はな……おっと、間違えて紙を落としちまったぜ」
わざわざ持ってきていたテスト用紙をポケットから取り出し、バカ曰く間違えて落とす。
最早こいつを殺っても誰も咎めはしない筈だ。
「おい、それ触るなよ! 見るなよ! 俺のテスト用紙なんだからな!」
「よしっ、じゃあ弁当食べるか、憧」
テスト用紙を指差しながら喚いている瀬良をスルーして弁当を取り出す。
付き合ってられるか。
「おい、それ触るなよ! 見るなよ! 俺のテスト用紙なんだからな!」
何で二回言ったんだよ。何回言おうと誰も見ねえし、触んねえよ。憧も見事に目を逸らしてるよ。
「はあ、腹へったな。さて、高校生活初の弁当は何だろうな」
「えっと、なになに。瀬良疾太、数学三十一点! 国語三十二点! 英語三十点!」
最終的には、もう諦めて自分で拾いだしたよ。そして、何か点数読み上げ始めたよ。そして、全部赤点の三十点未満ギリギリだよ。
あー、マジで腹立つな、こいつ。名前さえ書いてれば、こんな奴、敵じゃ無えのに!
「……なあ、吉野」
どうやら、スルーが予想以上に効いたようで、瀬良は明らかに気分が沈んでいる。
ちょっとやり過ぎたか?
「どっ、どうした瀬良」
パアッと明るくなる瀬良の顔。
本当にコントロールが簡単な奴だ。
「零点をバカにしたのは悪かったよ。あの、中学では上位しか取らなかったお前に勝ったから気分が上がったんだよ」
少し驚いた。素直に謝ってくるとは。
まあ、昔からムカつくところもあるが嫌な奴では無いからな。
「まあどうせ名前書き忘れなきゃ、またクラス、いや学年で上位だったんだろうけどな。ていうか、名前書き忘れただけで零点ってのも酷い話じゃね?」
瀬良は、憧の前の席に座り、弁当の蓋を開けながら言う。
「確かにそうだよね。中学の時もこんなことはあったけど、あれは小テストだけだったし、本番でやった時は大目に見てもらえたのにね。高校だからって、こんな厳しいのはどうなのって思うよ」
確かにそうだ。それは俺も思った。成績、しかも進学がかかった大事な高校のテストで、名前書き忘れただけで零点は酷すぎるだろう。
いや、今回は戒めの意味とか言ってたから成績には関係ないだろうが、お陰で俺は今日の実戦で魔法が使えなくなってしまった。
「そうだよ。俺、午後の実戦どうすりゃ良いんだよ!? 魔法使えねえんじゃ、何も出来ねえじゃん!」
マジで段々腹立ってきた。
「まあまあ。気持ちは分かるけどさ、ここは抑えて、抑えて。ほら、これ上げるから」
開いた両手を前後に移動させる宥めのジェスチャーをする憧。
その後に、エビフライやシュウマイ、ポテトサラダ等が鮮やかさを演出しているその豪華な弁当からのはしょうが焼きだ。
「俺はガキか!」
美味しそうだけどさ。
卵焼きとかミートボールとか、そんな普通のものしか入っていない質素な俺の弁当にとってはありがたいことだが、今はそれじゃ落ち着けない。
「夢美谷の言う通りだ。ここはとりあえず落ち着こうぜ。ほら、このしょうが焼き貰ってやるから」
「お前に至っては、デメリットしか無えよ! しかもそれ今俺が貰ったばっかの奴じゃねえか!」
単なるボケだと分かってても、そういうの今やられると余計腹立つんだけど。
「あーっ、やっぱ俺行ってくるわ」
「えっ、行くってどこにだよ?」
「職員室だ。ちょっと担任に抗議してくる」
「えっ、叡! そんなことして本当に大丈夫なの!?」
「ああ、問題ない。平和的手段を持って、解決してくるさ」
「えっ、平和的手段って――あっ、叡!」
俺は、後ろから聞こえる憧の声に脇目も振らずに、走って職員室に向かっていった。