第二話「自己紹介」
チャイムに遅れてやってきたその女性は、クラス内を一通り見回した後に、即座に教壇に移動する。
その際に、手入れがよく行き届いた柔かそうな髪を背中で一つに纏めたポニーテールを揺らしていた。
第一印象は、単純に綺麗な人だ。豪華そうな黒スーツに包まれた体は、細いが綺麗なラインをしていて、顔も眼鏡を掛けた知的美人といった感じだ。
ここでようやく、その女性の第一声。
「やあ、諸君!」
にへらっと顔を緩め、手を掲げながらそう言った。
あっ、あれ!? 肩の力が抜けてしまう。
知的なイメージとは違う気さくで明るい挨拶だ。
それに何故か眼鏡を取り始めた。
「驚いた? これ、度入ってないんだよね。皆からの第一印象を知的美人にするためだけにかけてきました。そしてその後のこの快活少女。ギャップ萌えキター! でしょ?」
快活少女という言葉に合う人間がこの場にいないのはともかく、とりあえず思惑通りにギャップは感じた。萌えは余計だが。
眼鏡を外した担任は顔が良いのは変わらないが、無垢で快活な笑顔からはさっきと違って子供っぽさを感じさせる。
とりあえずこの人のイメージから、知的は消しておこう。
「おっと、そうだ。時間ないから手短に挨拶させてもらうわね! 私は、今日からあなた達の担任になる、真崎流香よ!」
言った後に、黒板に自分の名前を書き出す、女性もとい担任。
まあ、このタイミングでクラスに来た時点で担任だというのは察しがついていたが……。どうなんだろうか。
挨拶からは楽しそうな雰囲気は感じとれだが、掴みだけだからな。まだなんとも言えない。学校生活において重要なウェイトを占める教師がつまらないというのだけは、やめて欲しいのだが……。
「年齢は十七歳です!」
いきなり爆弾を投下してきた。びっくりした。
「趣味は、宝探し!」
二十代後半でも十七歳でもおかしい趣味を暴露してきた。
「ただし、人生の希望という名の宝をね」
と思ったら、意外と年相応のことを言ってきた。
「好きなものは面白い生徒。現在の願望は、未来人(イケメン限定)と友達になること。悩みは……親に結婚を急かされてること……」
――先程の俺の憂いは、その担任のツッコミどころ満載の紹介と共に霧消した。というか、寧ろ別の心配が増えた。
何この学校。学園長からしてあれだし、この学校の教師採用試験は基準が低すぎではないだろうか。これなら、瀬良でも受かれるレベルだろ。
「マジで十七歳! 全然見えねー!」
あっ、やっぱ無理だな。
静かな教室内で一人だけ大声を挙げる瀬良。相変わらず、騒がしいし、バカな奴だ。周りの、「えっ、今のジョーク!?」って顔にも気付いて無いんだろうな。
しかし、十七歳に見えないっていうのは確かだが、結婚を急ぐって歳にも見えないのも確かなんだが。いや、寧ろ結婚していてもおかしくないぐらいの非凡な美しさは持っている。やはり、性格か……。
「そりゃっ、そうだよ。私、十七歳じゃないもん!」
「えー、マジですかい!」
「……私も毎年この冗談言ってきたけど、こんな嘘が通じたバカはあなたが初めてだわ」
「いやー、ハハッ!」
何で照れてんだよ。バカにされてるのすら分からないというのか。
「っと、そんな話してる場合じゃないんだ!」
急いだ様子で教壇を降りて、ドアを開ける担任。
「あなた達の自己紹介は後でしてもらうけど、今はもう少しで式始まるから皆移動するよ! 番号順に並んで私に着いてきて!」
そう言って、廊下に出ていった。
ったく、忙しない担任だ。
遅れると道分からないし、俺もさっさと行くか。
「さて……憧。俺達も行きますか」
隣の憧も促して、俺も向かう。
「うん、そうだね!」
憧は相変わらず緊張の混ざった笑顔だった。
☆★☆★☆★☆
教室がある校舎とは別の、システム用の施設が大半を占める校舎の体育館で行われた入学式。学園長の代わりに出た、名前は確か多田野とか言ったなかなか年を重ねた女教頭や、入試成績が首席だった……名前は忘れたがそいつの挨拶程度しかやらなかったので、三十分程で終わった。
「はーい! じゃあ、さっき言った通り自己紹介するよ!」
体育館から全員が戻ったのを確認したところで、担任が呼び掛けてくる。
自己紹介か。確かにどんな奴がいるかは多少気になるが、そんなことより早くシステムを使いたい――
「あっ、今どうせ皆、そんなの良いから早くMVS使わせろよっ! とか思ったでしょ?」
って、おおっ。正解だ!
周りを見ても、そわそわしてる奴が結構いる。
皆、同じようなもんか。
「ふっ! まあ、喜びなさい! 使わせてあげるわよ!」
『おっしゃー!』
それまで静かだったクラスが、手のひらを返したように騒がしくなった。隣の者とハイタッチもしくはハグする者続出。なに、この光景。
「良いぞー、先生!」
「先生大好きー!」
「俺と結婚してくれー!」
「ごめんなさい」
さりげなく告白して、振られてる奴もいるし。
このクラス原型崩れるの早かったな……。
まあ、
「やった! ようやく使えるって。楽しみだね、叡!」
「ああっ!」
かくいう俺も嬉しいのだが。
「まあ、この学校では、自己紹介ついでに皆の前で能力確かめるっていうのが伝統になってるからってだけなんだけどね。あっ、伝統って言っても五年程度だけど!」
そんなのどうでも良いから早くしてくれ。
「よしっ! じゃっ、早速やりますか! っと言いたいところだけど、まずは説明しないとね」
説明!? ああ、そういえば基本的な知識はあるが、システムの使い方はまだ説明されてないんだった。
MVS――マジックビジョンシステム、まあ大体システムと呼ばれているものは、科学者兼光誠学園現学園長である高橋英雄が開発し五年前に授業に特別導入したシステムで、俺は実際には見たこと無いがそれを使うとテストで取った点数によって威力の変わる魔法を駆使して戦闘が出来るらしい。
まあ、勿論魔法といっても実際にファンタジー等でよくある本物の魔法では無く、映像技術を駆使して作られる立体映像だ。映像の為身体や周囲の物への影響は無い。その為、安全性の面でいえば完璧だ。
ちなみに、高橋学園長がこの学校でシステムを採用した理由は、少子化の昨今、生徒数減少により廃校の危機にあったこの学校を救う為だったとか。結果は勿論良好。その話題性からニュース等でもしばしば取り上げられ、生徒増員を狙うどころか最早希望者続出の状況である。
俺も去年ニュースで知って以来、その一人になったという訳だ。
「と思ったけど、やっぱりやりながら説明した方が早いわね! よしっ、それじゃ――出席番号一番の荒井君。前に出てきて!」
「はい」
返事と共に、廊下側最前列に座っていた男子生徒が前に移動する。気弱そうで、弱々しい細長い体をしている。
「挨拶からどうぞ。言うのは、名前と出身中学、この学校を選んだ理由だけでいいわ!」
「えっと……名前は荒井――」
荒井が一通りの紹介を終える。
「じゃあ、最初はバトルを始める方法からね。皆、確認するけど、スマートギア持ってきたわよね?」
『はいっ!』
「じゃあ、そのスマートギアに黄色のボタンあるでしょ? それを対戦したい相手に向けて押す。おいしょっと。そしたら、相手は『バトルを申し込まれました』って、出る筈よ! どう、荒井君?」
「おおっ! 本当に出ました!」
「じゃあ、あなたも同じボタンを押して。そうすれば――」
荒井は左手に着けているスマートギアに手を伸ばし、ボタンを押す。その刹那、教室中の壁から光の屋根とでもいうべき眩しくない程度の薄白い光の膜が出現し、教室中を覆った。
「出現したこれがバトルフィールドよ。これは学校内のあらゆる壁にセットされているビジョン射出機が、ボタンを押すことでスマートギアと連繋し、発生される。フィールドは約十五メートル程の大きさで、魔法はこのフィールド内でのみ発動出来るわ」
『おー!』
再び沸き上がる大喝采。しかも今回はスタンディングオベーション付だ。
これは盛り上がって当然だろう。俺もいつの間にか立ち上がっていた。
「おおっ、やべえよ、これ! で、で、魔法はどう使うんだよ?」
何故か、突然強気になった荒井。最早、誰だよ。
「はいはい、静かに、静かに! 何故か突然チャラくなった荒井君はスルーとして、魔法の説明するから、ちゃんと聞いて!」
即座に静まり返る、教室内。
よしっ! 次はいよいよ魔法の説明だ。
「魔法を使う場合、フィールドが展開された後に、緑のボタンを押します。すると、画面にマジックモードと出るので、そうなったら手の動きと、漠然とでも良いからあなたが魔法を使ってる脳内イメージで魔法を操ることが出来ます。これは、脳内から筋肉に伝えられる電気信号がうんたらかんたらです」
要するに、あんたもよく分からないのな。
「じゃあ、私やってみるから見ててね」
直後、担任は手を開いて前に突き出す。そのまま上に振り上げ、勢いよく振り下ろす。と、同時。少量の紫色の液体が、手のひらから勢いよく放出された。それが荒井の腹部に付く。
「うおっ! 何だ、これ! 汚ねえ!」
「あっ、ごめん。間違えて着けちゃったわ!」
「間違えたって、おいおい、先生さんよー! 気を付けてくださいよー!」
「まあまあ。大丈夫よ。力はセーブしといたから」
間違えたって言ってたが、力をセーブしといたって時点で故意にしか思えないんだが。
「ったく」
焦ってそれを取ろうとする荒井だが、その液体はすぐに制服に染み込む。かと思ったらジューと何か料理を焼き上げているような音を発し始めた。
「うわっ、もしかしてこれ溶けてんのか!」
見ると液体の当たった部分だけ制服が消えている。やはり溶けた。ということはあれは……。
「毒だからね。そりゃ、溶けるわよ」
やっぱりか。
「えっ、それやばくねっ!?」
「あなたも知ってるでしょ? これは立体映像! 魔法は魔法にしか効果を及ぼさないから、大丈夫よ」
「おっ、そうだったぜ! じゃあ問題ねえな!」
「何故かどんどん不良化していくわね、荒井君。……まあ、いいけど。じゃあ、とりあえず青のボタン押してみて。それで、問題無いか分かるわ」
「青いボタン!? えっと、これか。って、おっ! 点数が二つ表示されたぞ――って、あれっ、mypointって書いてる方減っていってる!」
「そっ! 青いボタンは相手と自分の点数表示ボタン。今のあなたの点数は入試の点数になってるわ。そして、私の魔法は毒。攻撃を受けた箇所はダメージとなって、点数が減少してるのよ。まあ、毒じゃなくても魔法を体に受けたら点数は減るけど……私の毒は受けた相手を溶かしきるまで攻撃を続けるわ……」
最後の方はトーンを落とした喋り方も相まってなんか怖いし、嫌な能力だな、それ。
「っと、バトルの説明は、まあまた今度で良いわ。とりあえず、やり方は分かっただろうからやってもらうけど……このままじゃ、荒井君、零点になっちゃうわね!」
「えー! ちょ、マジ勘弁してくださいよ!」
「とりあえず、一旦バトル終了させるわよ。本来は勝敗が着くまではバトルを終了出来ないんだけど、教師は別なのよね」
そう言って担任がボタンを押すと、フィールドはパッと砕け散るように一瞬で消え去った。
「あれっ!? 俺の制服戻ってる!?」
「だから、影響無いって言ったでしょ! 所詮映像なんだから。さてっ、じゃあもう一度! 行くわよ!」
先程のやり取りをもう一度行って、また光のフィールドが広がっていく。
「じゃあ、今度は僕が行きますね、先生」
「良いけど、荒井君。あなた、キャラの統一した方が良いわ」
「えっと……緑のボタン押して……手を挙げてから、一気に振り下ろす!」
先程担任がやった一連の行為を復唱する荒井。
それと共にクラス中のざわつきが強くなる。
……凄え!
「あれっ、何も起きないですよ、先生!?」
なるほど。あいつ自身は気付いてないんだな。
「大丈夫よ! あなたはもう魔法を発動しているわ」
「えっ、だって……」
「――だって、あなた見えないもん!」
「えっ!? 本当なんですか!」
そう。荒井の姿は俺達の目で捉えられていないのだ。
ボタンを押すところまでは視認出来たが、本当に一瞬でスッと消えたのだ。いや、消滅したと言って良いか。
……っと言っても、
「やっぱり、まだ慣れてないわね。消えたり、現れたりだわ」
「えっ、マジっすか!?」
ちょくちょく髪だけ浮いてたり、一瞬だけ全体が消えたり、安定していない。
「でも、慣れて完全に消えれるようになったら、これマジパナクないっすか?」
「まあ、そうね。強いと思うわ、チャラい君」
「先生、俺荒井です」
これは、なかなか凄い。映像技術を駆使すれば、こんなことも出来るのか!
「凄いね、叡!」
隣の憧も興奮している。
「ああっ、凄えよ!」
――あれっ? でも……。
「先生!」
俺は手を挙げて質問をする。
「はいっ。何かしら、えっと……吉野谷君!」
「先生、吉野です! 吉野谷は諸事情によりやめてください」
「あっ、ごめん! 間違えたわ!」
出席簿見ながら当てて、間違える訳ないだろ。
って、今はそんなのどうでも良い!
「荒井君と先生じゃ、能力が違いますが、それって何で決められてるんでしょうか?」
「良い質問ね、叡ちゃん!「先生、馴れ馴れしいです!」このシステムは、システムの為に学園長が作ったスーパーコンピューターにインプットされている個人のデータ、もしくは性格、特徴等からランダムに選ばれた一つに関連する魔法になります。例えば、荒井君が透明になれたのは多分、キャラが定まらないこの子は本当の自分が無い、つまり存在が無いってことじゃないかしら」
「随分なこじつけですね……」
まあ、その無理矢理感はともかく、能力が個人によって違うってのは面白いな! 俺は、何になるのか楽しみだ!
っと、想像で楽しみに耽っていたら気付く。
「先生! さっき、性格や特徴って言いましたが、それって履歴書のデータ等だけじゃ分かりませんよね。例えば、おとなしいや明るい等大まかな性格は分かりますが、先程の荒井君のような細かい特徴や性格は分からない筈なのに、どうインプットしたんですか?」
「ああっ、それなら、あなた達の音声や映像でよ! ほらっ、一週間スマートギアの電源入れさせてたでしょ! あれで、音声や映像掴んで、データインプットしたらしいわ」
先程までとは違うざわつきを起こすクラスメイト達。
当たり前だ。
「それって、盗撮・盗聴じゃないですか!」
「いやいや、違うわよ! 音声や映像拾ったって言っても、それを元にコンピューターが決定した細かい性格をインプットしただけで、データも何も残ってないし、こっちには届いてないわ!」
「それなら良いですけど……」
本当だろうな……?
「あれっ? じゃあ何で先生は毒なんですか?」
瀬良が真面目な顔をしながら大声で質問する。
それは、簡単だろ。
「おいっ、瀬良。お前、それぐらい分かれよ! 先生の能力が毒なのは、先生が独し――」
スッと顔三ミリ横を抜けていく、チョーク。
直後に後方から何か物が破裂したような音がしたことは錯覚だと思いたい。
「吉野君、瀬良君、黙って座ってください! 次は目に当てますよ!」
こっ、怖え~! 満面の笑みで何てこと言ってんだよ、あの担任は!? 瀬良までおとなしく座らせるなんて只者じゃねえぞ!
「さて、荒井君。ありがとうね。じゃあ、次は二番の人!」
フィールドを消してから、二番の人を呼び出す担任。
「はい」
それ以後、紹介は小気味よく進んでいった。
やはり皆それぞれ能力が違った。今確認出来ただけでも、岩、雪、炎、槍等バリエーション豊富だ。
まあその分、喜ぶものもいれば文句を言うやつもいるなど、反応も千差万別なのだが。
「次の人、どうぞ」
「はい」
もう確か、十人程は終わった気がする。
そんな時に出てきたのは、薄弱そうだが汚れのない綺麗な白い肌に栗色の髪を背中辺りまで纏めたツインテール。多少人を威圧するような印象を与えるつり目を持つが全体的にはバランスが良く、遠目でもはっきり分かる程優れた顔立ち。そして何より、頗る発達されている、首の下にある女性特有の二つの膨らみ等女性の魅力溢れる、それでいてどこか品格を感じさせる女子だった。
前に出た途端、クラス中から「おー」という感嘆の声が漏れた。
「名前は、北川ユイ。出身中学は青柳中学校、光誠を選んだ理由は……話題性があるのでこの高校にしろと親に言われたからです。一年間よろしくお願いします」
綺麗な四十五度で、頭を下げる北川。
親に言われたから、ね……。少し目新しさを感じる。既に紹介を終えた奴等は、全員が全員システムがあるから、なんて聞き飽きた理由ばっかりだったからな。
でも、親が決めた道ね……。何故自分で決めなかったのだろうか?
それに、青柳って確か結構なお嬢様学校だった気が……。少し引っ掛かる。
「じゃあ、北川さん。フィールド発生させるわよ」
「はい」
短時間でもう見慣れた過程を経て、フィールドが展開される。
しかし北川、自分で今初めてあんな凄いシステム使ってるっていうのに、やけに冷静だな。他の人はやはり初めての経験に興奮してたし、普通そういうもんじゃないのか。
「なんと、我がクラスでの入試成績トップがこの北川さん! つまり、技の威力でいえば、クラスで一番になるわね。ちなみに、問題なければで良いんだけど、何点だったか教えてくれないかしら?」
「別に良いですよ。えっと……四八五点ですね」
ボタンを押してから、スマートギアの画面を確認する北川。
「嘘……だろ!」
「あのテストでそんな点数取れるもんなのか!」
「なんで、あんな可愛いんだよっ!?」
一部趣旨が違う者もいるが驚きの声と共に教室がざわつく。まあ、当然だろうな。五教科五百点満点で、専ら難しいと言われているこの学校の試験でその点数なら、皆驚くだろう。
かくいう俺も驚いた。
「ありがとう。よし、じゃあ、北川さん。時間も押してるし、いよいよ魔法を使ってもらえるかしら」
「分かりました」
お馴染みの行為で、魔法を発動させる北川。
その手から出た物は、
「おおっ、氷! しかも、でかい!」
担任が目を大きく見開いている。
なるほど。能力は氷か。まあ、確かにあのクールさからなら納得だ。とまあそっちは良いんだが、問題なのは、というより注目すべきはそのでかさだ。
北川の手に作られた氷の球体。白い煙のような目に見える冷気と共に野球ボールサイズの球体が突然現れたかと思ったら漸次体積が増していき、最終的には今のような半身サイズの、最早殺人ボールの完成だ。
「くっ」
しかし、やはり維持は難しいようで、北川の悔しそうな声と共にボールが破裂した。周囲に氷の破片が飛び散った。
「いや~、凄いわよ、北川さん! 破裂はしたけど、初めてであそこまで大きくなるなんて! それにあなたの点数なら、扱いに慣れればもっと大きくなると思うわ」
その担任の嬉しそうな口調からは、今のは慰めなんかではなく事実だというのがはっきり伝わってきた。
それにしても、まだあれより大きくなるのかよ。かわしようが無いな、そりゃ。
「はい。ありがとうございます」
至って冷静に礼を述べる北川。
その後、フィールドの消滅を確認してから席に帰っていく。
「凄えー、流石トップ。あれはやばすぎだろ」
「あの鋭い目付き……トップにふさわしいぜ」
「俺はあの目で睨まれ続けたい!」
北川への賞賛がそこかしこから聞こえてくる。……何故か特殊な性癖暴露も混ざってたが。
しかしあの目……。元々ああいう目付きだったってだけかもしれないのに、何か引っ掛かる……。今一理由は判然としないのだが。
「……叡。さっきからなに北川さんの方じっと見てるの……?」
そんな思考を巡らせていたら隣から声を掛けられた。
見ると憧が、ムスーとした顔をしてこっちを見ている。
いかん、いかん。意識してなかったが、あいつのこと考えている内にいつの間にかガン見している形になってしまっていたようだ。
「いや、あいつ凄いなって思って見てただけだよ」
あいつのこと考えていた、なんていうのは恥ずかしいので誤魔化す。
「ふーん……叡はああいうクールなタイプの子が好きなんだ」
「会話なりたってなくね!? だから、単に凄いと思って見てただけだって!」
「……胸が?」
「いや、胸もそうだけど……って、おいっ、憧。何自分の体見た後、親の仇を見るような目で俺を睨んでるんだ!?」
「……胸は……でもそれ以外なら私だって……」
「えっ!? 何か言ったか?」
「だから、この変態って言ったの!」
「だから、違うって! 単に成績凄いなって思っただけだよ」
「…………」
「何だ、そのひきつった笑顔は。お前、信じてないだろ! でも、マジだからな」
嘘だけど。
「……じゃあ、そういうことにしといてあげる」
まだ不服そうなオーラは出ているが、なんとか引いてくれたか。
なんてやり取りをしてる間も紹介は次々に終わっていき、今は最早憧の列にまで到達してしまっている。
とりあえず二十人以上も見てきたし、良い加減疲れてきたので、確認出来た魔法で覚えているのでも整理してみることにする。
記憶を遡るとまずたどり着いたのは、瀬良の能力、風だ。あいつは、野球で培った「速さ」を持っているからな。疾きこと風の如し、と言ったところか。ちなみに推薦で入った為試験を受けていなかった瀬良だが、その変は抜かりなく百点のインプットがされていたようで、発動に問題は無かった。
他に印象に残ったのは、銃召喚に防御フィールド、レーザー光線、それから木なんてのもあった。
これは余談になるが、その木の魔法を発動した生徒も、名前は聞き忘れたがこれまたなかなかの美人だったのを鮮明に覚えている。クラスの誰かが、「木も滴るいい女だぜ」なんて微妙に間違いではないことを言っていたから間違いない。
それからその女子、特徴としてヘッドホンを首にかけていたのが気になった。理由は分からんが担任の注意は無し。それで良いのか、担任よ。
にしても、その女子もだがどうもこのクラスには最上級レベルの美人が揃っている気がする――勿論隣の幼馴染みも含めて。
っと考え、ふと隣を見るとその幼馴染みがいない。
あれっ、どこいったんだ、あいつ。
周囲を探索してみる。すると、教壇に立っている憧の姿を見つけた。
なんだ、あいつ、もう出番なのか。……って、もうかよっ! 早過ぎだろ。次俺じゃねえか。
「名前は、夢美谷憧です」
紹介を始めた憧。
しかし、少し緊張しているのが伝わってくるから、何だかこっちにも少々緊張感が。
まあ、でもしょうがないとは思う。あいつは、明るいけど、大勢の目が集められるのは苦手だからな。それはおそらくあの頃のトラウマが関係していると思うんだが。明るく見守ってやるか。
「――です。この学校を選んだ理由はシステムに興味を持ったのと……です。よろしくお願いします」
紹介が終わり魔法発動の準備に取り掛かる憧と担任。
なんか、理由のところでまだ何か言おうとしていた気がするが、気のせいか。それとも、他に理由でもあったのだろうか。
「じゃあ、いきます」
フィールドも発生させ、準備を完了した憧が開いた手を前に突き付ける。
それと同時、その憧の手の平から透明な液体が大量に噴射された。その勢いは凄まじく、最後部にある壁に直撃しながら、正に消防ポンプのような凄い音を立てている。もし仮にこれが現実に被害を及ぼすものだったとしたら、あの壁の崩壊は間違いないだかっただろう。
確かあいつ、自己採点で四百三十三点って言ってたな。この点数でこれって、満点はどうなんだよ。
「ありがとう、夢美谷さん。なるほど。なかなか威力高い酒だったわね。私、飲みたくなっちゃった」
「えっと……水だと思うんですけど」
「えっ、水なの!?」
「逆によく酒が出るなんて発想がありましたね」
「はぁ……。じゃあ、次の人」
「興味無くなったら、スルーですか!」
言いながらも、気まずそうに憧は戻っていく。
さて、ようやく俺の番か。待ってたぜ。
「はい」
俺は先立つ気持ちそのままに、颯爽と前に向かう。
さて、人間は第一印象が大事だって言うが……普通の挨拶はつまらないな。やっぱりこういうのは普通じゃない方がインパクトがあるし、何より俺はそっちの方が好きだ。
「赤月中学出身、吉野叡です。この学校に入った理由は、システムを使う為です。というより、システムを利用してつまらない世界を変えたいと思ったからです。よろしくお願いします」
忙しくなるクラスメイト達。
予想通りの反応だ。それに、妥当だと思う。自分でも他人がこんな訳の分からんことを言ったら、正直変な目で見てしまうだろうからな。でも、そんなリスクは覚悟だ。
「ふーん……。最後に面白い紹介ありがとうね、吉野君。じゃあ、システム発動させるわよ」
にんまりと今までとは少し雰囲気の違う笑顔で担任が言った後、俺のスマートギアがメッセージを受け取ったので、承認。もう見慣れたフィールドが展開された。
「よし、オッケーよ! じゃあ、吉野君、発動しちゃって!」
「じゃあ、いきます」
なるべく冷静を装っているつもりだが、中身はもう能力への期待と待望で九割を占めている。
担任のゴーサインと共に挙げた手を、気持ちを乗せて力一杯に振り下ろす。
まだか。まだなのか。まだ……
「……あれっ!?」
……何も起こらないぞ。初めてからもう十秒程経過していた。念も送り続けているのに、何か起こる気配すら無い。慣れてないと難しいと言っていたが、他の人は大抵このタイミングで発動していた筈なのに。
「あの……先生。何も、発動しないんですけど……」
「んー、おかしいわね。こんなこと、今までなかったんだけど。もうちょっと腕動かしたりして、発動するか確かめてみて」
「はあ……」
言われた通り、手を何度も上下に往復させたり、自分の能力を予想し、それが発動出来たイメージなんかもしてみる。しかし、何も起こらない。
これは、もしや……
「スマートギアの故障でしょうか!」
もしかして、昨日溢した醤油一滴に接触させてしまったのがいけなかったのだろうか。
くっ! 最新技術の防水機能を過信しすぎたか……。
「いやいや、それは無いわよ! だって新品よ! それに頑丈に出来てるんだから。えっと……あっ、そうだ、吉野君。点数確かめてみて。ひょっとしたら、あなたが零点だったって可能性もあるわ」
「いやいや、何ですかそれ! そっちの方がある意味嫌ですよ! 第一零点なんか取るわけ無いし、万が一そうだったとしてもそれなら入試に受かる訳無いじゃないですか!」
一応見直したし。
だが……。
「……こっちのミスという可能性もあるわ」
「だとしたら、大問題ですよ!」
周囲は先程の忙しさが治まってきたところだったというのに、再び騒々しくなってきた。
これは、やばいな。もし零点で入っていたなんてことになったら、学校も俺もどうなるか分かったもんじゃねえ。早く誤解を解かなくては。
「まあ、ともかく点数確かめてみて」
「あっ、そうですね。えっと、青のボタンでしたね」
押してみる。
よしっ! すぐに字が表示された!
えっと、なになに――
『ERROR』
しかも、無機質な音声付きだ。
「……すいません。たった今、可能性は一つに絞られました」
「……いや、待って! そうよ! 私がやればまだ分かんないわ! よしっ、やってみるわ」
担任がボタンを押す。
『ERROR』
「「…………」」
その音は、はっきり聞こえた。
「……いや、まだあった! 学園長が間違えて零点でインプットしてしまったって可能性があったわ! 零点なんて、マンガでしか見たことないような点数を取った馬鹿なんか未だかつて無かったから、そんなのでインプットした場合何が起こるかなんて前例は無い。つまり、それでエラーが表示された可能性があるわ」
「おおっ! 零点の可能性が残されている俺にとっては、なかなかの罵倒にもなりえる言葉ですが、なるほどです」
キンコンカンコン
俺のその言葉と共にスピーカーを通してベルの音が聞こえてきた。今日は入学式で終わりが十二時だった筈だから、これは授業終了のチャイムだ。
しかし、そんなに経ってないのに、これを聞くのが随分久しぶりな気がするのは何故だろうか。
「じゃあ今日はスマートギア、預からせてもらうわね。学園長に確かめてもらうわ」
担任は、その言葉と同時進行でフィールドを消す。
「はい。お願いします」
腕からスマートギアを外して、担任に渡す。
「ちなみにだけど、本当に零点取ってないのよね?」
「当然ですよ!」
空欄は全部埋めた記憶があるし、あの日は憧に散々言われたから心配事項もしっかり確認したしな。だから問題は無い……筈、なんだが……。
「そう。分かったわ。じゃあ、座って良いわよ」
「……はい」
早く憂いを取り除きたいが、どうしようも出来ない。そして、俺だけ楽しみを引き延ばされる。そんな悔しい思いを引きずりながら、席に戻っていく。
「よしっ、じゃあ今日は終わり! 皆、お疲れ様っ!」
俺が席に戻ったのを確認してから、担任が教卓を叩く。
ふぅっと溜め息に似た息が教室中から聞こえてきた。
慣れたといっても、まだ皆緊張感はあっただろうし、当然か。とりあえず今日のことは、先伸ばしになったがまだ楽しみが残っているんだから良いだろうと割り切って、明日に備えよう。とりあえず約束したし、憧に奢りに行ってやるかな。
「じゃあ、明日から二日間テストやるんで、頑張ってください。以上!」
『ちょっと待てー!』
クラス全員の気持ちが一つになった瞬間。まさかこんな場面とは。いやいや、ていうか、何言ってるんだ、あの担任は!?
「先生、何さりげなく言ってんすか!? 入学早々テストとかあり得ないっしょ!?」
荒井がクラス全員の気持ちを代弁してくれた。
そうだ、その通りだ。
「なに、チャラい君。文句あるの?」
「文句ならもう一つ増えたわ! 俺は荒井ですって! ていうか、それよりもテストっすよ! 一日の勉強程度で二日分のテストをどうこう出来る訳無いじゃないっすか!?」
「そりゃ、当然よ。元々そういうもんだもん」
『えっ!』
再び全員が一致。
よく意味が分からない。
「試験に合格したからといって、それ以来勉強していない人ほとんどでしょ? でもそれで、はい、おしまいじゃないのよ。これからも勉強はある。つまり、明日からのテストはそんな怠惰な生徒への戒めとチェック、そして何より――」
何より――何だ?
皆固唾を呑んで見守る。
「――来週システムで大会行うから、それに向けて点数を改める為よ!」
『それを先に言えー!』
それ、一番大事だろ!
戒めとチェック辺りまで、なるほどな、なんて思っていたら、何だそのオチは!?
「良いじゃない、順番なんて。ちゃんと伝えたし。という訳だから、まあともかく頑張ってね。今度こそ、以上!」
そうして、色々と納得がいかないまま、俺の高校生活一日目が終わった。




