伝説の魔人
人間も又、哲学や倫理を排除すれば、動く物体だと魔導は定義する。
魔導において、善なる力の作用として認知される光術式、邪悪な力の作用とされる闇術式の差はない。
しかし、聖者は尊ばれる。
百人の人間を直接治癒すれば聖者。
百匹の魔物を駆逐しただけでは、ただの冒険者。
その対価は同じではなく、百匹の魔物を放置した場合の被害は、勘定には入れないらしい。
更に言えば、治癒の対価として法外な寄付を要求すれば背徳者。
リーズナブルな価格で請け負う者だけが聖者。
魔導家は聖者という肩書を幻想とし、聖者と言われる者達は魔導家を人の道から外れた逸脱者と揶揄する。
早い話、仲が悪い。
王侯貴族が政治を司ることが至極当たり前のこの世界。
魔導の単なる流派の一つである陽根源転換術師は聖職者として政治に口を挟むことが出来る。
四つの原罪と呼ばれる、老、病、死、苦に寄り添い、都合の良い『真理』を語るだけで。
深い思索と地道な努力によって知を積み上げてきた魔導にとっては、面白くない話だ。
そんな聖職者の威光を地に貶したのが、伝説の魔人マーヴェリック・エルゴ・ダインである。
神学を学び、聖職者の資格を与えられ、人に尽くし、魔導研究にも長け、枢機卿の椅子が確約されたような男だった。
その男を変えたのが、遥か北方からやってきたバルザックガルドの吸血種貴族たちとの戦争だった。
グリーン・ノウズ周辺は次々と攻め落とされ、人類の滅亡までが囁かれた時代。
エルゴ・ダインは、限定的ではあるが吸血種を葬ることが出来る術式を開発し、自らも戦場に立った。
しかし、そこで思い知らされたのは、人間の脆弱さ。
吸血種の強さは、鍛えられた兵士数十人に匹敵した。
さらには、自らが吸血し殺した人間を吸血鬼という魔物に変える能力をも吸血種貴族は備えていた。
積み上げられた死体の山を、個別に埋葬できるような余力もない。
その地獄のような光景に抗うべく、禁断の領域に足を踏み入れる。
驚異的な生命力を持つ吸血鬼の魔石を用いて、自らの身体を不死化し、さらには埋葬出来ない遺体を術式で不死の兵にした。
『聖職者では人を救えない』
『今、必要なのは、ただ敵を葬る力のみ』
不死の魔人エルゴ・ダインは、数百回は死に、同じ数だけ復活し、最後にはグリーン・ノウズを救った。
・・・
しかし、平和を取り戻した街にエルゴ・ダインの居場所はなかった。
彼の身体の大部分は、死んだ兵士の死体の継ぎ接ぎによって補完されたもの。
心臓は魔石、死臭を抑えるためのサンダルウッドの香水は必需品。
異形と化した彼は聖職者の身分を剥奪され、西の最果ての『落日の教会』に隠れ住んだ。
誰も近寄らなくなった悲劇の英雄は、孤独と揶揄された。
耐え難い後悔の末、ついに彼は精神を壊し、死者の軍勢を従え、無差別大殺戮を決行した。
数年もの歳月、殺して、殺して、殺し続けた。
その後、彼は、膨大な犠牲者の上に成り立つ人海戦術によって捕縛された。
不死の魔人は喉を潰され、四肢を奪われ、朽ちた身体のまま、カタコンベの最深部に封印された。
自ら死ぬ権利さえも奪われたまま、彼の身体は地中で分解されて魔石だけが残った。
否、残ったのは魔石だけではない。
グリーン・ノウズ大教会の禁書庫には、彼の狂気の遺産が残っている。
しかし、それは彼にしか読めない暗号で記述されており、未だ殆どの部分が未解明のままだ。




