身体強化
魔法ははるか昔から存在するが、鎧はそうではない。
鎧は魔法と比べれば、比較的最近のものだ。では、リヒターの全身鎧に仕込まれている身体強化の魔法はどうかというと、定義によるが学者によれば一番最初の魔法と言われている。
筋力の上昇、内臓の強化など細かく分ければきりがないが、それらは人間が火を獲得する前から使われている。というよりも身体強化を使えない生物は存在しないとまで言われているぐらいであり、過激な学者は身体強化を使えないモノは生物でないとまで言っている。
つまり、身体強化自体は鎧が無くても使えるのだ。ただし、ムラがある。一定の出力を保持できるように全身鎧は設計されている。自らの意思のみで使う場合、精神状態、つまり感情によって大きく変わってしまう。
それをなるべく一定に保つようにするのが武術であるが、元孤児のリヒターに道場に通える時間も、金も、伝手も無い。
つまりは我流であり、そこらへんの獣と同じである。感情の昂ぶりによっては全身鎧と同等まで出力できるため昔からハンターの奥の手として一般的だ。
最初の静謐な動きがまるでないメカオークの緩慢かつ、金属が擦れるような耳障りな甲高い音と不規則なエンジン音。
それでも肉の体よりも遥かに頑丈で、踏まれるだけで死に至る重量を見せつける足跡。
それでも、逃げず、挑むべきだ。
SGを壊された。携帯していた薬品も容器が割れて無くなった。高い弾も使った。なにより鎧を壊された。
ここで逃げれば金が無くなりいずれは死ぬ。
ここで勝てば部品が手に入り同じ装備は買えるだろう。
ならば戦え。たとえ今死んでも、そのうち借金まみれで死ぬよりはマシだろう。
身体強化の魔法は簡単だ。発動することを意識して魔力を体に回す。それだけで、筋力は増し、心臓は拍動を強め、細胞は分裂する。代償は魔力と筋肉。欠乏しかけていた魔力は底をつき、筋肉を分解して魔力にする。察したタマキがポーションを投げつける。割れやすい造りの瓶は全身鎧に当たって砕けてリヒターの魔力を少量回復する。飲むのが1番だが、状況が状況だ。
「ありがとう」
感謝を言いリヒターはひしゃげたガントレットごと拳を握り、メカオークへと殴りかかった。
放たれた拳の威力は低い。それでも殴る。死に体のメカオークと比べればリヒターの動きは速い。メカオークが一つ動くまでに数発の拳を当てている。喧嘩殺法、ジャブのような、正拳突のような拳をリズミカルに。ほんの少しだけ装甲がゆがむ。そしてオークのゆっくりとしたこん棒で羽虫のように払われる。
やってられない。過去の自分を恨みたい。楽観視していた自分を殴りたい。こん棒を大きく後ろに飛んで回避して、まるで効いていない拳を放ち続ける。
一際大きく、不規則に唸るエンジン。狭まった可動域を金属が金属を無理やり押し広げる不快な音を出しながら、ゆっくりとオークが両手でこん棒を持ち大きく振りかぶって地面に叩きつける。破裂音で耳が塞がれる。割れる地面に浮き上がる土や砂。後ろに逃げたリヒターの視界が塞がれる。
周囲の把握ができなくなったところへ関節のモータを破壊しながらこん棒が投げられた。
とっさ、聞こえなくなった直後に腕で胸と顔をガードした。それが役立ち、致命傷にはならなかった。だが吹き飛ばされ尻もちを着き、腕は怖いくらいに痛みが無いが感覚も無く動かず、死に体だ。いくら動きが鈍くなったメカオークと言えど見逃さないだろう。
耳が戻る。視界が晴れる。バチバチと配線がスパークする音、金属の擦れる音、停止したエンジン音。ぶらりと力なく垂れさがる片腕。同じく死に体のメカオークだが先ほどよりも緩慢に、だが確実に少しずつ向かってきている。メカオークにとって片腕で人間を縊り殺すなど簡単なことだろう。
だが、その後ろに見える人影はそれを止めてくれるだろう。
両手で拳銃を持ち、メカオークの後ろから胸を撃つ。銃口に展開される魔法陣が通過した弾を強化し速度を上げる。貫かれる胸。それでも止まらない。ゆっくりとリヒターを目指す。タマキは連続で引き金を引く。今度は下から。両足、腰、腹、銃身が溶け出し、グリップまで熱が伝わるなか、ワンマガジンを撃ち切った。




