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混沌より出ずる軍団  作者: 皐月二八
第三章 グランドマスターズ・プレイ 盤上
33/41

第三二話 レシード 祝福

 アルマさん大暴れ編です。

 因みに彼女、極神ですので、多分大抵のことができます。彼女固有の能力もありますけれど。

「―――――きゃあっ!」



 窓を割って飛び出た小さな体を、何とか石畳の上に着地させ、ニーナ=トルスタヤは小さな悲鳴をあげた。



「――――ッ!」



 慌てて周囲を見渡す。

 この辺りは傭兵の居住区が多い。この時間帯では外に出ている者も多く、人通りは激しい。もっとも実力のある傭兵たちは、拠点アジトを秘匿するために変装していたり、魔法で容姿そのものを透明化させて直視されるのを防ぐなどの手段をとることが殆どだ。

 そのため傍から見れば、印象に残らない容姿の者たちが数人、出歩いているようにしか見えない。住宅地と言うよりかは、疎開が行われて閑散とした旧市街といった表現の方が似合うだろう。


 しかし、今はそれに輪をかけて人の気がなく、周囲を見渡しても誰もいない。



「な、なに、これ……」



 獣人ビーストの本能のままにピンと立った猫耳を震わせ、トルスタヤは唇を固く結ぶ。無意識のうちに、首元のブレスレットに手をかざした。

 瞬間、ブレスレットが輝き、長い剣が二本飛び出した。このブレスレットは多くのものが収納できる魔法具である。



「――――ダリウスお兄ちゃん!」



 その時漸く、彼女は自分の身体を吹き飛ばした副リーダーのことに思い至った。

 割れた窓を見上げても、黒髪青年のだらしない顔は見えないし、物音一つ聞こえない。まるで、誰もいないかのような状態だった。

 猛烈に嫌な予感に襲われた少女は、急いで真正面にある玄関へと向かって走る。ドアノブに白い指が伸びた瞬間、少女をさらに嫌な予感が貫いた。


 バチン!



「あぁぐっ!」



 肌に電流が走るような痛みが襲い、少女の小柄な体は玄関前の段差から転がり落ちた。



「――――ったぁ~!」



 ちょっと涙目になったトルスタヤは、親の仇を見るような瞳で、頻繁に出入りしている我が家の玄関を睨みつけた。



「結界かな……。――――ダリウスお兄ちゃんが危ない!! こぉんのっ!!」



 焦燥感と柔肌を痺れさせられた怒りで、トルスタヤは歯を食いしばった。立ち上がり、転がった二本の剣の柄をそれぞれの手で握り、獲物に飛びかかる猫のように走り出した。



「“蜂刺突撃ワスプ・チャージ”!!」



 高速で放たれる、剣の連激。剣先を何度も何度も、結界に向けて突き刺していく。しかし、剣先はドアに突き刺さる直前で、見えない壁に跳ね返されるように止まってしまう。



「――――――ああもうッ!!」



 焦燥感が爆発し、トルスタヤは小さく整った顔を憤怒に歪めながら、細い両腕を大きく振りかぶった。



「“強殴撃スマッシュ”!!」



 それは剣で斬るというより、叩き割る、いや、ぶん殴ると言った方が適切な技だった。細い双剣がトルスタヤの魔力を吸い、魔法銀ミスリル製の鈍器と化して玄関へと振り下ろされる。


 バーン!!

 空気が激しく震え、まるで稲妻が迸ったかのような閃光が煌めく。



「――――きゃああ!」



 そして小柄な身体が、双剣と共に吹き飛んだ。

 先程の数倍も跳ね飛ばされ、ゴロゴロと小さな肢体が転がっていく。



「――――うぅ……」



 頭をしたたか打ち、トルスタヤは後頭部をさすりながら立ちあがった。



「これでもダメだなんて……」



 トルスタヤは外見こそ小柄な少女であるが、魔力運用に長けている珍しいタイプの剣士でもある。元々ビーストは常人と比べて魔力こそ低いものの、筋力を始めとする身体能力は高い。彼女の腕で細いとはいえ、決して軽量とは言えない双剣が魔力を込められて振り下ろされれば、中級ミディアムモンスターでも最大級の防御力の高さを誇る鎧龍タンク・ドラゴンの首すら一刀両断できる程だ。


 しかし、この何時かけられたのかもわからない結界は、まるで微風にでもさらされているかのようにビクともしない。



「……そうだ、連絡だ!」



 よくよく考えてみれば、トルスタヤを吹き飛ばしたダリウス=ローは、純粋な戦闘能力ならば『月光の風琴』トップである。閉じ込められたとしても、すぐにどうこうされる程ヤワではないはずだ。

 しかし、少女からすれば、喩え実力的に信頼できようが、仲間の元に駆けつけられないのが、何よりも問題であった。

 

 この世界にも通信機は存在する。それらは特殊加工され、魔法が刻めるようになった宝石に通信魔法マジック・ロアが刻み込められたもので、魔法が持続し続ける限り、長ければ半年から一年程度は使用できる。

 トルスタヤがポケットにしまっているのは『携帯用小型通信機ハンディトーキー』であり、国軍や傭兵団に幅広く愛用されているものだ。大量生産があまり普及していないこの世界において貴重品であるのは事実だが、そこそこの傭兵団でも十分必要数を確保できる程度の価格ではある。


 通信機は予め登録された別の通信機に、魔法で音声を届けるというシステムとなっている。

 ちなみに通信機には、それぞれ対となる通信機が存在しており、そこにしか通信することができない。つまりトルスタヤの場合、『月光の風琴』のメンバー四人分の通信機を持たねば、全員と通信をすることができないのである。


 トルスタヤはポケットから、ロー用の通信機を取り出す。わかりやすいよう、「ダリウス」と掘られている赤色の宝石が、少女の小さな手の中で輝いていた。

 魔力を込めてみる。本来なら、これで通信機が稼働し、ローの持つ通信機がピカピカと光り輝くはずだ。



「お願い、出て……!」



 祈るような思いを込めて、トルスタヤは宝石を凝視する。通信が繋がれば、この通信機を炎のような揺らめく光が纏いつき、音が聞こえてくるはずだ。


 暫く待つ。タラリと汗が流れおちる。

 只管待つが、何の反応もない。



「――――うぅう……」



 トルスタヤは泣きそうになる己を叱咤し、何か手はないかと頭を必死に回転させる。本来ならば、リーダーであるロレンソ=オルテガに連絡するのが一番だ。しかし、彼と仲間二人は、今は近くにいない。



「これじゃあ、駄目かな……」



 ハンディトーキーは通信機の中ではもっとも手に入りやすいのだが、欠点も多い。

 まず、数自体がかなり存在する故に、混線が起きやすい。トルスタヤが保有しているのは、大陸における魔法技術のトップを走っているローラム製ではあるが、この国のハンディトーキーは第三国を通じて大陸中で売られているので、ルトガリオでも簡単に見つかる。


 次に、使用可能範囲が狭い。元々この手の通信機は、他の魔法や魔法具などの影響を色濃く受けるので通じないことが多々あるのだが、ハンディトーキーの場合は元々の魔法通信波の範囲自体がかなり狭い。目視できる程近付く必要性は流石にないが、隣町には通じないと思った方が良い程だ。

 ハンディトーキーが傭兵でも手に入る理由は、実はそれが大きな理由を締めている。


 より資金に余裕がある国軍は、多少持ち運びに不便だが中型・大型の通信機に頼る。大型とはいっても、頑張れば大の大人数人がかりで運べるくらいのものではあるし、馬車に乗せて移動通信施設とするのもありだ。

 もっとも中型以上の通信機は、国軍が機密保持も兼ねて独占しているのが殆どである。



「……届かない、よね……」



 先程ダリウスが、メンバーたちは今頃運航船に乗った頃だと言ったのを思い出す。

 ハンディトーキーでは、どう考えても届かない。仮に届いたところで、『月光の風琴』メンバー三人が駆けつけるのは、どう足掻いても時間がかかる。



「……どうしよう……」



 トルスタヤは呆然と、つい先程まで寛いでいたアジトを見上げた。






「――――出ないのですか?」



 漆黒のトレンチコートのポケットから洩れる、点滅を繰り返す光を見て、アルマ=ティメイルは白く美しい指先を向けた。



「……いや、いい。あのガキに最後の言葉を伝えるのは、ちょっと早そうだからな」



 柄の部分に馬の頭の装飾が施された、漆黒の短杖ワンドを握りしめ、ダリウス=ローは鋭い瞳で、侵入者の美女を捉える。

 先程までのだらしのない雰囲気は霧散しており、油断の欠片もないピリピリしたオーラを纏っている。タレ目には殺意と敵意が混ざり、腰を軽く曲げ、戦闘態勢をとっていた。


 その姿をワンドを構えたカーキのように、魔法を使う者の戦いへ身を投じる姿だと認識し、アルマは素直に感心する。



――――成程、これは確かに、そこそこアタリ(・・・)だ。



 取り敢えず、そこそこ上者ならば感知できる程度の殺気を放ちながら侵入してみれば、予想以上に素早い反応が返ってきた。

 瞬時に仲間を逃がし、室内における最大限の適正距離を保ちながら、相手を視界に捉え続け、臨戦態勢をとる。

 口で言うだけならば簡単であるが、容易には侵入できない(であろう)場所で寛いでいた時に、一瞬でここまでできるモノが、果してどれ程いるだろうか。


 カーキが創造したもの以外はとことん見下しているのを自他ともに認めているアルマであるが、いくら偽の神に生み出された下等な生命でも、相応の能力を持つ者にはある程度、敬意を示す程度の懐の深さ(本人談)はあった。敬意を示しても、慈悲やそれの類は一切かけないのだが。



「初めまして。私はアルマ=ティメイル。覚えてくださらなくても結構ですよ。取るに足らない、創造主様の玩具ドレイでしかない存在ですので」



 アルマは優雅に一礼する。その時、着込んでいたローブが消えた。



「――――!」



 ダリウスは絶句した。

 完璧なまでのプロポーションを誇るアルマの身体を包んでいるのは、目が痛くなるほどに白い、煌びやかな装飾が施された服だった。それはカーキと同じような詰襟の軍服であり、金(ボタン)が白によく映えており、大量の勲章のようなものがこれでもかとちりばめられている。彼女自体が相当な美女で、威厳と風格を持っているため、まったく下品に見えず、寧ろアルマ自身の美しさの前に、霞んでしまっているほどだった。


 そして、何よりも。



「翼……?」



 彼女の背中から伸びている、翼――――のようなものが、彼女の圧倒的なまでの存在感をさらに底上げさせている。

 灰色に輝くその翼は、たくさんの巨大な水晶で構成されていた。無数の水晶が集まって、鳥の翼の骨格のようなものを成している。翼は巨大で、片翼だけでも彼女の身長以上はあった。

 そしてその水晶でできた翼の骨格のようなものを、灰色の光が纏わりついている。



「――――と、このように。何の変哲もない極神ですが……」



 長い髪を掻きわけ、アルマはローを見下ろした。



「貴方に祝福を与えましょう。至高なる御方の手足ドレイとなれる――――この世界でもっとも悦ぶべき、究極の祝福ベネディクティオを。

 この私の取るに足らない能力ちからの一つ、“精神支配ベネディクティオ”で」



 瞬間、これまで感じたこともないような怖気が、ローを襲った。



「――――“即死魔法エンド・レビオ朔の訪れ(ロスト・ムーン)”!」



 ローは己が使用できる、最大級の魔法を瞬時に構築し、発動させる。本来ならば数人がかりで数時間かけて発動できる魔法が、杖の一振りで発動した。

 魔力の大半をつぎ込む代わりに、発動すれば相手の命の鼓動を瞬時に止める強力な魔法で、異界より高官の死神を二柱召喚して命を狩り取る凶悪な魔法である。


 アルマの身体を挟むように現れたローブを着込んだ死神は、骨だけの喉をケタケタと鳴らし、巨大な鎌を振りかぶった。



「冥府のハンターよ、やれ!」




 しかし。



「――――創造主様の走狗ペットでもない死神マガイモノの分際で、私の傍に立たないでくれませんか?」



 アルマの翼を構成する水晶の一つが、スッと形を変え、レイピアのように細くなり、ローブを被った骸骨の額に突き刺さった。そして死神は、まるで分解されるかのように、小さな水晶群に姿を変えていく。



「なっ――――!?」



 魔力が一気に抜け、そして恐ろしい精神的衝撃が脳を貫いたことで、ローは片膝をつき、目を見開いた。


「あぁ、言い忘れていましたね。私の翼には、魔法破壊効果が付加エンチャントされておりますので、近付く時は精々注意して下さいな」



 淡々と、面白くもない事実を告げるかのように、アルマは僅かに口を動かした。

 絶句するローに対し、それはあまりにも理不尽すぎる宣告であった。



「“獄焔魔法インフェルノ”!」


「あ」



 しかし、ローは諦めない。残った魔力を掻き集め、行使できる最大級の魔法を発動させる。

 漆黒の炎がアルマに襲いかかるが、翼に触れるとすぐに無数の細かい水晶となり果てた。



「――――ヒイロ(トカゲ)と同じ魔法ですので少し焦りましたが、アレの万分の一もありませんでしたね。まぁ、私の翼相手に一秒消滅しなければ、上等でしょう」



 片眉一つ動かさず、つまらなそうな表情でアルマは冷静に語った。

 それが一層、ローの焦燥感を募らせていく。



「もっとも、翼に耐えても私自身の耐性がありますから、この程度の火力では焦げ目すらつきませんよ。

……ですが、やり方は間違っていませんね」



 純白の靴をカツン、カツンと鳴らしながら、アルマは絶望の汗を流すローに近付いていった。白いスラックスに包まれた、長くて細い美脚が、ローの視界に入る。つまりそれだけ、ローの視線は低くなっていた。



「……ふむ。やはり貴方は、精神支配ベネディクティオにある程度の耐性があるようですね。

 偉大なる創造主様の足元にへばりつく生命ナマゴミの分際で……と言いたいところですが、小生意気な耐性ソレ、結構役立ちそうです」


 腰を曲げてローを見下ろし、アルマは桜色の唇に指を這わせた。形の良い、大きすぎる胸が揺れるが、アルマとロー双方共にまったく気にしていない。前者はカーキの視線を釘付けにできない状況ならば胸など意味がないと思っているし、後者はそんなことを気にする余裕など皆無だった。



「ですが、今は邪魔ですね。……無理矢理だと、壊す可能性もありますし……」



 鋭い音とともに、硬い靴の爪先が、ローの腹部に突き刺さった。骨が破壊される音が響き、ローの口から鮮血が溢れ出た。長身の身体が空中へと打ち上げられる。



「ぐぁ……ッ!」



 そのまま天井に背中を叩きつけられ、そして床に落下したローの背中に、アルマはうっすらと微笑みかけた。



「折角ですので、貴方の心が折れるまで甚振る……時間もないので、瞬時に叩き折ってあげます」



 そしてアルマの蹴りの猛烈なラッシュが、ローの顔や身体に突き刺さった。



「ぐ、あああああ!!」



 大陸でも指折りの最強クラス魔法師の絶叫が、部屋から隔離された異界の中で響き渡った。


 アルマが展開したのは、通信機以外の全ての干渉から遮断する結界である。仮に総督クラスの連続攻撃を受けても、そうそう容易く破壊できない、ルカでも展開するのにある程度の時間がかかるような結界だった。

 それをアルマは、ローがアルマに気付いた直後に、瞬時に展開したのである。


 通信機だけは通じるようにしたのは、あの少女の心を掻き乱すためだった。心が穏やかではない人間は、それだけ洗脳しやすい。


 鞭のようにしなる蹴りの乱舞は、三秒とかからず終わりを告げる。それ以上は、ローの身体が持たないのだ。最大限手加減していても、それが限界だった。



「……では、贋物の神に産み落とされた、哀れで下等な生命ムシケラに、至上の御方である創造主様の祝福を……」



 アルマは赤ん坊に祝福を与える司祭のような、穏やかで威厳ある声でローへと語りかけた。

 翼の水晶から蛍の光のような淡い光が溢れ、ローのぼろきれのようになった身体を包みこんでいった。






「……どうしよう、どうしよう……!」



 同じところをグルグルと回りながら、ニーナ=トルスタヤは考え込んでいた。

 焦燥感に駆られ、頭が上手く働かない。目はせわしなくキョロキョロと動き、額からは汗が零れ落ちる。



「……どうしよう、どうし――――」



 しかし、突然ピタリと、少女の動きが止まった。

 顔を傾け、近くに生えている街路樹へと視線を向ける。



「――――誰っ!?」



 双剣を構え直し、トルスタヤは猫のように鋭い瞳をそこに向けた。



「……あ、バレちまったーっすかねぇ?」



 漆黒の翼をもつ堕天使であり、本日結成された傭兵パーティの妹の方は、両手をあげて街路樹の後ろから顔を出し、にっこりと微笑んだ。








 

 本格的に卒論を書き始めておりますので、更新がさらに遅れると思います。申し訳ありません。


 次話は幼女と堕天使の和気あいあい編です。


 御意見御感想宜しくお願いします。


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