達人
アイシャの使った方法が、この屋敷の正式なマナーであるらしい。
すぐにギルドカウンターの受付嬢のような者達が現れ、引き戸を左右に開けてくれた。
「ここは土間という靴を脱ぐ場所だ」
「この屋敷では、土足で入れる場所と、そうでない場所が明確に区分されているんだ」
「簡単に言えば、土間より一段高くなっている場所は全て、ブーツを脱いで行くエリアだ」
アイシャが、シャアリィに説明する。
「とてもキレイ好きな人たちなんだね」
そうしなければならないなら、厭わない。
シャアリィは、非効率とも、面倒だとも感じないようだ。
アイシャは慣れた様子で土間でブーツを脱ぎ、向きを変えて揃える。
その作業一つが先手を取っているのだと、シャアリィは理解し、洗練された精神を感じた。
「通路と部屋、部屋と部屋の境界線は、踏んではいけないよ」
「あと、部屋の中に敷いてある草で編んだマットの装飾部分も踏んではいけない」
ミヤマの屋敷の礼儀とは、何か理由があるものと、美意識に由来するものがあるのだろう、とシャアリィは感じ取る。
案内人に先導され、その後を少し離れて歩く。
板張りの廊下の左右には部屋があり、それ以外にも色彩豊かな庭、きらびやかな魚の泳ぐ池、武具の試し場、実に様々で、屋敷はまるで迷宮のようだが、全ての区画が正確に直線か直角という驚くべき場所。
「こちらへ」
一言添えて、案内人の女性が立ち去る。
アイシャが木と紙で出来た扉を開けないままに、そこに跪いて中の人物に声を掛ける。
「アイシャ・セロニアスと、連れの者、シャアリィ・スノウでございます」
「お目通り願いたく候」
その求めに対し、中から年配の女性の声が返ってきた。
「良く参られた客人、中へどうぞ」
アイシャは立ち上がり、紙の扉の一つを横に重ねて開く。
「さぁ、中に入るけれど、私が扉を閉じたら、私と同じ所作で挨拶をするんだ」
「シャアリィは礼をするだけでいい」
思わずシャアリィの表情に緊張が走る。
「この度、突然の来訪にも関わらず、お時間を頂きまして誠に感謝致します」
「ご挨拶とともに、私の新しい連れ合いを親方様にご紹介致します」
「こちらは、シャアリィ・スノウ、三色四能の術式を使う者でございます」
アイシャの礼に、合わせてシャアリィも頭を下げる。
親方と呼ばれた女性は、小気味よく笑って、
「楽にしたまえ」
「私の屋敷の作法に付き合わせてしまって、済まなかったね」
「ふむ・・・アイシャ・・・とんでもない娘を連れてきたね」
「私を驚かせて楽しもうなんて、悪趣味だよ」
「いいね、気に入った」
「正座はしなくてもいい、楽にしてお茶を呑みながら話そう」
柔らかな布を帯で綴る独特の衣装を身に着けた女性は、自然体で素足を投げ出して座っている。
緩みきった姿勢、しかも無手であるにも関わらず、全く隙を感じさせない。
なるほど・・・これが本物の達人か、と、シャアリィは腑に落ちた。




