第三一話 ディセンド 降臨
先日実家から戻ってきて、執筆活動を再開しました。
何時の間にやらプロローグ投稿から一年経ってました。正直かなりヤバいと思っています。まだプロットの三分の一も終わってないし、キャラに至ってはあと五〇くらい出してない。何てことだ。
アルマさんと傭兵たちの戯れ編の開始です。次の次の話くらいからまたベケットさんのすり減る精神とのバトルが始まります。
「面倒ですね」
二八九人目の洗脳を終えた後、西第五集会場の門から出てきた第一総督アルマ=ティメイルは、気だるげな表情を端正な顔に浮かべて呟いた。
「……残りは……一〇分三四秒ですか。まったく、創造主様との触れ合いを思い出していたら、いつの間にか一〇分も時間を費やしてしまいました。事前の計画通りの行動ができないのは、私の悪い癖ですね。
本当なら五〇〇人の洗脳を一〇分で終わらして、残りを創造主様に御奉仕する時間に充てるつもりでしたのに」
ふぅ、と悩ましげにため息をつき、アルマは二〇〇センチを超える長身を僅かに後ろへそらし、大仰に天を煽った。そんな一挙一動が神々しく、まるで神が神に祈るような妙な光景を生み出していた。
それほどまでに、アルマが纏う空気は、地上に存在する全てのモノから隔絶した神秘的なものであった。
もっとも、彼女自身は色々と妙なことを妄想して頬を朱に染めていたのだが。
「目標まで、あと二一一匹……いや、人って数えるのでしたね、アレらは。
それにしても、厳選していたというのがやはり大きいですね……」
アルマ自身は機構上層部より手に入れた情報に基づき、己の創造主に酷使われる資格のあるものを選別していた。
が、アルマからすれば、英雄級の傭兵も今日剣の鍛錬を始めたばかりの幼子も、皆“雑魚”の一括りで済んでしまう。
カーキ自身は「あ、適当に」というニュアンスで、協力者の確保を頼んだが、アルマの中では「創造主様がこの世界を御調べになるための奴隷を選ぶという大任を、私に御任せになった」となっていた。
結果として、アルマが傭兵に求める基準はかなり高くなり――――それでもアルマ本人からすれば、かなり抑えた方だったりする。蟻に恐竜に勝つことを期待する者などいないのと同じだ――――エリート揃いのルトガリオで活動する傭兵たちと雖も、適合者がかなり少なくなってしまったのだ。
故に、選抜に予想外に時間を食ってしまっていた。
ちなみにカーキの思惑は、多種多様な傭兵をさり気無く情報源にするだけのつもりであり、“洗脳”といっても精神を完全に支配するつもりも、破壊するつもりも、酷使するつもりもない。それ故に、精神支配というよりは破壊の方が得意なヘウレカではなくアルマに託したのだが、アルマとしては、どうせ手駒するのならば、カーキに少しでも相応しい者にしようとするのは当然の責務だった。
有象無象から適当に選ぶことをカーキは禁止していなかったが、かと言って推奨もしていなかった。判断基準は完全にアルマに丸投げだった。
そもそも五〇〇人というノルマも、アルマが唯一対等な友と認めているルカが「五〇〇くらいあればいいんじゃないでしょうか」と言ったことが大元にあったりする。
この数字は具体的な構想ができず、困り果てたカーキを見たルカが、カーキに「御任せを」と言った挙句、試算した結果である。
その試算とて、やろうと思えば何時でも増やせるし、多くても困るものではないので、ほぼ思いつきに近いものである。要するに、適当だった。
計算するルカにとっても、実行するアルマにとっても、歴戦の傭兵五〇〇人の洗脳など、そのくらい適当にやっても問題のない、気軽にできる児戯に等しいモノなのだ。
余談だが、アルマの任務を聞いたヘウレカは、「取り敢えず一〇〇〇人くらいから脳の中身を絞り取った方が早いんデスけどねー」と呟いたという。
カーキの人選は、少なくともヘウレカに任せなかったという点では、正解だったと言えるだろう。
ヘウレカにとって脳の中身を引きずり出す事は、道端に生えている雑草を引っこ抜くのと同じようなものなのである。
「まったく、コレだから創造主様に創造されていない生命は。流石に使えなさすぎるでしょう。創造主様も、嘆く事違いありません。嗚呼、創造主様……」
アルマ自身、近付きたくもない存在に二〇分近く触れ合う(洗脳する)ことになり、かなり精神的にキているのか、ウンザリしたように首を左右に振った。
「さて、次は……おや」
ダボッとしたローブの袖の中から、大量の紙束を取り出して捲っていったアルマは、ふと視線を落とした。
「『月光の風琴』……? 機構に登録している傭兵では、大勢の者たちが最強と認めている傭兵パーティ……。現在はローラム連邦共和国との長期契約を終えてルトガリオの本拠地に帰還、その後メンバー三名が新任務に参加する予定……ですか……。
へぇ、これはこれは……大物がいたものですね」
紙束を袖の中に仕舞うと、アルマは空を見上げた。
「あっさりと洗脳されてくれるといいのですが。精神支配はたまに耐性を持つモノがいますからね……」
傭兵パーティや傭兵団の中でも、ある程度稼ぎが大きいランクの高い連中は、立地条件の良い場所に本拠地を構えることが多い。
ルトガリオには傭兵にとって需要のある武具屋や加工職人のオフィス、鍛錬場などが数多く存在しており、エリアごとによってある程度のランクが決まっている。
要するに、上級の施設の周囲にはそれに相応しい高ランクの傭兵たちが集まり、腰を据えているのである。
もっとも、別に傭兵のランクによって都市が区切られているわけでもないので、当然例外も少なくないが。
そして高名な傭兵(個人、団体問わず)の本拠地には、それに相応しい財産がある。武器に防具、水薬などの消耗品やそれらの予備は勿論、資金や倒すことで手に入れたモンスターの素材など、多岐にわたる。全て掻き集めれば、そこらの弱小貴族や商人の総財産にも劣らない宝の山となるだろう。
また、防具などに必要な存在集めのためにモンスター狩りを行えば、意図せずとも宝は集まるものだ。モンスターから得られる素材は余程使い道がないものを除き、需要に供給が追い付かず、高価であることが多い。売り捌けば、結構な額になるものばかりである。
財産があれば必然的に、相応のセキュリティが求められる。それ故に、大抵の本拠地は魔法師や魔法具によって厳重に鍵がかけられているか、存在自体が秘匿されている。
無論、どの傭兵グループが何処に本拠地を構えているかは重要な情報であり、機構が責任を持って掌握し、保持していなければならない類のものである。
その資料を、アルマは息をするように容易く手に入れたわけだが。
ちなみに、この世界にも銀行はある。しかし貨幣は兎も角として、流石にモンスターの素材などは預けられない。よって、自前で護る他ないのである。
付け加えると、この世界の一般大衆は銀行を利用することが殆ど無い。故に、“銀行”の存在自体を知らない者の方が多い。銀行自体が首都を始めとする都市部にしかなく、そこに行く移動費を考えれば、銀行を利用するなど損しか生まないからだ。おまけに銀行の利用には、ある程度の社会的地位が欠かせない。
しかも現代日本と違い、この世界の銀行には無視できない額の利用料(入金と出金だけで)が発生する。それこそ、庶民の月俸が軽く吹き飛ぶレヴェルである。
十分なセキュリティを誇る大手銀行ともなると、利用料だけで月俸どころか年俸が飛ぶ。
話を戻す。
宝の山とも言える傭兵組織の本拠地は、大抵の場合、無人にはならない。それは本拠地の警備と休息を兼ねて、所属するメンバーのうちの何人かが常駐しているのが定石だからだ。
『月光の風琴』もまた、そのセオリーに乗っ取っていた。
大陸を見渡してみても、ほぼ全土にまで名が轟いている傭兵組織はそうそうない。ましてやそういった傭兵団は、国家の専属になっていることが多い。どこの国も、優秀な傭兵組織は囲い込みたいし、国防上、囲い込むべきである。対人戦のみならず、歴戦の優秀傭兵組織は対モンスター戦には切り札的な存在となるからだ。
『月光の風琴』は、その数少ない例外である。『月光の風琴』は機構に登録し、国家との長期契約をすることもあるが、それは専属契約ではない。
機構の基準により、一二人以下の傭兵組織は“傭兵パーティ”、一三人以上の傭兵組織は“傭兵団”と呼ばれている。
そして『月光の風琴』の総数は五人。つまり、所謂少数精鋭な傭兵パーティだった。
そんな『月光の風琴』の本拠地は、ルトガリオの中央区に幾つも並ぶカラフルな住宅のうちの一つだった。二階建てで、小さな庭もついている。
しかし、少しでも目のあるものが見れば、魔法によって幾重もの防備が施されているか良く分かる。軍の機密区画並みのセキュリティに、知識あるものでも背筋を凍らせ、回れ右をするだろう。
魔法によって張り巡らされたセキュリティがどれ程えげつないかは、少しでも学んだ者なら嫌というほど知っている。
その建物の一室に、二人の男女が寝転がっていた。
そう、寝転がっていた。床に、大の字で。
「……ロレンソたち、今頃大陸行きの運航船に乗った頃だな」
「ロレンソお兄ちゃんたち、南軍領に行くんだよね? 大丈夫かな……あそこは戦場だよ……」
一人は、全身黒ずくめの格好をした青年だった。漆黒のトレンチコートを身に纏い、ブーツはおろか手袋まで黒い。
ボサボサで若干パーマがかかった黒髪に翠色の瞳、背は高く、肌は浅黒い。目は垂れていて、若そうな顔は無造作に髭が生えているせいでかなり年上に見える。咥え煙草までしており、かなりだらしなく見えてしまっていた。
一方、もう一人は、小柄な少女だった。白いロングヘアに蒼い瞳、雪のような肌が特徴で、頭からは灰色の猫のような耳が生えている。青を基調としたエプロンドレスを着込んでおり、首から黒真珠のブレスレットをぶら下げていた。
獣のような耳は“獣人”と呼ばれる種族の特徴の一つだった。この大陸では、主にローラム内の自治国に暮らす種族である。
「なぁ、ニーナ」
「……うん? どうしたの? ダリウスお兄ちゃん」
ニーナと呼ばれた少女――――外見とは裏腹に、『月光の風琴』一の剣士であるニーナ=トルスタヤは、蒼い瞳を細めて男の方を向いた。
白髪に蒼い瞳は、純粋なローラム人の特徴の一つだ。つまり、彼女はローラム人の血を引くビーストなのである。
「お前、最近聞いた妙な噂、知ってるか?」
「噂?」
暇つぶしも兼ねて話を振ったのだろう。
咥え煙草の男、『月光の風琴』の実質的な副リーダーであり、純粋な戦闘能力はリーダーをも凌ぐ魔法師、ダリウス=ローは指先をくるくると回しながら、上半身だけ起き上った。
それにつられるように、トルスタヤも上半身を起こす。
「最近、大陸中でモンスターが何やら動いているそうだ」
「モンスターが?」
こてん、と首を傾げ、トルスタヤは頭上にクエスチョンマークを浮かべるような表情を見せた。
モンスターが活発化する。決して珍しくない。大陸中というのが気になるが、そういうこともあるだろう。
日頃からモンスターと戦闘し、モンスターが身近な存在となっているトルスタヤだからこそ、かえって実感がわかなかった。
「それも、多様なモンスターが、あちこちで組織だった動きをしているらしい……。噂では、オルナデスクで同じ制服を着込んだ氷精の集団が確認されたとか」
「オルナデスク!?」
トルスタヤは口元を両手で覆い、目を見開いた。
オルナデスクはローラム連邦共和国の首都だ。ローラム内にあるスオン自治国出身のトルスタヤも、名前くらいは聞いたことがある。
強固に防衛された“不夜都市”とまで呼ばれている大陸最大の超巨大都市であり、ローラム政府の中枢でもある。そこでモンスターの集団が目撃されるなど、尋常ではない。
「ひ、被害は!?」
「噂だから事実とは限らんし、詳細だって知らんが……噂以上になっていない限り、まぁ、特に被害はないんだろ」
嘗て大陸に君臨していた大帝国を“白帝”というモンスターに滅ぼされ、その生き残りと子孫が建国したローラム連邦共和国という国は、大陸最大の軍事大国であるにも関わらず、モンスターの動きに非常に敏感だ。
もっとも、あの北の閉じた国がモンスターにその軍事力全てを注いでいるからこそ、この大陸全土がローラムの支配する地となることが避けられているのだが。
ローラムの軍事力は、それほどまでに強大だった。
あの国がモンスターに首都を襲撃され、被害が出た場合、そのリアクションはとてつもなく大きなものとなるだろう。
何しろ経済力は、旧ウェルドリア諸侯連合ですら遠く及ばない超大国である。機構に働きかけ、資金にものを言わせて大陸中の傭兵を一斉に動員することも、あの国の掲げる過剰なまでの“モンスター脅威論”の前では夢物語と誰も言えない。
つまりは誰もがそう考えてしまう程、ローラムはモンスターによって生じる被害対策と防止に過敏なまでに神経を尖らせているのである。
「んで、大陸中だ。風の噂では、あちらの大陸でも色々起こっていると聞く。
信じられるか? モンスターが同じ制服着てんだぞ?」
「……うそぉ!?」
「さっきからそう言ってんだろ」
猫耳をピン、と立てて目を見開いたトルスタヤに、ローは呆れたように両の掌をひらひらさせた。
何時の間にやら完全に起き上がり、胡坐をかいているローに、トルスタヤは頬を膨らませる。
「でもそんなこと、機構の人は言ってなかったよ、ダリウスお兄ちゃん」
大陸中に独自のネットワークを持つ機構の情報収集能力は、北軍や南軍、ローラムなどの大国に勝るとも劣らない。
そして機構職員ではないが、機構の重要戦力である『月光の風琴』には、当然多くの便宜が図られる。
トルスタヤ自身、愛嬌ある上に人付き合いしやすい性格なので、機構の職員に知人以上の関係の者が何人もいる。要するに、機構が持つ最新で機密度が高い情報が、色々と耳に入りやすい立場にあるのだ。
「あまりに突拍子もない話だからな、機構のジジイ共も考えあぐねているんだろうよ。
オレの勘だと、ロレンソのヤツが南軍領まで出張っている理由は、機構の調査も兼ねているな」
機構は傭兵に仕事を斡旋し、支援する組織である。が、自らのために所属傭兵に仕事を依頼することがある。
機構の施設やその周辺の警備、ルトガリオを始めとする機構影響下の独立都市の治安維持などはその代表例である。もっとも、機構が有する私兵も少数ながら存在するのだが。
他にも機構独自の調査任務などは、傭兵と契約して任せることが多い。
言うまでもなく、機構の信頼を下げないよう、正当な報酬が支払われる契約である。
現在、『月光の風琴』パーティリーダーであるロレンソ=オルテガ他三人は、南軍との契約をしてつい一〇分程前に旅立っていった。三日程度の短期任務だ。
「……まぁ、座ってるだけのジジイ共も脳味噌だけは働くから――――ニーナ」
「なぁに、ダリウスお兄ちゃん?」
タレ目から一瞬だけ鋭い光を放ち、腰に下げていた短杖を抜き放った。
「……え?」
杖の先は、少女の蒼い目を捉えていた。
「……逃げろ、全速力だ!!」
バウッ! と激しい音と衝撃を感じ、トルスタヤの小さな体は、蹴られたゴム毬のように弾み、窓を割って外へと飛び出した。
次話以降、GAが色々な傭兵たちと関わっていくと思います。
実は傭兵たちの多くは、GAメンバー創作中に色々な理由でボツになった面々を再活用しています。 ローとトルスタヤの二人もそうです。
ちなみにこの世界には、人間、エルフ、ドワーフ、獣人、ダークエルフの五つの種族が住んでいます。
数は人間>獣人>エルフ>ドワーフ>ダークエルフくらい。
北軍領や南軍領がある大陸は、ドワーフは住んでいません。
御意見御感想宜しくお願いします。




